くつみがきさまからのリクエスト作品

THE・ペア碁 −お色気美女にご用心!−(中編)


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 世界アマチュアペア碁選手権は、ヨーロッパの某国代表が優勝した。

 ヒカル&緒方との対局は、滞在費や休暇日程を考慮して、その翌日の午後に設定されていた。

 会場はスポンサー企業が経営するホテルの会議場。

 設営は順調に進み、生中継用の機材も運び込まれ、あとは出場選手たちの準備が整うのを待つばかりだ。



「おはようございまーす!」

 会場入りしたヒカルは、控え室へと向かった。

 ドアに貼りつけられた紙に「進藤ヒカル先生」と書かれているのを見て、「先生かあ。いつまでたっても慣れないんだよなあ」と、照れくさそうに頭をかいた。

 そして、まずは荷物を置いて関係者に挨拶だ、と、控え室のドアをあけた。

 すると。

「でええええぇぇーっ! なんだ、こりゃああぁぁーっ!」

 ヒカルは、大急ぎで廊下に飛び出した。

「あの変態! なに考えてやがる! おーーーーい! 緒方せんせーっ! どこだーーーっ! おーがーたーせーんーせーーーーーっ!」

 緒方を探して走っていったヒカルの後には、真っ白なカーテン……ではなく、純白のウェディングドレスがトルソーに掛けられ、優雅に裾を揺らしていた。



『緒方精次先生』

 そう書かれた部屋のドアを、ヒカルは勢いよくあけた。

「緒方先生! なんなんだよ、アレは!」

「よう、進藤。……なんだ、まだそんな格好でいるのか? 早く着替えないと、対局の時間になってしまうぞ」

 緒方は、ゆったりと椅子に座り、何食わぬ顔で煙草に火をつけた。

「緒方先生は、いつもとおなじカッコじゃんか。なんでオレだけ、あんなの着なきゃなんねえんだよ!」

 ヒカルの言うように、緒方の今日の服装は、彼がいつも好んで着ている白のスーツに白いエナメル靴。

 世間の認識では奇異なものだが、緒方にとっては普段着同然。

 ヒカルを始め、碁界の人間もみな、それを普通だととらえている。

 だが、緒方は「ふっ」と、くちびるの端をあげて笑った。

「よく見ろ、進藤。これがいつもとおなじ格好だというのか? おまえもまだまだ甘いな」

 緒方に言われて、ヒカルがよく観察してみると。

 スーツの上着には折りジワひとつなく、ズボンのセンタープレスは、ぴっちりと一本だけスジを通している。

 つまり、新調したものであるらしい。

 なかに着ているシャツも、普段、棋士たちが着ているワイシャツとは襟の形が違う、ドレスシャツと呼ばれるものだ。

 その襟元を飾るのは、棒ネクタイではなく、白の蝶ネクタイ。

 そして、何よりも目を引くのは、胸元のブートニアだ。

 白薔薇をメインに品よくまとめられたそれは、生花でできているようだ。

 つまり、今日の緒方の姿は、まさに結婚式の新郎そのものである。

「おっ、おがっ緒方先生……。それって、けっけけけ結婚式の……」

 ヒカルが緒方を指差して、あんぐりと口をあけると、満足そうに紫煙を吐き出した。

「なんのことだ? 白のスーツは、俺の勝負服だろうが」

 ……それは事実かもしれませんが、手合いにブートニアは必要ないでしょう、ミスター緒方。

「だからって、そんな結婚式みたいなカッコしなくてもいいじゃんか!」

「何か、勘違いしているんじゃないか、進藤。これは、パートナー同士、揃いの衣装を着てチームワークを高めようというアマチュアペア碁の精神を尊重して、我々も新調した勝負服を身にまとって全力で戦おうという提案なのだがな」

 もっともらしく語ってはいるが、その口ぶりは、あまりにもわざとらしい。

「だったら、お揃いのロゴ入りTシャツとか、トレーナーとか、そういうのだっていいじゃんか! なにも、あんな……」

 ヒカルは食い下がったが、緒方は、それを鼻で笑った。

「この俺が、そんなものに袖を通すとでも思っているのか? 白のスーツは俺の特攻服だ。隣りに並び立つおまえにも、見合ったものを着てもらわなくてはな」

 緒方は、そう言うと、煙草の火を消して立ち上がった。

 すらりとした長身に、上品な生地のスーツを着こなした立ち姿は、確かに見栄えがいい。

 隣りに並ぶ女性は、豪華なドレスでも着ないことには釣り合わないだろうという緒方の意見も、あながち間違ってはいない。

「今日の対局相手のペアも、ずいぶんと派手な衣装を用意していると聞いたぞ。さっき会った記者が、まるで社交ダンスかフィギュアスケートのようだとか言っていたな」

 ダンスの衣装の華やかさは、数年前に流行った映画で見て、ヒカルもよく知っていた。

 原色のヒラヒラした布に、羽やフリルがふんだんにあしらわれたゴージャスなそれは、着方によっては下品にもなると、一緒に映画を見たあかりが言っていたのを思い出す。

 また、フィギュアスケートのコスチュームも、申し訳程度についているスカートが、よけいに何かをかきたてると、和谷と本田が熱く語っていたのを、ヒカルは小耳にはさんでいた。

 それらに比べれば、露出度の少ない白一色のロングドレスのほうがマシかもしれないと、ヒカルは、うっかり結論をくだした。

「……要は、仮装パーティーみたいなもんだって思えばいいんだな。わかった」

 ヒカルは、しぶしぶながら自分を納得させて、控え室へと戻っていった。



「今日の解説はアキラくんだったな。おもしろいことになりそうだ。くっくっく……」

 ヒカルが去ったあと、緒方が楽しげにつぶやいたのを知る者は、誰もいなかった。

 そして。

 緒方のちょっとした悪戯心が、とんでもない騒動に発展することを予想しえた者も、当然いなかった。






「たいへんです! アマチュアペアの片方が来られなくなりました!」

「なんだって!?」

「今、電話で連絡がありました。病院にいるそうです。なんでも急病だとか」

「それで、もうひとりのほうは?」

「ここに向かっているようですが、なにせ言葉がわからなくて……」

 棋院職員が話しているのを聞きつけたテレビ局のスタッフが、あわてて走ってきた。

「本当ですか、それは。2時間半の生放送なんですよ!? 今さら差し替えなんて……」

 にわかに騒がしくなった会場に、今日の解説係のアキラがやってきた。

「おはようございます。……どうかなさったんですか?」

 不思議そうな顔をしたアキラを見て、ひとりの職員が何かを思いついたようだ。

「来られなくなったのは、男か女か、どっちだ?」

「姉弟のペアでして、弟のほうが病気だとのことで……ああ、そうか!」

 職員たちは頷きあう。

 そして、アキラに向かって一斉に手を合わせた。

「塔矢くん。今日の仕事、解説じゃなく対局を頼んでもいいかな?」

「えええぇぇっ!? いったい、どうしたっていうんです?」

「アマチュアペアの男のほうが、急病で来られなくなったんだ。今さら穴はあけられないし……。どうか、この通り! 頼むよ!」

 手をあわせたまま腰を折り、頭をさげ、上目使いにアキラの表情を窺う。

 まさに合掌。

「それはかまいませんが……」

「あ、姉のほうが来ました!」

 アキラが詳しい事情を尋ねようとしたところへ、金髪の女性が駆け込んできた。

「彼女がパートナーのカトリーヌさんです。あ、衣装を持ってきたみたいですね。……うわあ、もう時間がない! 塔矢くん、さっそく着替えてください!」

 年若な職員が、アキラの腕をつかんでぐいぐいと引っぱる。

「え? ちょっ……どういうことですか?」

 カトリーヌから衣装の入った紙袋を受け取りながらも、職員は足をとめず、顔だけを振り返って答えた。

「今日の対局はお祭りみたいなものですからね。それぞれのペアが、お揃いの衣装でばっちりキメるんです」

「なっ!……そ、それじゃあ、進藤も緒方さんと……!」

「緒方先生の見立てで、すっごく気合いの入った衣装を作ったっていう話ですよ♪ 楽しみだなあ」

 職員は、アキラの焦りなど気にもとめず、会場の一角の空き部屋で、アキラに紙袋を押しつけた。

「今日はテレビの生放送が入ってますから、遅れるわけにはいかないんです。早く着替えてください」

 職員が、そう言い残して部屋を出ていったあと。

「………………これを着ろと言うのか……?」

 ショート丈の上着をひろげて、アキラは眉をひそめた。

 襟の部分に金糸で刺繍が施されたそれは、一見、王子様風と言えなくもないデザインだ。

 ……色が、ショッキングピンクでさえなかったらの話だが。

 紙袋のなかには、同色のズボンも入っている。

 サイドにあしらわれた金色のテープの輝きが、目に痛い。

 極めつけは、シルクハット。

 なぜ、金のスパンコールでびっしりと埋め尽くす必要があるのか。

 いくら服装のセンスのなさに定評のあるアキラとはいえ、これにはただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。



                                           つづく




一度は書いてみたかったウェディングドレスのヒカちゃんv

ヨーロッパ某国代表ペアの女性とは知り合いですが、まったく言葉が通じません。

酒飲んで碁を打つだけなら、言葉はいらないのさ。

その人(女性)がモデルってわけじゃありませんが、そのパートナー(男性)のエピソードは実話です。←本番の対局を休んだわけじゃないけど、碁会所でやった来日歓迎パーティーに来なかったのよ(笑)←ごめん、バラしちゃった



2006年3月2日


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