100のお題番外編
『緒方さんの課外授業』
*時期は「010.旅の宿」の直後です。
*「001」〜「010」の設定が生きていますので、先にそちらを読んでくださいませ。←宣伝
*義務教育中の方へ
保健体育の教科書レベル以上の性知識があると自負する場合のみ、お読みいただけます。
お戻りの際は窓を閉じてください
緒方さんの課外授業(後) ○月×日 日直 とうやあきら しんどうひかる 「単刀直入に聞きます。緒方さん、子宝の湯って本当に効き目はあるんでしょうか」 まっすぐに自分の目を見てたずねるアキラの真剣な表情に、緒方は瞠目した。 「ほら、先月のイベントで行った水明館…。あそこの露天風呂は子宝の湯で有名だそうですが、入った人全員が妊娠するのであれば、どうして…その…」 アキラは真っ赤になって言葉をにごす。 (やはり、このふたりは行き着くところまで行っていたのか。まったくもって驚きだが、まずは自分たちの立場というものを説かねばなるまい) 緒方は腹を決めて口をひらいた。 「……君は進藤に妊娠してほしかったのか?」 「いいえっ! ボクたちは、まだ将来について何も語り合っていないんです。今すぐにこどもができたとしたら、進藤の棋士としての生活に大きな影響を及ぼしてしまいます。それに、ボクはまだ結婚できる年齢じゃない…」 「なんだ、ちゃんとわきまえてるんじゃないか。それなら心配はいらない。避妊にさえ気をつけていれば、結婚していなくても愛をはぐくむことはできるだろう?」 緒方はようやく余裕を取り戻し、愛飲の煙草に火をつけた。 「……まあ、気をつけていても、デキる時はデキるもんだがな」 「ひに…ん…? 気をつけるって…? よくわかりませんけど、不可抗力で入ってしまうことだって、ないとは言い切れませんよね?」 「くっくっく…。アキラくんもお盛んだな。ゴムをつける数十秒すらガマンできずに入ってしまうとは…。だが、ほどほどにしておけよ。危険日は必ずチェックしておけ」 緒方は口元をいやらしく歪めて説教じみたことを言うが、アキラにはほとんど理解できない。 「ゴム…? ああ、そうですね。これからは気をつけます」 (髪の毛がお湯につかないように、ゴムでむすんでおくべきなんだろうな。何事もマナーが大事だ) アキラがとんでもない勘違いをしていることに気づかないまま、緒方はその言葉を額面通りに受け取って、大きくうなづいた。 「でも、危険もなにも、本当に危険だったからこそ、ボクはあの時、進藤に抱きついたんです」 「おいおい。危険日なのに、わざと進藤を抱いたのか? しかも、ゴムもつけずに」 緒方は顔をしかめる。 「ゴムのことは、今は関係ないでしょう? それより、危険日ってなんですか。進藤が滑って転ぶ日を予測する方法があるとでも?」 アキラの問題発言に、今度こそ緒方の意識は遥か5万光年の彼方へと飛び立ってしまった。 「灰が落ちますよ」 アキラが緒方の手から煙草を奪い、灰皿に押しつけたところで、ようやく緒方の意識は戻ってきた。 「アキラくん。ひとつたずねるが、いいかい?」 「なんでしょう」 「君は危険日も知らずに、ゴムなしで進藤を抱いているのか」 アキラは、しばし逡巡した。 確かに危険日という言葉も知らないし、ヒカルと抱き合ったまま露天風呂に落ちた時に、髪をゴムでしばっていなかったことも事実だ。 だが、なぜ「抱いている」と、現在進行形もしくは現在完了進行形なのか。 その点は疑問であるが、とりあえず「危険日」と「ゴムなし」がキーワードのように思え、アキラは少々ためらいながらもYESと答えた。 緒方は眼鏡をはずし、ため息をつきながらつぶやいた。 「それでよく今日まで進藤を孕ませずにいられたもんだ…」 自分の無知を呆れられたような気がして、アキラはひとこと言い返した。 「今日までって言われても…一度だけですよ」 「一度だけでもデキる時はデキるんだ。進藤のことを大切だと思うなら、これからはちゃんとゴムをつけるんだな」 「さっきから気になっていたんですが、なぜここでゴムが出てくるんです? ……もしかして、人間の生殖機能は、髪の毛と関係があるんでしょうか」 「なっ…☆」 「そうか…。たしかに、髪の色の決定は遺伝子によるところが大きい。髪の量にしても、男性ホルモンの影響がどうとか聞いたことがある。なるほど…」 ぶつぶつとつぶやきながら勝手に納得しているアキラに、緒方は恐る恐るたずねた。 「アキラくん。もうひとつたずねてもいいかい?」 「なんでしょう」 「君は、ゴムを知らないのか?」 「やだなあ、緒方さん。ゴムっていう呼び名が、熱帯植物の樹液から生成される弾力のある物質のことだけをさしているわけじゃないってことくらい、ボクだって知ってますよ」 「そ、そうだな。そうだよな」 安堵の表情を浮かべる緒方に、アキラも大人びた作り笑顔で返す。 (天然ゴムだけじゃなくて、人為的に作られた弾性素材や人工樹脂のこともゴムって呼ぶ…。そんなの常識じゃないか。まったく緒方さんは、いつまでもボクをこども扱いするんだから…) こどもつながりで、アキラは当初の懸案事項を思い出した。 「そうだ、緒方さん。さっきの子宝の湯ですけど…」 「そんなものアテにはならん。おおかた、客寄せのための宣伝文句だろう」 「なるほど…」 「本当に子宝に恵まれるのなら、家族風呂とか、そういう形で営業するんじゃないか? くっくっく…」 「それじゃあ、世の中に多くある混浴の露天風呂は、子宝のご利益がないことが証明されたものなんですね」 「……は?」 「おなかのこどもが誰の子かわからない…なんて、どこかで聞いたことがありますけど、それは混浴のせいではなく、複数の異性とお風呂をともにしたのが原因ってことですね」 「……なんだって?」 緒方は再び眼鏡をかけ、アキラの顔をじっと見る。 新たな知識を得て満足気なその表情に、緒方はイヤな予感がするのを禁じえない。 「アキラくん。悪いが、もうひとつたずねてもいいかい?」 「なんでしょう」 「まさか君は、男と女が一緒に風呂に入っただけで、こどもができると思ってはいないだろうな?」 その質問こそ、まさに地雷以外のナニモノでもないのだが。 ぱちぱちと数回まばたきを繰り返したあとで、アキラは「ふぅ…」とため息をついた。 「……やっぱり違うんですか」 NOOOOOOO!! 緒方はムンクの叫びを実写版で再現しつつ、心のなかで師匠に呼びかけた。 (先生…。あなたは自分の息子に、碁の他には何も教えなかったんですか…) アキラは、「この際、恥はかき捨てです」と前置きして、先月の露天風呂でのできごとを緒方に語って聞かせた。 アキラとヒカルが一緒に風呂に入ったなどと、アキラの父親である己の師匠には、決して知られるわけにはいかない。これは絶対に他言無用だ。 師匠に対して大きな秘密をもってしまった罪悪感に苛まれながらも、緒方は悲壮なまでの決意を固めた。 「……というわけで、ボクもそうじゃないかと思い始めていたところだったんです。だけど、ちょっと人には聞きづらいことですし…。今日、緒方さんに誘ってもらえて、本当によかった」 アキラは、「じっくり教えてくださいねv」と、頼もしそうに緒方を見つめたのだった。 とくとくとく… グラスに冷酒を注ぎ、緒方はそれを一気にあおる。 (どうしてこの俺が…) 飲まずにやっていられるかとばかりに、さらにもう一杯。 一方、アキラはというと、百戦錬磨の緒方に一から教えを乞おうとひらきなおり、目の前の豪勢な食事をもぐもぐと咀嚼している。 船盛のお造りやスズキの炭火焼き、季節の炊き込みごはんに松茸の吸い物。 一通り味わったところで箸を置き、緒方に向かって一礼する。 「よろしくお願いします」 「あ、ああ」 緒方はアキラをからかうために連れてきたはずだった。 ねんねのアキラを困らせてやるはずだった。 だが。 まるで特別室での対局のようなこの厳粛さのなかで、それをやれというのか。 緒方が期待したのは「えっち」「エロ話」「猥談」と呼ばれる、男同士の低俗な会話。 アキラの求める「健全な性教育」は、緒方の守備範囲から果てしなく遠いところに存在している。 「ええ…と、だな。アキラくんは、おしべとめしべの話は知っているのかな?」 緒方は使い古された手法をもって説明を始めた。 「植物の受粉のことですね。もちろん知っています」 「植物だけでなく…人間、いや動物もおなじような方法で、新たな生命を作り出すのさ」 「へえ…。おしべは雄、めしべは雌。つまり、ボクが花粉を持っていて、進藤にそれをくっつけると、そこからこどもができるということなんですね」 さすが優等生。 アキラの飲み込みの速さに安堵しながら、緒方は話を続けた。 「だがな、アキラくん。花粉がついたとしても、妊娠するかしないかは、めしべの状況によって決まるんだ」 「一度で妊娠することもあれば、そうでないこともあるっていうのは、そこからきているわけですか」 「その通り。子孫を残すためには、妊娠が可能な時に花粉をつけなくてはならない。逆に、妊娠しては困る場合には、その時期を避ける必要がある」 アキラはきょとんとした顔で、首をかしげる。 「妊娠しては困る場合…? 花粉をつけなければいいだけのことでしょう?」 「そうだ。そのためにゴムを使う」 「ゴム…」 (髪の毛をむすんでおくと、花粉がつかないのか。……あ、なんだかわかってきた!) 「ゴムをつけていれば、花粉が飛び散らないからな。だが、それでも危険日は避けたほうがいい」 「その危険日っていうのは、どうやったらわかるんですか?」 「女には女のバイオリズムというものがある。進藤に聞けばいい。誘ってみて、すぐにOKだったら、その日は安全日。いやがるようなら危険日だ」 「でも緒方さん。安全日だろうと危険日だろうと、今のところ、ボクたちはこどもをつくるつもりはないんですから、妊娠が心配されるような行動は慎めばいいだけのことではないんですか?」 「その通りだよ、アキラくん。君たちはまだ青少年と呼ばれる年齢だ。普通なら高校に通っている年頃だろう。清い交際をすればいいのさ」 アキラに猥談をけしかけようとしていた意気込みは、とっくの昔になりをひそめ、緒方は「健全な男女交際推進委員会」を自分のなかで設立していた。 ところが、アキラはまだこの話題をひっぱるつもりのようだ。 「そのつもりです。でも緒方さん。進藤のどこに花粉がついたら妊娠するんですか? 露天風呂の一件ではありませんが、いつ何が起こるかわかりませんから、一応知っておいたほうがいいと思うんです」 「なんだ、まだわかってなかったのか!?」 一難去って、また一難。 「そ、それは…だな。つまり…。……そう、男にはなくて女にだけある、特別な部分だ」 「男にはなくて、女の人にだけある…?」 アキラは口元に手をあてて、じっくり考えた。 ちらりと緒方を盗み見るが、もうこれ以上は答えないぞと言わんばかりに、グラスをあおっている。 (身体的特徴の違いといったら、男にはアレがあって、女の人にはないってことだと思うけど…。逆に女の人にあって、男にはない…と言ったら、やっぱり胸かな…/// うん、きっとそうだ。女の人の胸は、あかちゃんに母乳をあげることができるくらいだから、特別に違いない!) 「緒方さん、わかりました」 アキラはすがすがしい微笑みを浮かべて、緒方を見つめた。 「それはよかった」 緒方はといえば、ヤケ酒のように冷酒を飲みつづけている。 「今日学んだことを自分なりに整理してみたいので、緒方さん、聞いていてください。もし、どこか間違っていたら、訂正をお願いします」 「ああ」 そして、アキラのひとり舞台の幕があがった。 まず、こどもはどうやってできるのか。 男女が一緒にお風呂に入っただけでは、妊娠はしない。 男の頭皮から出るフケが、女の人の胸にくっつくことによって、あかちゃんができる。 それを防ぐためには、男の髪をゴムでむすんで、清潔に保てばいい。 先月のイベントで、もしかしたら自分の髪が進藤の胸///に触れてしまったかもしれないけれど、その日は危険日じゃなかったんだろう。 そして、その危険日の見分け方。 碁会所に誘ってすぐにOKしてくれれば、その日は安全日。しぶるようなら危険日。 いずれにしても、進藤が着替えをするところにボクがいるわけがないから、このあいだのような突発的な事件が起こらないかぎり、特に心配はいらない。 あ。 でも、もし誰かがむりやり進藤の服を剥ぎ取って、自分の髪の毛をなすりつけようとしたら…。 ……ご、強姦!? 自分はその気になったのか。 その点には触れず、アキラは緒方につかみかかる。 「緒方さん! 聞いているんですか、進藤の貞操の危機なんですよ!!」 胸元をつかんで責めたてるが、緒方はかくかくと頭を揺らすばかり。 アキラのひとり舞台のおかげで、すっかり酔いがまわってしまったらしい。 「ああ。心配だよ、進藤。キミが誰かに触れられてしまったらと思うと…。これからは、今までにも増して、ボクがキミのナイトをつとめるからねv」 ストーカーアキラ、ここにパワーアップを宣言。 そして、仲居に頼んで運転代行者を呼んでもらうと、アキラは緒方を車に押し込んだ。 ふと、もうひとつ聞きたいことがあったことを思い出したが、今日はもうムリだろうとあきらめる。 「緒方さん。まだわからないことがあるので、次の機会にまた相談にのってくださいねv」 (まだ次があるのか…。勘弁してくれ〜) 緒方の心の叫びは、アキラに届くことはなかった。 別に呼んでもらったタクシーに乗り、アキラは自宅の住所を告げる。 走り出した車の中で、アキラは今日得た知識を整理しながら、もうひとつの疑問について緒方に相談しなかった自分を叱責していた。 (この年でおもらししてしまうなんて、誰にも相談できないからな。ボクがあかちゃんの頃、おむつをかえてくれた緒方さんになら、話せると思ったのに…。また今度、時間をとってもらおう) |
<コメント>
アキラさん、いつもいつもスミマセン。
いつの日か、無事、オトコの本懐(笑)を遂げられることを、適度に祈念しています。
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2005年2月18日