村すずめさまからのリクエスト作品
巧言令色鮮矣仁
お戻りの際は窓を閉じてください
あがたんえ おけましてあぬでとうごぢいます ひかれ、いごつよしなったんだよ こんど、ひかがうってるとこ、みにきてれ おきらしんのあうさで、まってるよ しんどうひかる 世界選手権戦から、はや半年。 さるぼぼの村のおがたんのもとに、ヒカルちゃんから一葉のハガキが届きました。 どうやら、お名前だけは正しく書けるようになったようですが、肝心な本文は、あいかわらず、まったくもって解読不明です。 (この手紙には、どんな秘密のメッセージが隠されているんだ? 宝のありかか? それとも、神の一手に何か関係があるのか……?) おがたんは、この暗号の謎を解くべく、デートの約束をすっぽかして、ヒカルちゃんのもとへ向かうことにしました。 でも、おがたんは、ヒカルちゃんの家がどこにあるのか知りません。 しかたがないので、とりあえずアキラくんの家を訪ねることにしました。 「あ、おがたん。……ちょっと待ってね。今、窓あけるから」 ヒカルちゃんと碁を打っていたアキラくんは、窓の外におがたんの姿を見つけると、急いでガラス戸をあけました。 「え? おがたんが来たの?」 自分の手番で長考していたヒカルちゃんも、めずらしいお客さんの登場に、立ちあがって窓に駆け寄りました。 「よう、アキラくん。新年おめでとう。……なんだ、進藤も来ていたのか。ちょうどよかった」 おがたんが、さっそく年賀状の謎について、ヒカルちゃんに尋ねようとすると、小さく「せーの」という声が聞こえてきました。 「「も~いーくつねーるーと~、おーしょーがつ~♪」」 おがたんの目の前で、ふたりはおゆうぎを始めました。 歌いながら手や足を大きく動かして、元気よく踊る振り付けです。 クリスマスのおゆうぎと同時進行で練習したにしては、ふたりとも、ずいぶん上手に踊れています。 元気がよいのはいいことですが、ふたりの足元にいる、小さなさるぼぼのおがたんにとっては、たまったものではありません。 おがたんは、あわてて宙に飛びあがりました。 それは、ちょうど、手をつないでくるくるまわる振り付けにさしかかったところでした。 ヒカルちゃんとアキラくんの胸の高さで宙に浮いていたおがたんは、強制的に手をつながされてしまいました。 手をつなぐというより、腕全体をつままれるといったほうが正しいかもしれませんが。 そして、ぶんぶんと振り回されて、上下に揺すられて、ようやくおゆうぎは終わりました。 「やれやれ。やっと終わったか。だいたい、この歌は年末向けの……」 おがたんが、ほっとする間もなく、今度は大音量の挨拶が始まります。 「「新年! あけまして! おめでとうございます! 今年も! よろしく! お願いします!」」 一文節ごとに区切りながら叫ぶように言葉を綴るのが、幼稚園の流儀なのだろうかと、おがたんは、耳を押さえながら、心のなかでつぶやきました。 一仕事終えたあとのような満足感をおぼえたのは、ヒカルちゃんとアキラくんだけだったようです。 おがたんが感じたのは、お正月早々、2ヶ月先の仕事までこなしたかのような疲労感だけです。 ふたりに見えないようにうしろを向いて、おがたんはこっそりとため息をつきました。 「さて…と。そろそろ本題に入ってもいいかな?」 おがたんが気を取り直して振り返ると、ふたりはすでに碁盤に向かっていました。 「人の話を聞けーーーーっ!」 おがたんが怒って文句を言うと、ぼそっと言い返す声がします。 「人じゃないじゃん。白いこいびとしゃんじゃん」 「ヒカルちゃん。恋人さんは人間だよ?」 「しょっか。アキラくんは物知りだねー」 アキラくんの突っ込みは、新しいバージョンになっていました。 ……白い恋人は人間ではなく、お菓子なんですけどね。 「いいから、人の話を聞けーーーーーっ!」 おがたんは、ますます声を荒げて怒鳴ります。 でも、さるぼぼって……人なのかしら? 「……それじゃあ、進藤。あの暗号の意味を聞こうか」 おがたんは、何回か深呼吸をして自分を落ち着けると、真面目な顔をして、ヒカルちゃんに向き直りました。 「暗号? なんのこと?」 ヒカルちゃんは、不思議そうに首を傾げます。 「つい最近、俺のところにハガキをよこしただろう」 おがたんは、白いスーツの内ポケットから、さるぼぼサイズの小さなハガキを取り出しました。 「うん。ヒカ、いっぱい年賀状書いたよ。えーっと……あかりちゃんでしょ、桜野先生でしょ、それから、もちろんアキラくんでしょ、それから……」 ヒカルちゃんは、自分が書いたハガキの宛名を思い浮かべながら答えました。 「年賀状……」 おがたんは、あんぐりと口をあけ、手に持っていたハガキを、ぽろりと落としてしまいました。 すると、どういう仕組みになっているのでしょうか、畳のうえに落ちた途端、ハガキは普通の大きさになったではありませんか。 「あっ! しょれ、ヒカが書いた年賀状だっ!」 ヒカルちゃんはハガキを拾い、「わーい、ちゃんと届いてたんだー♪」と、喜びました。 「それは暗号じゃないのか? 本当にただの年賀状なのか?」 おがたんは、疑わしそうな目をして問いかけます。 アキラくんは、ヒカルちゃんの書いた文章を読んであげることにしました。 アキラくんの視覚は、自動的に、「ヒカルちゃんの字専用モード」に切り替わるのです。 「……おがたんへ。あけましておめでとうございます。ヒカね、囲碁強くなったんだよ。今度、ヒカが打ってるとこ見にきてね。アキラくんのおうちで待ってるよ。進藤ヒカル……」 「………」 もはや何も言えず、おがたんは、がっくりと膝を折りました。 こんなことなら、デートに出かければよかったと思っているようです。 この時点で、おがたんは、すでに4ヶ月先までの仕事をこなしたかのような疲労を感じていました。 「せっかく来たんだから、ヒカが打ってるとこ見てよ。すっごく強くなったんだよ。ねー、アキラくん」 ヒカルちゃんは、碁盤の前に座りながら言いました。 「ねー…って、ボクに言われても……」 困ったようなアキラくんのつぶやきは、とっても小さな声だったので、残念ながら、おがたんには届きませんでした。 「よし。じゃあ、この俺様が見てやろう」 おがたんは、碁盤の真上にふわふわと浮いて、対局の行方を見守ることにしました。 ヒカルちゃんとアキラくんは、さっきの碁の続きを打つことにしました。 長考していたヒカルちゃんの35手目から再開です。 黒から見て右上隅で始まった戦いが、少しずつ中央へ広がっています。 右辺の二線には、白石がぎりぎりのところまで詰め寄っていて、ヒカルちゃんの黒石に、隅での生きはありません。 一部を切り捨てるとしても、大石は、生きを求めて中央に飛び出さなければなりません。 しかも、早くしないと、まわりを白石に囲まれて、逃げ切れなくなりそうです。 (隅の5子は捨てて、ケイマか一間だが……ここは一間か) おがたんは、局面を判断して、心のなかでつぶやきました。 ところが。 「えいっ!」 ヒカルちゃんは、隅の5子の生きを求めて、詰め寄る白石にコスミツケたのです。 (な…っ!) おがたんは、びっくり仰天。 これでは、一手無駄にしたのとおなじです。 隅の黒に生きがないとわかっているアキラくんは、他の大場に着手していきます。 (あーあ。この一手で、20目は差がついたぞ……) おがたんは、やれやれと、ため息をつきました。 「次は……うーんと……こっち!」 ヒカルちゃんの次の一手は、さきほどコスミツケた石からのサガリ。 生きる気マンマンです。 さすがに、これを放置しては、本当に生きられてしまいますから、アキラくんもおつきあいしてサガります。 「そしたら次は……えーっと……」 (おいおい。今の白のサガリで、もう黒に生きはなくなったんだよ) 対局に口を出すことは許されません。 おがたんは、こぶしを握りしめました。 「わかった! ここだ!」 ぺち☆ ヒカルちゃんは、生きを求めて、反対側にハネました。 (ぶっ!) おがたんは、あやうく吹き出すところでした。 アキラくんは、さらに別の大場に手をつけていきます。 (また差がひらいたぞ……。早く気づけ、進藤……!) おがたんの思いが通じることはなく、さらに4手ほどあがいたあとで、ヒカルちゃんは、ようやく自分の黒石が生きられないことに気づいたのでした。 「なんだ、なんだ。3人して雁首そろえやがって。おいらだけ、のけ者か? ……あいかわらずヘタくそな碁、打ってやがるじゃねえか」 突然、ガラの悪い声がしました。 花様熊のがみらんが、やってきたのです。 「よう。あけおめ」 斜めに構えて片手をあげてみたものの、とっくに流行の終わった挨拶では、ちっとも格好がつきません。 「……古っ」 ヒカルちゃんが、長考中のわりには、冷静な突っ込みを入れました。 そう。 ヒカルちゃんは、またピンチなのです。 あれからだいぶ碁は進み、すでに50目ほど差がついてしまっています。 ヒカルちゃんの貴重な地を、アキラくんがどんどんヨセてきて、黒地は猫のひたいほどになってしまいそうです。 「ああ~。そこはヒカの地なのにい~」 ヒカルちゃんは、ほっぺを膨らませながら、白の侵入を食いとめていきます。 あとは、白の生ノゾキに対して、しっかりツげば、最低限の損害に留めることができます。 ところが、ヒカルちゃんは、ツがずに、すでに死んでいる白1子を取ったのです。 (ちょっと待て、おい……) おがたんは唖然呆然。 がみらんは目をさんかくにして、ヒカルちゃんを睨みつけます。 当然、アキラくんは、ヒカルちゃんの地をどんどん減らしていきます。 「うええ~ん。ヒカの地がなくなっちゃう~」 ヒカルちゃんは、遅まきながら、白の侵入を食いとめ始めました。 時すでに遅し。 ヨセまで打って、整地してみると、白の84目半勝ちでした。 「なんだ。終わっちまってる碁なのに、最後まで打ちやがって」 がみらんは、おがたんにだけ聞こえるように、小さな声でつぶやきました。 おがたんにも、それは十分にわかっていましたが、放心したように盤面を眺めるばかりです。 おがたんは、ヒカルちゃんの、あまりにあさってな打ちっぷりに翻弄されてしまい、返事をするのも億劫になってしまっていたのです。 もはや、半年先までの仕事をかたづけたかのような疲労困憊ぶりです。 「「ありがとうございました」」 ヒカルちゃんとアキラくんが、ペコリとお辞儀するのを待って、がみらんは口をひらきました。 「おい、嬢ちゃん。なんだ、今の碁は。感想戦をやるぞ。さっさと並べやがれ」 がみらんは、両手を腰にあてて威張ります。 ヒカルちゃんは、碁笥から石を取り出して、アキラくんと交互に、石を並べ始めました。 まだまだヘタっぴですが、今打ったばかりの碁なら、自分の手だけは並べられるのです。 ヒカルちゃんの悪手乱れ打ちに、すっかり精気を吸い取られてしまったおがたんは、見栄えの悪い碁が、ぺちぺちと再現されていくのを、ただ、ぼーっと眺めていました。 「だから、なんでここで隅の5子をあきらめなかったんだ!」 「ここで、おめえは20目も損してんだよ。それがわかんねえのか!」 「ノゾキにツがぬバカはなしって言葉を知らねえのか! どうしようもねえな、おめえは!」 名前の通り、がみらんがガミガミと怒鳴りつけるのを、ヒカルちゃんは、首をすくめるようにして聞いていました。 あんまりな言われように、アキラくんはヒカルちゃんをフォローしようとしましたが、碁に厳しいアキラくんには、ヒカルちゃんの手の誉めどころを見つけることができません。 「ノゾキには気がつかなかったみたいだけど、そのあとの応手は間違ってなかったよ、ヒカルちゃん」 アキラくんは、なんとかフォローを試みました。 でも、大事な地をガンガン荒しまくった張本人に言われても、ヒカルちゃんは、ちっとも嬉しくありません。 今にも泣き出しそうになりながら、ヒカルちゃんは、ぽつんとつぶやきました。 「……ヒカ、強くなったもん」 その場にいる3人は、心のなかで首を大きく横に振りました。 「ヒカ、強くなったよね、おがたん!」 急に話を振られて、おがたんは固まってしまいました。 すでに、8ヶ月分の仕事を前倒しにしたかのような脳内環境では、冷静な判断はできません。 「……ここのハネツギ、ノータイムで受けたな。ツギが必要だと、すぐにわかるとは、なかなかのもんだぞ」 おがたんが指摘したのは、一線のハネツギ。 ツギが必要なのは、一部の例外を除いて、当然のことです。 「やっぱり? ヒカね、ここ、絶対にツがなきゃいけないって思ったんだ♪ それにね、カケツギにしてみたの。これがカタチだよね?」 ヒカルちゃんは、我が意を得たりとばかりに饒舌になりました。 「てやんでえ! この場合、カタツギだろうが、カケツギだろうが変わりは……」 「ああ。カケツギが、あとで利いてくることもあるからな」 おがたんは、がみらんの言葉を遮って言いました。 ヒカルちゃんは、有頂天になって、おがたんに確認します。 「ねえ、おがたん、おがたん。ヒカ、強くなったでしょ?」 にっこりと愛らしく笑いながら、期待に満ちあふれた目で、おがたんの言葉を待つヒカルちゃんに、本当のことが言えるでしょうか。 「……そう…だな。強くなったよ、進藤……」 おがたんは、白い顔に冷汗をたらしながら答えたのでした。 ヒカルちゃんは、嬉しそうに部屋中を踊りまわりました。 「わーい。おがたんにほめられちゃった。ヒカ、強くなったってー♪ おがたんがね。おがたんが、ヒカのこと、ほめてくれたんだよー」 おがたん、おがたんと連呼しながら、ヒカルちゃんは踊り続けます。 アキラくんは、ヒカルちゃんの心をつかんだおがたんに嫉妬して、悔しそうな視線で、おがたんを睨みつけました。 がみらんは、「けっ。勝手にしやがれ」と、バカバカしそうに言い捨てました。 さて。 おがたんは、というと。 新年早々、1年分の仕事をやり終えたかのように、放心していました。 白い身体は、それこそ、燃え尽きた真っ白な灰のようでした。 ……そのことに、誰も気がつきませんでしたけどね。
おしまい
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村すずめ様からのリクエストで書かせていただきました。
以前も登場したオリキャラ(?)「がみら」は、「がみらん」に名称変更。
ところで。
村さまは、おがたんが大好きでいらっしゃるんですよねえ?←なぜ疑問形
疑問に思ってしまうリクの詳細は、こちらの蛇足ページから♪
2006年1月14日
お戻りの際は窓を閉じてください