029. 愛される人
*第3部から、見た目が少し変わっていますが、100題の続きです。
| アキラが、指輪を買ったり緒方の不興を買ったり、いろいろと忙しくしているあいだ、ヒカルもただ、ぼけーっと過ごしていたわけではない。 告白された以上、返事をしなければならないことは、十分に承知している。 タイミングやら会話の流れやら、ぐるぐると考えあぐねていた。 「……どーしよっかなぁ」 自室のベッドの上にあぐらをかいて腕組みしているその姿は、なんとも男前だが、その思考は、かなり乙女にシフトしている。 露天風呂でアキラに告白された時、その場の勢いで返事をしてしまえば簡単だったのだが、こうして時間があいてしまうと、どうにも気恥ずかしくていけない。 「塔矢のヤツ、ひとの話、ちっとも聞かねえからなあ」 ヒカルは窓の外を見遣り、ふぅっとため息をついた。 頑固一徹。 猪突猛進。 思い込んだら一直線。 しかも、自分の告白に対するヒカルの返事を待つという、最初にして最重要な段階を通り越して、気分はすっかり婚約者だ。 幸いにして、ヒカルはこのことを知らないのだが。 返事がYESであることは、ヒカル自身、否定しないが、その先の婚約だの結婚だのというところまで、ヒカルが考えているわけがない。 ……まあ、なんにしても、まずは返事だ。 「向こうから言ってきたことに対して、はいとかいいえで答えるだけでいいんだったら、こんなに考えなくていいのにさ」 どこかでアキラと待ち合わせて、「こないだの告白の件だけど、今から返事するからよく聞いとけよ」と切り出すなど、逆立ちしたってできやしない。 「あーあ。もっかい告白してくんねえかなあ……」 他力本願な結論しか導き出せないまま、ヒカルは、ごろんと横になった。 「ヒカルー。あかりちゃんが来たわよーー。」 階下から、母親の呼ぶ声が聞こえた。 がばっと起き上がり、階段を駆け下りると、玄関先には、おさななじみの姿があった。 「ヒカル、もしかして囲碁の勉強中だった?」 高校生の自分とは違い、すでに社会人として仕事をしているヒカルを慮って、あかりはヒカルの顔を見つめた。 他の友人とは違い、訪ねる前にメールで都合を確認する作業すら不要なほど、家族同然のつきあいをしてきたふたりだが、もう、今まで通りではいけないかと、ヒカルを見つめるあかりの目には、少し寂しそうな雰囲気が漂っている。 そんな気配りあふれるあかりを見て、ヒカルの脳裏には、なぜか、人の意見も都合も聞かないおかっぱ頭の同業者が浮かんだ。 ヒカルは、ぷるぷると頭を振ると、あかりに向かって手招きした。 「いんや。ただごろごろしてただけ。ほら、あがれよ。部屋行こうぜ」 とたとたとリズミカルに弾む足音とともに、ふたりは階段をのぼっていった。 「じゃじゃーーーん。はい、これ」 あかりは、部屋に入るや否や、紙袋のなかから小さな箱を取り出した。 白い厚紙でできた簡素なその箱は、手作りのお菓子を入れるために市販されているものだ。 中身は手作り、外側は市販。 そんな奇妙さも、世間には浸透しているらしく、ラッピング用品というものが、一大市場を確立している。 「おっ。なんか作ってきたのか?」 ヒカルは、さっそく箱に手をのばした。 「へえ。クッキーか」 「ただのクッキーじゃないんだから。ほら、よく見てよ」 あかりに促されて、ヒカルは、クッキーをひとつつまんで、目の高さに持ち上げた。 見れば、二つ折りに曲がった形のクッキーのあいだから、細長くたたまれた紙がはみ出している。 「あれ? 紙切れが挟まってる。あかり、ゴミ入ってるぞ、これ」 販売停止だぞー…っと笑うヒカルに、あかりは、頬を膨らませた。 「もうっ、ヒカルってば。これはね、フォーチュンクッキーっていうの」 「フォーチュンクッキー?」 「クッキーのなかに、おみくじが入ってるんだ。焼きあがったクッキーが、まだ熱いうちに半分に折って、間に紙を挟むの」 熱くてたいへんだったんだから、と、苦労話をまじえながら、あかりは、フォーチュンクッキーについて説明した。 「へえ。どれどれ」 ヒカルは、手にしていたクッキーからカードを抜き取って、ひろげてみた。 『恋愛運急上昇! いつもと違うあなたを演出してみてv』 どこかの星占いにありそうな文句が書かれている。 実際に、雑誌の占い欄を参考にしたのかもしれない。 あかりは、ヒカルとは違って、星占いやお菓子作りといった、年頃の女の子のマストをはずさないタイプだから、おおいにありうる。 「なんて書いてあったの?」 「べ、別にいいだろ、なんでも」 なんとなく「恋愛運」の文字が恥ずかしくて、ヒカルはカードを後ろ手に隠したが、どうせ、あかりが作ったインチキ占いだとひらきなおり、あかりとメッセージを見せ合った。 「……ところでさ」 「なーに?」 メッセージに書いてあった恋愛運についての話だろうと察しをつけて、あかりは興味深そうに身を乗り出した。 「このクッキー、一度に1個しか食っちゃいけねえの?」 「えっ?」 「だってさ。何個も食って、正反対のメッセージが出たら、どうすんだよ」 色気より食い気のような質問ではあるが、それでも、おみくじの内容を気にするあたり、やっぱりヒカルも女の子なんだなあと、あかりは、少し嬉しくなった。 「運勢急降下…みたいな、矛盾するような悪いことは書いてないから、何個食べても大丈夫!」 だからフォーチュンなんだもん、と、つけたしたが、なぜか、ヒカルは1個しか食べなかった。 あかりが帰ったあと。 ヒカルは、しばらくご無沙汰だった学習机に座り、引き出しから小さなビロードの箱を取り出した。 中身は、もちろん、アキラからのクリスマスプレゼント。 ピンクサファイアのピアスだ。 「いつもと違うあなたを演出して……か」 大きめな鏡を机に乗せて、ヒカルは、耳に手をのばした。 金色のまるいピアスをはずそうとしたが、ふと、カレンダーが目にとまった。 「…………むぅ」 近所のクリニックでピアスホールをあけてもらってから、まだ2週間しか経っていない。 完全にホールができてからでないと、他のピアスには変えられないのだ。 「まだダメじゃんか。あーあ。塔矢にもらったピアスをつけて、『これが答えだ』って言おうと思ったのになあ」 ヒカルにしては、ずいぶんと凝ったシナリオではあるが、舞台は整わず、幕があがることはなかった。 結局、この日も、告白の返事についての悩みは解決しなかった。 |
愛される人といえば、アキラさんに愛されているヒカルさん。
なんだかんだ言って、アキラさんもヒカルさんに愛されてるみたいですよ。むふふ。
でも、ちょっとお題から逸脱しすぎかも(冷汗)。
ところで、進藤さんと藤崎さんがピアスをあけたのは、作中では2週間前です。
その話を書いたのは…………2005年の7月でした。
放置プレイも甚だしいですな。
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