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「おーっす。佐為、起きてるか?」
「おはようございます、光。今日も、お勤めご苦労さまです」
棋士・藤原佐為の屋敷を、朝早くから訪ねる少年がいた。佐為の一日は、この少年を出迎えることから始まる。
少年の名前は、近衛光。
本職は検非違使だが、四か月前の妖怪退治の折に、佐為の警護役を務めて以来、毎日のように佐為の屋敷を訪ねている。
近々、大君の囲碁指南役として参内が決まっている佐為の身に何かあってはというのが光の言い分だが、友達の佐為に会いたいだけというのが、本当のところだろう。
検非違使の近衛光といえば、陰陽師の賀茂明から譲り受けた御神刀を使いこなす、妖怪退治の第一人者として有名な存在だ。明の陰陽術と光の剣術があれば、倒せない物の怪はないとまで言われている。
…………が。
残念ながら、これは、噂ばかりが独り歩きした結果だと言わざるを得ない。
確かに、剣術の腕は確かだ。
小柄な身体を活かして、相手の太刀筋を身軽にかわし、隙を突いて懐に飛び込む戦い方は、後世の牛若丸と並び称されるほど見事なものだ。
しかし、それは、いざ戦闘と相成ったときの話だ。
作戦や戦略というものに疎く、正直者といえば聞こえはいいが、裏を返せば、お人好しな単純バカ。
性格的にも知力的にも、駆け引きや裏工作には向いていない。
妖怪退治の功績は、明の知略があってのものだ。
まあ、頭脳ばかりで運動はからっきしな明を補う役としては、申し分ない働きをしたと、とりあえずのフォローはしておこう。
さて、その光だが。
今日は、少しご機嫌ななめらしい。
御神刀の飾り緒をいじりながら、沓の先で小石を蹴っている。
「どうしたんです、光。そんなに頬をふくらませて。それに、今日は、いつもより少し時間が遅いようですが」
いつもはニコニコと笑顔全開で訪ねてくる光の、普段とは違う様子に、佐為が、心配そうに尋ねる。
「聞いてくれよぅ、佐為」
光は、待ってましたとばかりに訴え始めた。
「賀茂のヤツさあ、今夜、宴に呼ばれてるらしくって。その準備があるからオレと打てないって言うんだよ」
「ああ……今日は望月ですからね。いろいろなお屋敷で、観月の宴が催されるようですよ」
「月なんか見て、何が楽しいんだよ。そりゃ……ごちそうが出るってのは、ちょっと羨ましいけどさ。だけど、めずらしくオレと賀茂の休みが重なったってのに!」
検非違使としての仕事が休みである今日、光は、佐為の屋敷に来る前に、明の屋敷に寄っていた。約束もなしに訪ねた光にも非があるが、せっかくの休みに、明と打てないことが不満であるらしい。
「それは残念でしたね。代わりと言ってはなんですが、わたしがお相手しましょうか?」
佐為は、光をなだめるように言った。
「マジ? やったね。今日は、ガンガン打ちたい気分なんだ♪」
「ええ。いくらでもお相手しますよ」
どちらも無類の碁好きである。二人は、ウキウキとした足取りで、屋敷の裏手の碁会所へと向かった。
佐為の屋敷は、御所の少し南にある。内裏にも東の市にも近い、便利な一等地だ。
その敷地の一部を、碁会所として開放しているのだ。
佐為は、名門藤原氏を名乗る貴族ではあるが、身分に関しての固執はまったくない。むしろ、そのような考え方を嫌悪していると言ってもいいくらいだ。
碁を愛し、碁を通してひとと触れ合うことを、なによりも大切にする人間である。
そんな佐為の人柄を慕って、碁会所は、今日も朝から盛況だ。
早朝の農作業を終えた者や、月替わりで市の立たない店の者、近くに住むこどもたちが、思い思いに碁盤を囲んでいる。
「よーし。さっそく打つぞ、佐為」
「はい」
光と佐為は、空いた碁盤の前に座った。
「「お願いします」」
都で一番の腕前と言っても過言ではない佐為と、四か月前の妖怪退治の際に初めて碁石に触った光の対局だ。当然、石を置いての指導碁である。
一局目と二局目は、佐為の勝ち。
三局目は、光が勝った。
指導碁とはいえ、勝てば嬉しい。
「やった! オレの勝ちだ!」
「ずいぶんと強くなりましたね、光。やはり、あなたはスジがいいですよ」
「えへへへ。そうかな」
光は、照れたように鼻のあたまを擦った。
朝の不機嫌さは、すっかり払拭されたようだ。
鼻歌まじりに石をかたづけていると、顔見知りの中年女性が声をかけてきた。東の市で農産物を商っている、ふくよかなおばちゃんだ。
「おや、ちょうどいいときに来てるじゃないか、検非違使の坊や」
「坊やって言うな!」
「まあまあ。ほーら、これを見ても、そんな文句が言えるかねえ」
女性は、そばに置いていた葛籠のなかから、粗い織り包みを取り出し、その布を広げて見せた。
「うわあ、栗だぁ!」
「ああ、初物の栗だよ」
「もうそんな季節なのですねえ。今夜は中秋の名月ですし」
もののあはれを知る佐為が、しみじみとつぶやく。
「そうなんだよ。せっかくの初物だっていうのに、東の市は今日までときたもんだ。まったく、あと二日早ければってとこだよ」
都には、東と西の二つの市があるが、それぞれの市が立つ日は決められている。
東の市は、月の前半。
西の市は、月の後半だ。
今日は、彼らの暦では八月十五日。今月の東の市は、今日が最終日である。
「売れ残りで悪いけど、持ってってくんな」
女性は、両手で抱えきれないほどの栗を、布ごと光に手渡した。
「うわあ、ありがと! だけど……いいのか? こんなにたくさん」
「いいんだよ。どうせ、来月まで市は立たないんだから。……ほら、佐為さんもどうぞ」
「ありがとうございます」
思わぬ頂き物に、光と佐為は、ニコニコと顔をほころばせた。
「ゆでるのと焼くの、どっちがいいかな」
「栗おこわもおいしいですよね」
「賀茂のヤツ、栗好きだからな。アイツにも分けてやろっと。でも、今日、オレと打ってくれなかったから、ちょっとだけだな」
自分よりも宴を優先したことを、まだ根に持っているようである。
碁会所で楽しく過ごしているうちに、すっかり時間が経ってしまった。
「光、検非違使庁へ行かなくていいのですか? もう、すっかり陽が暮れていますよ」
佐為に言われて窓の外を見れば、まるい月が、東の空に浮かんでいた。
「いっけね。今日の報告をまとめなくちゃ。……あーあ、休みの日にも報告しなくちゃいけないなんて、めんどくせーな」
報告も何も、碁を打っていただけであるが、それも一応、佐為の身辺警護の一環である。「異常なし」の一言くらいは、記録しておくべきだろう。
「それじゃあ、佐為。また明日な」
「ええ。気をつけて」
佐為の屋敷を後にして、光は、二条の検非違使庁へと向かった。
「あれぇ? なんか妙に静かだな。いつもだったら、この時間は、みんな記録に追われて騒がしいくらいなのに」
光は、検非違使庁の門をくぐりながら、首を傾げた。
いつもと、役所の雰囲気が違うようだ。
「近衛くん、お疲れさま」
役所の建物に入ったところで、先輩検非違使の筒井に声をかけられた。手には報告書を持っている。勤勉な彼のことだ、もう記録を終えているのだろう。
「筒井さんも、お疲れー……っと。あれ? 加賀と三谷は?」
光は、いつも筒井と一緒にいる同僚の姿が見当たらないことに気づき、きょろきょろと、あたりを見回した。
「二人とも、今日は夜勤なんだ。今夜は、たくさんのお屋敷で観月の宴がひらかれるから、結構な人数が、夜回りに駆り出されるみたいだよ」
検非違使の仕事は、昼間だけではない。夜盗や不審火への警戒のため、また、魑魅魍魎に怯える人々の暮らしを守るためにも、二人一組で夜道を見回るのだ。
とくに、行事の多い時期は、夜通し、都の警護にあたることも少なくない。
「それで、今日はひとが少ないのか」
「うん。内裏の宿直の人員にも影響が出てるみたいなんだ。僕も、手伝いを頼まれちゃったよ」
筒井は、これから左近衛府へ行くのだという。
「うっひゃあ。たいへんだなあ。じゃあ、オレは、報告をまとめたら、つかまらないうちに、さっさと帰ろうっと」
妖怪退治と佐為の警護には、熱心に取り組む光だが、平常の業務には、今ひとつ身が入らないようだ。
先輩や同僚に見つかって、余計な仕事を言いつけられないようにと、大急ぎで記録をつけ始めた。
規定の用紙に報告を書き、続けて、自分用の紙の束を取り出した。
「報告の他に、日記もつけるなんて、めんどくさいなあ。賀茂のヤツ、こんな紙なんか、くれなきゃいいのに」
あまり、いや、まったく字が得意ではない光のために、明が、手習い用の紙を、大量にくれたのだ。
『有名な和歌を書きとめてもいいし、なせの君のように、自分で小説を書くのもいいんじゃないかな』
明は、そう言っていたが、光の知っている和歌の数など、たかが知れている。ましてや小説など、音読するだけでも一苦労だというのに、書くことなど、まったくもって無理だ。
『ええええぇぇぇぇ。手習いなんて、めんどくさいよ。オレ、絶対やらないからな。字なんか下手だっていいじゃんか』
そう答えて仏頂面を見せたものの、明が護符に書く美しい手蹟に、ライバル心を刺激されていたのも事実である。
そんなわけで、和歌や小説ではなく、日記程度のものならば、と、光は、日々の報告の後で書き続けている――――明には絶対に内緒らしいが。
「あいつが書いた護符、なんて書いてあるのかわかんないけど、超カッコいいんだよなあ……ちょっとムカつくけど」
光は、墨を磨り足しながら、ぶつぶつとつぶやいた。
「さーて、と。今日は、なんて書こうかな」
筆を持って、考えることしばし。
八月十五日。晴れ。
今日は望月らしい。
賀茂のヤツ、観月の宴に呼ばれてるとか言って、オレと打ってくれなかった。ちくしょー。
そのかわり、碁会所で佐為と打った。
東の市のおばちゃんに、初物の栗をもらった。
賀茂のヤツにも、ちょっとだけ分けてやろっと。
アイツ、栗が好きだって言ってたもんな。
オレは、枇杷のほうが好きだけど。
「よし、できたっと」
光は筆を置いて、書いたばかりの日記に、ふーふーと息を吹きかけた。
墨が乾くのを待って、専用の箱にしまう。
「さーて。宿直なんか言いつけられないうちに、さっさと帰ろうっと」
光は、そそくさと役所の門を抜け、小走りに、自宅へと帰っていった。
その頃、明が、時間と空間を飛び超えるという、空前絶後の体験をしているとも知らずに――――。
○ ● ○ ● ○
翌朝。
光は、いつものように佐為の屋敷を訪ね、それから、検非違使庁に出勤した。
「おっはようございまーす」
先輩や同僚たちに挨拶しながら、自分の机へと向かう。
だからといって、何か書き物をするわけではない。
文机の上に、昨日もらった栗の包みを置き、親しい同僚たちの姿を探しに行く。
「おっはよー、加賀、三谷、筒井さん」
「よう、近衛。今日も能天気そうだな」
「近衛に深刻な顔しろっていうほうが間違いだよ」
「なにをーっ」
「もう、加賀も三谷くんも、それくらいにしておきなよ」
光たちのケンカ腰の物言いに、温厚な筒井がハラハラしながら割って入るが、彼らにとっては、軽い挨拶のようなものだったりする。
「あ、そうだ。なあなあ、オレ、今から陰陽寮に行ってきてもいいかなあ」
光が、用件を思い出して口にした。
「ああ? また賀茂のところか?」
「今度は何を頼みに行くんだ?」
和歌の意味を尋ねたり、漢詩の読み方を教わったり。
ことあるごとに、光は、明を頼っている。
日常茶飯事だとばかりに軽口をきく加賀と三谷に、光はぷうぅっと頬を膨らませた。
「そんなんじゃねえよ、今日は」
「今日は、か」
「いつもはその通りだって、白状してるようなもんだぜ」
口々にからかわれながらも、光は、さっさと踵を返し、自分の席に戻ろうとした。
「なんだ? 言い返してこないなんて、珍しいじゃねえか」
加賀が、訝しそうに扇を鳴らした。
光は、ニヤッと笑って、あっかんべーをした。
「へへーんだ。せっかくいいもの持ってきたけど、加賀になんか、やらないよーだ」
いいものとは、もちろん、初物の栗のことだ。
「なにぃ? 俺様に貢がずに、賀茂のヤツにくれてやろうってのか」
「俺とお前の仲だよな、近衛」
てのひらを返したように、ニコニコしながら光にすり寄っていく二人に、筒井は、あきれたように肩をすくめた。
「しょうがないなあ。ちょっとだけだぞ」
光は、栗の入った包みを持ってきて、三人に少しずつわけた。
「筒井さんには、いつもお世話になってるから、ちょっと多めにあげるね」
「ありがとう、近衛くん」
三人にわけても、手元には、まだまだたくさん残っている。
光は包みを懐にしまうと、「じゃあ、オレ、行ってくるから」と、駆け出していった。
「……なんだかんだ言って、近衛のヤツ、賀茂に懐いてやがるよな」
「俺たちのほうが、ずっとつきあいが長いのにな」
「時間の長さじゃないのかもしれないね」
どこか嬉しそうな光の後ろ姿を眺めながら、意味深に苦笑しあう三人だった。
陰陽寮と検非違使庁は、それほど離れてはいない。
少しだけ秋の気配を含んだ風を感じながら南へ向かえば、ほどなくして陰陽寮の門が見えた。
「ごめんくださーい。検非違使の近衛光ですけどー。賀茂明いますかああぁぁーーーー」
結界を張るのみで門番を置かない陰陽寮の前で、光は、大声で呼ばわった。
「かーもーーーーー。 おーい。かーもーーーーーーーっ!」
年若くして陰陽権博士となった天才陰陽師を呼ぶにしては、ずいぶんな態度である。
だが、そんな光に慣れているのか、陰陽師見習いのこどもが、トコトコとやってきた。
「こんにちは、近衛さん。賀茂さまは、今日は、こちらにお見えではないんですよ」
「ええ? だって、昨日も休みだったんだろ? 二日も続けて休みなんて、急な物忌みかなんかか?」
貴族の生活には、縁起の良し悪しや占いがついてまわる。正五位に叙された明も、同様に、方角や暦に左右されがちである。本業が陰陽師となれば、なおさらだろう。
ところが、見習いのこどもは、首を横に振った。
「いいえ。賀茂さまの卦は、陰陽寮でも把握しておりますが、今日は、そのような障りはありません。連絡もなくお休みになられて……」
「アイツが無断欠勤なんて、めずらしいな」
「ええ。誰よりも気真面目な方ですからね。こんなことは初めてです」
こどもが、心配そうな顔で見つめてくる。
「じゃあ、オレ、ちょっとアイツの屋敷に行って、様子を見てこようか?」
早く栗を渡したいし、と、光が提案すると、こどもが顔をほころばせた。
「ぜひ、お願いします。急な御病気かもしれないと、わたしたちも、心配していたところなんです」
「わかった。ちょっと行ってくるわ」
ぺこぺことお辞儀をするこどもに手を振って、光は、明の屋敷をめざした。
「ごめんくださーい。検非違使の近衛光ですけどー」
先刻と同様に、明の屋敷の門前でも、おなじように大声で呼ばわった。
今はもう、この屋敷では式神を使ってはいないが、門番がいないことに変わりはない。
「おーーーい。かーもーーーーーーーっ! いないのかぁ? 賀茂ってばーーーーーっ!」
何度呼んでも出てこない。
築塀を乗り越えて、屋敷のなかに入ってしまおうかと思っていると、となりの屋敷の下働きをしている少女が、「おとなりは、お留守ですよ」と、声をかけてきた。あまりの大声に、近所迷惑だと言わんばかりの表情だ。
「え? 賀茂のヤツ、いないの?」
「ええ。夕べ、お出かけになられてから、お戻りではないようです」
そう言って、少女はプイっと顔をそむけ、となりの屋敷へと戻ってしまった。
「留守かあ」
夕べ出かけたというのは、観月の宴に呼ばれてのことだろう。
「宴に行った先で泊まってくるなんて、アイツ、そういうことしそうにないけどなあ」
貴族の屋敷には、たくさんの女房が勤めている。そのなかの誰かと親しくなり、一夜をともにするのが、当世の粋というものではあるが、明にはまるで無縁な話のように、光には思われた。
「でも、もしかしたら、飲みすぎて帰れなくなっちゃったとか。アイツ、やたらとプライド高いから、ヘンなとこで強がるもんな」
たいして飲めないくせに、勧められた酒を断ってはオトコが廃るとばかりに飲み干して、酔い潰れてしまったのは、何を隠そう光本人のほうなのだが、それはさておき。
「どこの貴族の屋敷に行ったのかもわからないから、探しようがないしな……。しょうがない。一旦、役所に戻るか」
光は、来た道を戻っていった。
その日は、結局、明には会えずじまいだった。
八月十六日。晴れ。
賀茂のヤツ、昨日から屋敷に帰ってないらしい。
飲みすぎて帰れなくなっちまったんだったら、あとで思いっきり笑ってやるけど……ちょっと心配だな。具合悪くしてなきゃいいけど。
それはそうと、まさかとは思うけど、もしかして。
ほんとに、もしかしての話だけどさ。
どっかの女房とイイ仲になっちまったのかな。
そうだとしたら…………なんかやだな。
○ ● ○ ● ○
翌日の朝。
やはり、明に渡すつもりの栗の入った包みを持って、光は、家を出た。
佐為の屋敷を訪ねる途中で、顔見知りの貴族に会った。
「和谷じゃないか。それに、伊角さんも。こんな朝早くから、どうしたんだ?」
貴族とは言っても、二人は、それほど高い身分ではない。光の友達だと言っていいだろう。気さくな和谷と、意外に思い込みの激しい伊角は、なかなかいいコンビだ。
「ああ。俺と伊角さん、昨日は内裏で宿直だったんだ……じゃなくて!」
いつも通りの会話を始めた和谷が、思い出したように声を荒げた。
「なにかあったのか?」
きょとんとした顔で尋ねる光に、伊角が、「近衛は知らないのか」と、気まずそうにつぶやいた。
「だから、なんの話だよ」
わけがわからないと不思議そうな顔をする光に向かって、伊角が、「落ちついて聞けよ」と、前置きしてから話し始めた。
「おまえの友達の陰陽師の……賀茂明と言ったか? 彼が術で失敗したという噂が、内裏に広まっているんだ」
「それだけじゃないぜ。術に失敗したのを恥じて逃げ出して、そのまま姿をくらましたって聞いた。それで、二日経った今も行方不明だって……」
バサッ
思いもよらなかった話に、光は、持っていた包みを落としてしまった。
包みの結び目がほどけて、地面の上を、栗が転がっていく。
「アイツは、そんなヤツじゃない! 勝手なこと言うな!」
光は、和谷に掴みかかった。
「ぐ、ぐるじいっでば、ごのえ……」
「落ちつくんだ、近衛。この話は、和谷が言い出したわけじゃない」
伊角に諭されて、光は、手を離した。
「ごめん、和谷。オレ、つい、カッとなって……」
和谷に謝りながら、それでもやはり納得できないと、光は断言した。
「賀茂は……アイツは、凄腕の陰陽師だ。そう簡単に失敗なんかしない。それに、もし仮に失敗したとしても、アイツは、絶対に逃げ出したりなんかしない」
自信をもって、きっぱりと言い放てるのは、妖怪退治で培った信頼関係ゆえだろう。
ともに背中を預けて戦った仲間だからこそ、相手を信じる気持ちは揺るがない。
「そんな噂、オレは信じない。オレが……オレが、真相を突きとめてやる!」
光は、落とした包みもそのままに、検非違使庁へと走っていった。
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