「○○は何処? ○○は居ずや?」
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1904年3月。 旅順港封鎖作戦が行われた。 このミッションのコンセプトは、ものすごくひらたく言えば、老朽化したしょぼい自国船を、旅順港の浅く狭い出口に沈めて、ロシア艦を通せんぼしてしまおうというものである。 作戦の成否については、公式発表と民間伝承のあいだに差異があるため、ここでは触れない。 この作戦で敵弾に倒れた広瀬武夫海軍中佐(特進)は、軍国主義の機運が高まりつつあった当時の日本政府によって、「軍神」と崇め奉られた。 なぜなら、作戦中に姿が見えなくなった部下・杉野孫七兵曹長(特進)を探しているうちに、機を逸して敵弾に倒れたからである。 この話は、美談として、瞬く間に日本全土に伝わったという。 その後、ほぼ100年が経過した現代。 この話は戦争美談を離れ、「部下をいたわり思いやるべし」という上司の心得として、一般的サラリーマンの世界に浸透している。 碁会所の老客たちは、よく「杉野〜!」と言いながら、何かを探している。 それは眼鏡だったり扇子だったり、あるいは碁敵だったりするわけだが、管理人は、いったいなんのこっちゃと不思議に思っていた。 ある日、明治・大正生まれ組に尋ねてみたところ、彼らは熱く語ってくれた。 その内容は、尋常小学唱歌「広瀬中佐」のなかで克明に描かれているが、管理人の悪筆で少々紹介しよう。 作戦の責任者である広瀬中佐は、いざ脱出という段になって杉野兵曹長の姿が見えないことに気づく。 もともと自分を慕って志願してきた杉野を買っていた広瀬は、脱出用の小型艇と、すでに沈みつつある老朽艦とのあいだを3往復して、船内をくまなく探し続けた。 他の部下に説得されてやむなく脱出しようと決心したときには、時すでに遅く、あっけなく小型艇は大破。 乗船していた部下ともどもやられてしまった。 確かに、軍国ムードを盛り上げるために利用するには、まさにうってつけの話ではある。 ひとりの部下を探していて、他の部下を道連れに死んでしまったというくだりは、きっと伏せられていただろうけれど。 それより、この話に出てくる広瀬中佐の行動パターンを、アキラっぽいと思われた諸姉も多いのではなかろうか。 弾が飛び交うなか、どこまでも杉野兵曹長(ヒカル)を探し続ける……。 「進藤ーっ! 進藤はどこだーーーっ!」 髪を振り乱してヒカルを追いかけるアキラの姿が浮かんでくるのは、管理人だけではないだろう。 広瀬中佐には、実はロシア人女性の恋人がいたとか。←留学していた時に知り合ったんだって そんでもって、すごいコワモテのおっさんだったとか。 杉野兵曹長には妻子がいたとか。 しかも、杉野クンは助かって中国で暮らしていたとか。 そういう枝葉の部分は置いといて。 管理人の脳内には、凛々しい旧日本海軍の軍服姿のアキヒカが浮かんでしまったv 別に、戦争じたいに賛成なワケじゃなく、あくまでもイメージ重視なので、誤解のないように願う。 SOSOGUさまへのリクエストでは、それをさらにひねって、ヒカルが広瀬中佐状態になってアキラを探す…というシーンをおねだりした。 そしたら、佐為喪失経験にからませて、見事にヒカル→アキラを実現してくださったではないか。 おまけに、こんなシリアスちっくなネタなのに、ギャグでオチをつけてくれという極悪非道なリクも、あっさりクリア。 いつもどおりの技の切れ味に、知らずため息がこぼれる。 すごいよ、さすがだよ、SOSOGUさま…vvv さて、話はそれるが、ひとつことわっておくことがある。 管理人がアキヒカの軍服姿に萌えをおぼえるのは、まぎれもない事実ではあるが、決して戦争賛成派ではない。 どちらかといえば、反戦主義に近い心情である。 その根底には、管理人の祖父母の代に端を発する華僑暮らしがある。 本名の姓は、管理人が生まれた土地には珍しいものだ。 それは、群雄割拠とカッコつけて呼ばれる時代に、もともとの住処を追われて、移り住んだからに他ならない。 現在の中国人たちのデモには閉口するが、もしかしたらこれは、一度こじれたら長いこと尾を引くという国際関係の難しさを、端的に表しているのかもしれない。 戦争中には、人の命を理不尽な危険にさらし、戦争が終わったあとにも、ハード面・ソフト面ともに多くの爪痕を残す。 戦いは盤上だけでいいと思うのだが、みなさんはどうお思いだろうか。 |
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