ひみつ箱(中編)

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「…………なんか入れよっと」

 ヒカルは結局、ひみつ箱のなかに、なにかを入れてプレゼントすることにしたようだ。

 だが、54回のひみつ箱は、それなりの出費だった。

 さらに何かを買って贈るという案は、一人暮らしのヒカルのフトコロに優しくない。

 思案すること数時間。

 それだけの時間をアキラのために費やしたのだから、ヒカルも立派な恋する乙女だ。

「うーん…………やっぱ、アレかなあ。オレたち、つきあい始めて、もう半年だもんな」

 ヒカルは、ひみつ箱に入れるものを決めたらしく、丁寧に包装された包みを、かつてないほど慎重な手つきでそっとはがした。

 化粧箱の蓋をあけて、ひみつ箱を取り出す。

 一緒に添えられていた説明図をひらいて、すぐに閉じたのはご愛嬌だ。

「なんだよ、この矢印の数は……」

 箱の立体図の周囲に、54本の矢印と1〜54の数字が書き込まれた設計図は、あまりにも複雑で、ヒカルは早くもギブアップを宣言しそうになった。

「たはぁ〜。こりゃタイヘンだなあ。まあ、とにかく、1から順番に動かしていきゃあ、いつかは開くんだよな。えーっと、なになに……」

 一度は閉じた説明図をひらき、ヒカルは、ひみつ箱との戦いに突入した。







「や……やった! ついにやった!」

 4日ほど経過して、ようやくヒカルは、ひみつ箱をあけることに成功した。

 感慨無量で手元の箱を見れば、からくりとして動かした木片が、箱の四方に飛び出している。

「はあああああぁぁ。この飛び出したのを、また順番に戻していくのかぁ……」

 ヒカルは、長いため息をついてから、用意しておいたものを箱のなかに入れた。

  ことん

 木製の箱の底にあたって小さな音を立てたそれは、マンションの合鍵である。

 小学生の頃に幽霊から受けた影響か、どこか古風なところのあるヒカルは、アキラを部屋に招いたことは一度もなかった。

「えへへへ。塔矢のヤツ、びっくりするかな」

 ほんのりと頬を赤らめながら、ヒカルは再度、説明図と向き合った。

「よっしゃ、今度は蓋だ!」

 説明図で54という数字を探し、それから、手元のひみつ箱を見て、一致する木片を動かす。

 54から1まで、逆の道筋をたどるわけだ。

 一本道ではあるが、非常に面倒な作業である。

「えーっと、今のが52だったから、次は51か。51、51……あ、あった。これか。これは、箱でいうと……どれだ?」

「さっき、47だったから、次は46か? あれ? さっきのが46だったっけ?」

 箱をくるくると動かしているうちに、からくりをどこまで動かしたか、わからなくなってしまう。

 囲碁に関することならば、それなりの集中力を誇るヒカルだが、このテのことは、からっきしだ。

「ああ、もう! 続きは明日だ、明日! もう寝よっと!」

 ヒカルは、ガラステーブルの上に、ひみつ箱を放置して、さっさと寝てしまった。

 せめて、どこまで操作したかくらいは、明日の自分のために、メモを残しておくべきだったのだが。



 かくして、ひみつ箱が元の状態に戻ったのは、蓋があいてからさらに5日後のことだった。








「塔矢! これ、箱根のみやげ!」

 碁会所帰りに寄ったファーストフード店で、ヒカルは、おもむろに包みを取り出した。

「箱根って……。森下先生の対局があったのは、ずいぶん前のことじゃないか」

 愛しいヒカルからのプレゼントを恭しく受け取りながらも、アキラは、怪訝そうに眉根を寄せた。

 それもそのはず。

 ヒカルが東京に戻ってきてから、ふたりは、何度も会っているのだ。

「べ、別に忘れてたわけじゃないぞ。オレなりに、いろいろと、創意工夫ってやつをしてたわけだ、うん」

「創意工夫……?」

「まあ、いいから、あけてみろよ」

 ずずずーっと、ストローの音をたてながら促すヒカルに、「それじゃあ、さっそく」と、アキラは、包装紙を留めているシールをはがした。

 包装紙をはがし、化粧箱の蓋もあける。

「へえ。寄木細工か。これって、ひみつ箱だよね。こんなに大きいのもあるんだ……」

「ちぇ。珍しいもん見つけたと思ったのに。やっぱり知ってやがったのか」

 ヒカルは、ぷぅっと頬を膨らませるが、それほど機嫌を悪くしたようには見えない。

 もともと、博識なアキラならば、ひみつ箱を知っていてもおかしくないと、予想していたからだろう。

「だけど、こんなに大きなものがあるとは知らなかったよ。これ、何回で開くんだい?」

 初めて見る大きさだと聞いて、ヒカルは得意気に答えた。

「聞いて驚け。なんと、54回だ!」

「ごじゅ……! それは、すごいな」

 アキラは、感心したように、改めてひみつ箱を眺めた。

 だが、ふと、肝心なことに思い至った。

「ところで進藤。この箱をあけるための取り扱い説明書みたいなものが見当たらないんだけど」

  ぎくり☆

 そんな音が聞こえたような聞こえなかったような。

「いやあ、実はさ」

 ヒカルは、ぽりぽりと頭をかきながら事情を話した。

「からっぽの箱だけ渡すのもナンだよなあと思って、説明書見ながらいっぺん開けて、中身を入れたんだよ。そんで、元通りに戻して一段落したら、どっか行っちゃったみたいでさ」

 元に戻したあと、テーブルの上に2日ほど放置してたから、そのあいだに、ゴミと間違えて捨てちゃったのかも、と、苦笑いする。

「54回の操作を、何も見ずにやれと言うのか……!」

 俯き加減に静かに憤るアキラを見て、ヒカルは、そろそろ例のセリフが来る頃だと悟った…………が。

 今日は、慌てる必要はない。

 とっておきの切り札があるのだ。

「その箱のなかに、いいものが入ってるんだけどなあ」

 ヒカルは、にんまりと意味深に笑ってみせた。

「? いいもの?」

 アキラは、そう聞き返すと、手に持ったひみつ箱を軽く振ってみた。

  からからから

 硬いものが、木にあたる音がする。

「…………ぎざじゅう?」←注:それは違うお話です

「なーいしょ♪ だけど、それ見たら、オマエきっと喜ぶと思うぜ」

「うーん。なんだろう……」

 アキラは、からからと何度も箱を振っては、その音から中身を想像した。

「!!! もしかして!」

 何か思いついたらしく、アキラは目を輝かせた。

「だーかーらー内緒だってば。開けてからのお楽しみ♪ ……じゃ、がんばれよ」

 ヒカルは、トレイを持って立ち上がり、リュックを背負うと、たったかた〜っと店を出ていった。

 あとに残されたアキラは、夢見るような表情で、かつ、異様なほどの鼻息の荒さを披露しながら、ひみつ箱に見入っていたのだった。





 アキラさんの手に合鍵が渡りました。

 でも、敵は手強いぞ!

 なんせ、54回ひみつ箱だ!



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