ふぇありー☆てーる(2)
      
綾瀬玲菜さまからのリクエストで書かせていただきました

お戻りの際は窓を閉じてください




 真夜中の暗い森のなかを、ヒカルはとぼとぼと歩いていた。

 家から城まで、馬車で1時間ほどの道のりだった。歩けばどれくらいかかるのだろう。

 やがてヒカルが歩き疲れて眠くなった頃、木々のあいだから灯りがもれているのが見えた。

「やった! 家がある。一晩とめてもらおう」

 ヒカルはにわかに元気を取り戻し、その家をめざして走っていった。




「うわあ〜。すっげー。これ、チョコレートでできてる…。こっちはビスケット。あ、こっちはこんぺいとうだv」

 ヒカルが見つけたのは、お菓子の家だった。

 ビスケットでできたドア。

 クッキーをかさねてつくられた煙突。

 チョコレートの屋根に積もっているのは、綿菓子の雪だ。



「ごめんくださーい!」

 キャンディの窓ガラスを叩いて声をかけるが、返事はない。

「誰もいないのかな…」

 ヒカルは、わずかにかけてしまった窓ガラスの欠片を、ぺろりとなめた。

「んめーっv」

 食べ物を前に、ヒカルには一片の良心も存在しなかった。



「誰だい? あたしの家を食べているのは」

 しわがれた声がたずねるのと、ヒカルがパイ生地でできた壁を豪快にぶち破るのは、ほぼ同時の出来事だった。

「あ、あたしの家がっ!」

 黒いマントを羽織った老婆が、よろよろと壁に手をつく。

 明らかに悪い魔女といった容貌ではあるが、この場合、当然ヒカルに非がある。

「ごめんなさい…」

 しゅんとして謝るヒカルに、魔女は言い放った。

「食べたぶんは、しっかり働いてもらうよ」

 こうして、ヒカルは、ヘンゼルとグレーテルふたりぶんの役割を担うことになったのだった。





 掃除・洗濯・炊事といったあまり得意ではない仕事を言いつけられながらも、3食昼寝つきのこの労働形態は、ヒカルにとって、たいへん喜ばしいものだった。

 しかも、お菓子は食べ放題だ。

「極楽、極楽〜v ずーっとここにいようかなー」

 ヒカルはチョコクッキーの植木鉢をちぎり、口のなかに放り込みながら、にまにまと幸せそうな微笑を浮かべた。

「おかしいねえ。あんなに食べさせているのに、ちっとも太らないよ」

 ヒカルを肥えさせて、食べてしまおうと画策していた魔女は、不思議そうにつぶやいた。

 そんな魔女のひとりごとを耳にして、ヒカルは、あっけらかんと答えた。

「あ、オレ、どんなに食っても太らない体質みたいなんだ」

 世の女性たちにとって、なんともうらやましいセリフをはくヒカルに、魔女はがっくりと膝を折った。



「こんなヤツをいつまでも置いていたら、破産してしまう」

 魔女は、ヒカルを追い出す決心をした。

「この森のはずれに、あたしの古い友人が住んでいる。病気になって寝込んでいるそうだ。あたしのかわりに見舞いに行ってきておくれ」

 魔女は、ヒカルに赤いずきんをかぶせ、パンとぶどう酒の入ったかごを持たせた。

 自分が追い出されることを本能で嗅ぎとったヒカルは、家の材料になっているお菓子のなかから、日持ちしそうなものを、ぎゅうぎゅうになるまでかごに詰めて、お菓子の家を出ていった。





「そんなに悪い魔女じゃなかったよなー」

 相当な散財をさせた相手に対して、聞いているこちらが気の毒に思うような感想をもらしながら、ヒカルは森のなかを歩いていった。

 しばらく続いた「3食昼寝つき・お菓子食べ放題」な生活に味をしめてしまったヒカルは、自分の家に戻る気など、とっくの昔にうせてしまった。

 家に帰っても、意地悪な継母と、わがままな姉娘が待っているだけだ。

 ヒカルは、広い世界を自由に駆けまわる冒険の旅に出る決意をしたのだった。





 ちょうどその頃。

 城では、アキラ王子が家来たちに当たり散らしていた。

「まだ見つからないのか、ヒカル姫は!」

「いろいろと手は尽くしておりますが、まだ…」

 額の汗をぬぐいつつ弁解する家来に、アキラはイライラした気分を隠せない。

「弁解は無用! あのような美しい姫のこと、きっと近隣の大国の姫君であろう。いや、珍しい二色の髪のこともある。もしかしたら、海の彼方の国の姫かもしれない」

「それでは、探索の手を海の向こうまで広げることにいたしますっ!」

平伏する家来たちに、「ヒカル姫を見つけだすまで、帰ってくるなっ!」と言い放ち、アキラはため息をついた。



 怒鳴り散らして悪いことをしたなと、反省しながらも、もう一度ヒカルに会いたい気持ちが大きすぎて、自分ではどうにもならない。

「ヒカル姫…。キミはいったいどこにいるんだい?」

 アキラの脳裏に、あの日のヒカルの姿が浮かぶ。

 華奢な肩。

 生クリームをつけたぷにぷにの頬。

 貧乏生活で身体つきが細っこく、欠食児童よろしくごちそうをぱくついていただけなのだが、アキラにとっては美しい思い出になっていた。



 そんなアキラを見守る国王と王妃は、さすがに年の功と言おうか、ヒカルが姫君ではないことをうすうす感じていた。

 あの見事な食べっぷりと、粗野なふるまいから、国内に住む貧しい娘だと確信していたのだ。

 そして、かわいい跡取り息子のために、「ヒカルちゃん探索部隊」を、ひそかに結成させていたのだった。





 冒険の旅に出てから、はや1週間。

 ヒカルは手持ちの食料を食べ尽くしてしまっていた。

 道端に落ちていたワラを拾い、ぶどう酒の入っていたビンのコルク栓に結びつけて、ぶんぶんと振りまわしながら、早くも「もうやめよっかなー」という、後ろ向きな言葉をつぶやく。



「あのおもちゃ欲しいーっ!」

 背後から、甲高いこどもの声がした。

 ヒカルが振り向くと、行商の母子がこちらを見ている。

「人のものを欲しがるんじゃありません」

「いやだーっ! あのおもちゃが欲しいのーっ!」

 母親に諭されても、こどもはヒカルの手からぶら下がるコルク栓を指差して駄々をこね続ける。



「なんだ、これが欲しいのか? いいよ、たいしたもんじゃねーし。やるよ、ほら」

 ヒカルは、わらしべコルク栓を手渡した。

「わーいv ありがとう!」

 こどもは大喜びでそれを振りまわして遊び始めた。

「どうもすみません。……これ、行商の余りですが…」

 母親はそう言って、ヒカルに炒り豆の入った小袋をくれた。

 かくして、物々交換が成立した。

 客観的に見て、得をしたのがどちらかは明らかだろう。


 もしかしたら、ヒカルは、とんでもない幸運の星の下に生まれついた人間なのかもしれない。





 場面は再び城内。

 国王の名のもとに、ひそかに結成されたはずの「ヒカルちゃん探索部隊」は、なぜかアキラ王子の指揮下に置かれていた。

 国王自らが考えたという詰碁の問題を携えて、王妃がアキラの自室をおとずれたのは、つい昨日のことだ。

 この詰碁の問題を大量に印刷し、「ヒカルちゃん探索部隊」の隊員に持たせ、各地で探索にあたらせてみてはどうかと、意味深に微笑む。

「ヒカルちゃんほど囲碁の強い娘さんなら、この詰碁も簡単に解けるはずよねv」

 両親の意図するところを知り、アキラはその部隊の指揮を買って出たのだ。



 かくして、「この詰碁が解けた娘を、王子と結婚させる」という触書とともに、「ヒカルちゃん探索部隊」が活動を開始したのであった。



ヘンゼルとグレーテル・あかずきん・わらしべ長者。

玲菜さま、「1ダースぐらい」ってことは、まだ8個も残ってるんですけど…。

なんだか、すごいことになってきちゃったなあ。←弱気


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