028. 檻


  *第3部から、見た目が少し変わっていますが、100題の続きです。


 デパートをあとにしたアキラは、その足で、緒方の家へ向かった。

 ついでのように買ったプレゼントだが、誕生祝いに変わりはない。

 こういうものは、当日のうちに渡してこそだと、時計を確認した。

「熱い夜を過ごす……って言っていたから、この時間なら、まだ出かけていないだろう」

 駐車場に見慣れた赤い車を見つけて、アキラは、ほっと息をついた。

 呼び鈴を鳴らすと、訪ねる相手は、すぐに応じた。

「やあ、アキラくんじゃないか」

「こんにちは、緒方さん。お忙しいところすみません」

 開かれたドアから身を滑らせたその時はまだ、アキラは、己の身に降りかかるであろう不運を、予想することはできなかった。






 すでに夕刻も近いというのに、緒方は出かける支度を整えてはいなかった。

 普段着のまま、髪もぼさぼさで、どことなく精気がない。

 きわめつけは、そこはかとなく漂う、アルコールの匂いだ。

「お酒を飲んでいたんですか?」

 これから出かけるのでは……と、言いかけたが、もしかしたら、車の運転はしないのかもしれない。

 この兄弟子が電車で移動する場面は、うまく想像できないが、彼女が車で迎えにくるという可能性もある。

 いや、熱い夜を過ごす場所は、この部屋だということもありうる。

 外出する気配のみえない緒方の様子から、3番目の予想が正解のような気がして、アキラは、用件だけを済ませて、退散しようと考えた。

「緒方さん。お誕生日おめでとうございます」

 カバンの中からプレゼントを取り出し、緒方に向かって差し出す。

 中身は義理丸出しのハンカチだが、外側は老舗デパートの包装紙と濃紺色のリボンで美しく包装されており、無駄に豪華だ。

 そのとき。

  ころん☆

 もうひとつのプレゼントも一緒に、カバンから飛び出した。

 そのまま重力に従って床に落ち、ころころと転がる。

 言わずと知れた、ヒカルへの贈り物だ。

 ジュエリーショップの小さな紙袋に入れたままでは、カバンにおさまらないため、中身と袋を別にしまっていたのだ。

 包みの大きさと有名ジュエリーショップの包装紙のロゴで、中身は丸わかりだろう。

「あ……」

 アキラは、あわてて床にかがみ込むと、それを拾いあげて、そそくさとカバンのなかにしまった。

 ヒカルに指輪をプレゼントしようとしていることを知られたら、どんなにからかわれることだろうと、アキラは、照れたように緒方の表情を探った。

 …………が。

 中腰のまま見上げた緒方の顔は、どこかの寺院の仁王像のように厳しかった。

 姿勢が姿勢だけに、上から覆い被さりながら近づいてくるように見えて、いやに迫力がある。

 ふさわしい擬音は、ずもももももおおおぉぉぉぉ……といったところか。

「お、緒方…さん……?」

 自分の行動の何が、彼の逆鱗に触れたのだろうかと、アキラは、この部屋に来てからの記憶をたどった。

 思いつくのは。

『お誕生日おめでとうございます』の言葉と、転がり落ちた指輪の箱。

 どちらがまずかったのだろう。

 恋人と熱い夜を過ごすと言っていたのだから、誕生日を祝われて、不快に思うとは考えにくい。

 ならば、後者か。

 指輪から連想される事柄は、言うまでもないだろう。

 だが、若い恋人たち(あくまでもアキラ自称)に嫉妬するというのもおかしな話だ。

 なにせ、緒方だって、このあと、恋人と熱い……以下略。

 緒方の機嫌がマリアナ海溝レベルまで深く下がった原因は、いったいなんなのだろう。

 わけがわからないながらも、中腰のまま緒方を見上げているこの姿勢は、痛めたばかりの腰に、あまりよろしくない。

 とりあえず腰をのばし、背筋をシャキンとさせたところで、アキラの目に飛び込んできたものがあった。

 熱帯魚の水槽のすぐ近く。

 テーブルの上に鎮座したパソコンのディスプレイに、インターネットで接続されたどこかのサイトが映っている。

 都心のホテルだろうか。

 壮麗な外観や、豪華な内装が、画面狭しとばかりに並んでいる。

 そして、その画面の中央には、別窓が開かれていた。


 ゴヨヤクノ キャンセルヲ ウケタマワリマシタ


 緒方が外出の準備もせずに酒を飲んでいた理由を、如実に表している。








 振られたのだと結論づけるのは、時期尚早だろう。

 彼女に急用ができてしまったのかもしれないし、他にも、約束をキャンセルした理由は、いろいろと考えられるはずだ。

 だが、緒方の背後から漂ってくる雰囲気が、『俺はフラレタよ、ああそうとも、フラレタんだ。それがどうしたってんだ、ええこら』と、雄弁に、かつ、情けなさそうに物語っている。

「……アキラくん。その指輪はプレゼントか?」

 緒方が、据わった目をして話しかけてきた。

「え、ええ……そのつもりです……が……」

「いかん!」

「え?」

「いかん! いかんぞ! 絶対にいかん!」

 まるで「娘さんをください」と言われた父親のように、緒方は「いかん」と、言い続ける。

「……とりあえず、まあ、かけたまえ」

「はあ」

 勧められて、アキラは、ダイニングの椅子に座った。

 緒方も向かいに腰掛け、据わった目のまま、氷だけになったグラスにウィスキーを注いだ。

 ゴクリと一口飲んだところで、すでに、グラスの中身は3分の1ほどになっていた。

  ひっく☆

 どこか可愛らしいしゃっくりをしてから、緒方は、アキラの目を見据えて口をひらいた。

「いいか、アキラくん。しょせん女なんてものはな……」

 約4時間半に及ぶ、緒方のレクチャーが、まさに今、ここに始まろうとしていた。

(誰か、ここから出してくれええぇぇ……)

 見えない檻に閉じ込められて、聞きたくもない愚痴を聞かされながら、アキラは、滂沱のごとく涙を流したのだった。




 アキラさんに困らされてばかりの緒方さん。

 今回は、逆に、アキラさんを困らせてます。

 まあ、緒方さん自身も、あんまりいい目は見てないみたいですけど。

 それにしても、緒方さん。

 確かクリスマスに振られたんですから、つきあっていた期間は、長くても3週間ってとこですよね。

 がんばれ、おがたん!

 ……ところで、ヒカルさんは、どこにいったんだ?




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