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東京にめずらしく大雪が降った日の翌朝。
まだふかふかとやわらかく積もったままの真っ白な雪のうえに、小さな足あとをつけていく女の子がいます。
金色の前髪がチャームポイントのヒカルちゃんです。
いつもの路地とは違う銀色な世界。
ヒカルちゃんは、大きな瞳をきらきらさせて、真っ白な息をはずませて、元気よく歩いていきます。
どこかでころんでしまったらしく、スカートのあいだに見え隠れする毛糸のぱんつに、綿のような雪が散っています。
小さな赤い長靴には深すぎる雪に足をとられて、目的地への距離はなかなか縮まりませんが、幼稚園でならったばかりの歌をうたいながら、きゅっきゅっと雪を踏みしめて歩きます。
朝焼けの雲のあいまに、太陽が顔をのぞかせはじめました。
「いしょがなくっちゃ」
ヒカルちゃんは足を速めます。
新聞配達のバイクが、チェーンをつけたタイヤで、白い道を茶色くよごしてしまう前に。
お散歩犬が、白い公園に足あとを残してしまう前に。
いちばん大好きなお友達のおうちへと急ぎます。
やがてヒカルちゃんは、立派な門構えのおうちの前にたどりつきました。
まだ呼び鈴には手が届かないので、大きな声で、お友達の名前を呼びます。
「アーキーラーくーん! あーしょーびーまーしょーっ!」
「はーあーいー!」
すぐにお返事が聞こえてきましたが、玄関からでてきたのは、お友達のアキラくんではなく、アキラくんのお母さんでした。
「おはよーごじゃいましゅ」
ヒカルちゃんがぺこりとお辞儀をすると、アキラくんのお母さんもお辞儀をしました。
「おはようございます」
「ねえねえ、おばちゃん。アキラくんは? まだ碁のおべんきょしてるの?」
ヒカルちゃんは小さく首をかしげながらききました。
このおうちでは、お母さんが朝ごはんのしたくをしているあいだに、アキラくんとお父さんが碁を打つのが日課なのです。
「今日はもうおしまい。ヒカルちゃんが迎えにきてくれたーって、今、急いでおしたくしてるところよ」
アキラくんのお母さんがそう言い終わらないうちに、とたとたと長靴の音をひびかせて、アキラくんが出てきました。
それと同時に電話の鳴る音がして、アキラくんのお母さんは、おうちのなかに入っていきました。
玄関の前で向き合って、ふたりは幼稚園の朝の歌をうたいます。
「おはようございます、ヒカルちゃん♪」
「おはよーごじゃいましゅ、アキラくん♪」
「「今日もなかよくいたしましょー♪」」
儀式のようなあいさつがすむと、ヒカルちゃんは自分がとっても急いでいたことを思い出しました。
「アキラくん。雪だるま、ちゅくりに行こー。雪がっしぇんもー」
ヒカルちゃんはアキラくんの腕をつかんで、すぐにも駆け出しそうな勢いです。
でも、アキラくんは、自分の腕をつかむヒカルちゃんの手を見つめて、少しためらっています。
「ちょっと待って、ヒカルちゃん」
アキラくんは、ヒカルちゃんの手をそっとはずしました。
大好きなアキラくんに手を振りほどかれて、ヒカルちゃんは、さびしそうにうつむいてしまいました。
アキラくんは、自分の手にはめていた白い毛糸のミトンを、大急ぎではずします。
「おててのままで雪だるまを作ったら、きっとすごく冷たいよ。だから…はい、これ」
アキラくんは、ミトンをヒカルちゃんにさし出しました。
ヒカルちゃんは、なんだかおなかのあたりが、ぽわぁっとあたたかくなったような気がしました。
とってもうれしいのに、だけどちょっと困ってしまって、ヒカルちゃんは、ぷいっと横を向いて言いました。
「ダメっ! アキラくんのおててが、つべたくなっちゃうからダメっ! ヒカ、いらないっ!」
今度はアキラくんが困ってしまいました。
アキラくんにとっても、ヒカルちゃんはいちばん大好きなお友達です。
ヒカルちゃんの手が冷たくなってしまうなんて、許せることではありません。
でも、ヒカルちゃんがとっても頑固なことを、アキラくんはよく知っていましたから、それならせめてと、自分の襟元から、ミトンとおなじ白い毛糸のマフラーをはずしました。
首のあたりを冷たい空気がなでていきますが、ここで震えたら男じゃない…とばかりに、背筋をしゃんとのばして、ヒカルちゃんの首にマフラーをかけようと近づいていきます。
あまりにも朝早かったせいでしょう。
ヒカルちゃんは、お父さんもお母さんも、まだ起きてこないうちに、ひとりでそっとおうちを出てきたのです。
お気に入りの赤い長靴は、靴箱をあけたらすぐに見つかりましたが、マフラーも手袋も、どこにあるのかわからなかったのです。
フードつきのダッフルコートも、自分ではボタンをとめられなかったので、ただ羽織っているだけです。
やわらかなほっぺたも、小さな手も耳も、寒さで真っ赤になってしまっています。
それでも、ヒカルちゃんは、アキラくんのマフラーを受け取りません。
「しょれもダメっ! ヒカはいらないのっ!!」
自分より少し背の高いアキラくんを突き飛ばし、ヒカルちゃんは門のほうまで逃げていってしまいました。
怒ったようにアキラくんを見つめながら、「くしゃん」と、小さなくしゃみをしています。
このままでは、風邪をひいてしまうかもしれません。
「……じゃあ、ボク、今日はヒカルちゃんと遊ばないっ!」
アキラくんは強行手段に出ました。
もちろん、アキラくんは、ヒカルちゃんと遊びたいんです。
でも、大事な大事なヒカルちゃんを心配する気持ちのほうが大きかったのです。
「えええぇぇぇーっ!」
ヒカルちゃんは抗議の声をあげました。
アキラくんと遊べないのはイヤ。
ヒカルちゃんと遊べないのはイヤ。
アキラくんが寒い思いをするのもイヤ。
ヒカルちゃんが寒い思いをするのもイヤ。
どうしたらいいのかわからなくなって、ふたりはお互いに黙りこくってしまいました。
「まあ大変。なかよしさんたちがケンカしちゃったわ」
アキラくんのお母さんが、玄関先に出てきました。
「してないもん」
「してません」
ふたりは声をあわせて反論しました。
「あらあら、本当になかよしさんだこと」
アキラくんのお母さんはころころと楽しそうに笑うと、ヒカルちゃんの目の高さにあわせて、しゃがみ込みました。
「ヒカルちゃん、おうちのひとに黙って出てきたでしょう。ヒカルちゃんのお父さんとお母さん、心配してお電話をくださったのよ」
ヒカルちゃんの格好を見て、アキラくんのお母さんはすぐにそれを察し、ヒカルちゃんのおうちに連絡しようと思ったのですが、先に電話がかかってきたのでした。
さっきの電話が、それだったようです。
「ごめんなしゃい」
ヒカルちゃんが素直に謝ると、アキラくんのお母さんは、にっこり笑って、コートのボタンをとめてくれました。
そして、マフラーを首にかけ、ミトンを手にはめてくれました。
白い毛糸で編まれたそれは、アキラくんのとまったくおなじものです。
ヒカルちゃんはびっくりして、イヤイヤと首を横に振りました。
「しょれはアキラくんのだからダメーっ! アキラくんがしゃむいからダメなのーっ!!」
「これはヒカルちゃんのよ。ほら、見てごらんなさい」
そう言われてアキラくんを見ると、アキラくんはマフラーもミトンも、ちゃんと持っています。
「あれぇ?」
ヒカルちゃんは、わけがわからなくなってしまいました。
「これは、ヒカルちゃんへのプレゼント。おばちゃんが編んだのよ。すごいでしょう」
「うん。しゅごい、しゅごい。ねえねえ、これ、ほんとにヒカのなの? ヒカ、これもらっていいの?」
ヒカルちゃんは、目を輝かせてたずねます。
「もちろんよ。今度ヒカルちゃんに会ったら渡そうと思って、おばちゃん、楽しみにしてたんだから」
「うわあっ! ありがとうっ!」
満面の笑みを浮かべてお礼を言うヒカルちゃんの姿に、アキラくんのお母さんは、「どういたしまして」と、嬉しそうに笑いました。
「ヒカルちゃん、ボクとおそろいだねっ! ほら、みてみて」
アキラくんは、はやくヒカルちゃんとおそろいになりたくて、大急ぎでマフラーとミトンをつけました。
「ほんとだぁ。うはは、おしょろいだ、おしょろいだ」
ヒカルちゃんはうれしくなって、もらったばかりのミトンをはめた両手を、ぽふぽふとあわせました。
「これでもう寒くないわね。雪だるまを作って、雪合戦をして。たくさん遊んで、おなかがすいたら、帰っていらっしゃいな。……ヒカルちゃんも、うちで朝ごはんを食べていってね」
アキラくんのお母さんは、アキラくんの手とヒカルちゃんの手を、つながせてあげました。
「さあ、雪だるまを作りに行こう!」
「うん!」
アキラくんとヒカルちゃんは、手をつないで、朝日に輝く銀世界へと駆け出していったのでした。
おしまい
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