ひみつ箱(蛇足編)*後編のオチで満足してくださった方には、ほんとにヘビの足。

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 それから一ヵ月後ほど経ったある日のこと。

 ふたりの定番ともいえる、碁会所帰りのファーストフード店で、アキラは、おもむろにカバンを開け、大きな包みを取り出した。

「進藤。キミにプレゼントがあるんだ」

 店のトレイを横にずらし、靴でも入っていそうな大きさの箱を、テーブルの上に置く。

「マジ? やったね」

 なにかな、なにかな〜と歌いながら、ヒカルは、バリバリと包装紙をはがした。

 用済みなはずの包装紙に顔を近づけて、とりあえず匂いをかぐ。

「くはあぁ〜。たまんねえ〜♪」

 ヒカルは、うっとりと目を細めた。

 奇妙な行動に見えるかもしれないが、これは、ヒカルにとって、一種の通過儀礼のようなものだ。

 そこに印刷物があるならば、とりあえず匂いをかいでみるべし。

 インクの匂いに異様な執着をみせるヒカルの意外な習性を、アキラはもちろん知っていた。

 すっかり冷めてしまったコーヒーを口に運びながら、ただ黙ってヒカルの行動を見守る。

 包装紙の匂いを十分に堪能してから、ヒカルは、テーブルに放置していた化粧箱に目を向けた。

 見るからに高級そうな箱だ。

 ヒカルは、わくわくした表情で、蓋をあけた。

  ぱかっ☆

 だが、白い薄紙に包まれていて、中身は見えない。

 過剰包装ともいえる丁寧な梱包に、否が応にも期待が高まる。

「なんか、超高そうなんですけど、コレ」

 シャリシャリと音を立てて、ヒカルが薄紙をめくると…………見覚えのある模様つきの木製品があった。

 寄木細工のひみつ箱だ。

「でけぇ……」

 ヒカルは、あんぐりと口をあけた。

 自分がアキラにプレゼントしたものの2倍ほどの大きさがありそうだ。

「キミからの素敵な贈り物のお礼に、箱根の職人さんに無理を言って、特別に作ってもらったんだよ」

 アキラが、得意気に説明する。

「特注かよ」

 呆れたようにつぶやくヒカルに、アキラは、さらに続ける。

「お礼は倍返しが基本だからね。このひみつ箱は、108回の操作で開くんだ。キミにもらった箱のちょうど2倍だ」

「ひゃ、ひゃく……」

「大丈夫。ちゃんと説明図が入ってるから」

 早く開けろとばかりに、説明図をずずいと押しつける。

「説明図があったって、108回ってどうよ。ちょっとフツーじゃないだろ。おかしいだろ」

 54回でも、4日かかったのだ。

 108回なら、単純計算でも8日はかかる。

 操作の複雑さを鑑みれば、もっと日数を要するだろう。

 もしかしたら、途中で、どこまで操作したか、わからなくなるかもしれない。

「せっかくだから、部屋に飾っとくことにする。うん、そうする。はい、決定」

 ヒカルは、薄紙を元に戻し、化粧箱に蓋をした。

 先刻、匂いを堪能した包装紙をひろげ、忘れずに再度、顔を近づけて深呼吸してから、包み直そうと奮闘する。

「遠慮するなんて、キミらしくないよ」

「いや、遠慮してねえし」

 きっぱりと言い放つが、敵もさるもの。

「実はね。ボクも、キミに倣って、箱のなかにプレゼントを入れたんだ」

「プレゼント?」

 そう言われて、ヒカルは、一度は蓋をした化粧箱を開け、中身を取り出して軽く振ってみた。

  からからから

 どこかで聞いたような音がする。

「げっ! まさか……」

「ボクの家の合鍵だよvvv」

 言いよどんだヒカルに、アキラが極上のスマイルで答える。

 だが。

「合鍵もなにも、おまえんち、実家じゃねえか! 塔矢先生とか、明子おばさんがいるのに、勝手に入れるかよ!」

 碁界の重鎮・塔矢行洋の自宅に、簡単に出入りできるわけがない。

 第一、両親と一緒に住んでいる彼氏の家の合鍵をもらうなど、聞いたこともない。

「そんなこと、気にすることないよ。おあいこじゃないか」

「全然あいこじゃねえよ!」

「いいから、いいから。ほら、早くあけて」

「簡単に言うんじゃねえ! 108回のひみつ箱なんか、ぜってぇムリ!」

 リュックと包装紙をつかんで席を立ったヒカルを、アキラがあわてて追いかける。

「しんどおおおおぉぉぉぉっ!」

「いらねえったら、いらねえっ! ひみつ箱も合鍵も、どっちもいらねえっ!」

「そんなに照れなくてもいいじゃないかあああぁぁぁっ!」

「照れてねえっ!」




    こらぁ 待て〜

      うふふ つかまえてごらんなさ〜い




 はた迷惑な追いかけっこの末、ヒカルは、駅の改札口でアキラにつかまった。

「さあ、つかまえたよ、進藤。ほら、早くあけてvvv」

 ホームのベンチに強制的に座らされ、ひみつ箱を手渡される。

「ここでかよ!」

「キミのことだから、面倒くさがって、一日に10回くらいしか、からくりを動かさないだろう?」

 少しでも早く箱をあけてもらおうと、アキラは説明図をひろげた。

 そのとき。

「1番線お下がりください。電車が……」

 びゅおおおおおぉぉぉっ!

 駅員のアナウンスの声とともに、電車がホームに入ってきた。

 にわかに起こった突風に、アキラの手から説明図が離れる。

「「あっ!」」

 紙はヒラヒラと舞い上がり、ホームを滑る電車の向こうへと飛んでいく。

 あいにく、この沿線は、高架を走る区間が多い。

 この駅のホームも、ご多分に漏れず、ビルの4階ほどの高さにある。

 ふたりは、紙の飛んでいった先に見当をつけて、電車が発車するのを待って線路を覗き込んだが、それらしきものは見あたらなかった。

 枕木のすきまから地上に落ちたか、風に乗って、ビルの合間を舞っていったか。

 もし、誰かが拾ったとしても、たかがペラ紙一枚だ、警察に届け出てくれるとは考えられない。

「ああああぁぁぁ……」

「ま、そういう日もあるわな」

 悲嘆に暮れるアキラの肩を叩き、ヒカルは、笑みを噛み殺しながら慰めたのだった。



 かくして、108回のひみつ箱は、開けられることがないまま、現在もヒカルの部屋に飾られているという。

                                      ほんとにおしまい





 箱根の大涌谷で、54回のひみつ箱を見たときに、「2倍にしたら108か……」と思いついたのが、このネタです。

 これを使わないわけにはいかないだろうってことで、ヘビに足つけちゃいました。

 ところで、みなさんは包装紙の匂いって好きですか?

 がびは大好きです。

 いい紙を使った雑誌で、とくに写真の多いヤツなんか、もうたまらないっす♪

 雨が降り出したばっかりのときの地面の匂いとか、カビの生えた古い墨の匂いなんかも好物。

 市営地下鉄新神戸駅のホームの匂いも、りんかい線品川シーサイド駅のエレベーターの匂いも、いとをかし。

 こういう匂いがお好きな方、拍手かメールか掲示板でお知らせください。

 賛同者多数の場合、匂いフェチヒカルさんが、今後も登場します。

 ……やめといたほうがいいすか?

 



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