第十六話  縁談






 明けて新年。

 天元堂の店先には、店主を始め、家族や使用人たちが勢ぞろいしていた。

 店を訪れる人たちに、新年の祝儀を配るためである。

 商品を買う買わないに関わらず、道行く人々に祝儀を配るのは、福を呼び込むための古くからの慣わしだ。

 表通りに面した門に、白菜や金牌を飾り、盛大に爆竹を鳴らす習慣も同様で、邪気を払い、財運を高めるという意味がある。

 天元堂では、爆竹に点火するのは、ヒカルの役割と決まっていた。

 通常なら、使用人のひとりが淡々と行う作業だが、こんな面白いことを他人に譲ってたまるかと、毎年、ヒカルは楽しみにしているのだ。

 今年も、ヒカルは火種になる縄を持って、今か今かと、その時を待っていた。

 ところが。

「ヒカル。今年はやめておきなさい」

 父親が、とめに入ったのである。

「そうですよ。年頃の娘が、嬉々として爆竹に火をつけるなんて、世間の人の笑いものになってしまうわ」

 母親にも制されるが、ヒカルは、けろっとして答えた。

「そんなの今さらじゃん。だいたい、店に集まってくる人たち、みんなカウントダウンを楽しみにしてるんだぜ? 今年はナシなんて、みんな納得しないよ」

 爆竹に点火する際、ヒカルは群集を煽り、声をそろえて10から順に数を数えさせ、0を叫ぶと同時に火をつける。

 このヒカル独自のパフォーマンスは、たいへんな人気を博しているのだ。

 実際、上虞の街では、新年の祝いに天元堂の爆竹はかかせないと、人々の口にのぼっているくらいだ。

「まあ、それもそうだな。今年が最後なんだから、いっそのこと、派手に景気よく鳴らすのもいいかもしれん」

 父親は、自分を納得させるかのようにつぶやいた。

「最後? なんで? オレ、来年もまたやる予定なんだけど」

「おまえももう16歳でしょう。いつまで家にいるつもりなの?」

「な、なんだよ、いきなり……」

 ヒカルは、結婚を匂わせる母親の言葉に、アキラとの約束を思い出した。

 アキラは、棋士登用試験に合格したら、ヒカルに結婚を申し込みにくるのだ。

 難関中の難関といわれる試験だが、ヒカルは、アキラが一発で合格すると信じている。

 アキラの合格=ふたりの結婚……という図式を想像し、頬をぽぽっと紅潮させた。

 そんなヒカルを見て、両親は満足そうにうなづいた。

「おまえも、ようやく結婚に興味を示すようになったのだなあ」

「あなた、ご覧くださいな。このように頬を染めて、なんと愛らしいことでしょう」

「うむうむ。座間将軍も、お喜びになるに違いない」

「ええ。ご子息も、きっとヒカルを愛してくださいますわ。このお話、きっとうまくまとまりますわよ」

 両親の言葉の端々に、聞き捨てならないものを感じ、ヒカルは聞き返した。

「座間将軍って誰? このお話って、なんの話?」

 両親は、にっこりと笑って言い放った。

「おまえの縁談に決まっているだろう? 座間将軍は、皇帝陛下の従兄弟でいらっしゃる。そのご子息が、おまえを嫁にと望んでおられるのだよ」

「さんざん好き放題してきて、玉の輿まで用意されているなんて。おまえは、なんと幸運な娘なんでしょう」

「この進藤の家が、恐れ多くも皇室と縁続きになろうとは。こんないい縁談は、おまえの姉たちのところにも来なかったというのに」

「爆竹の点火など使用人にまかせて、おまえは琴の練習でもしていらっしゃいな。詩の暗誦も、まだやっと及第点といったところなのですからね」

 新年のお祝いが済んだら、すぐに結納だ……という言葉を残し、両親は祝儀を配る段取りの最終確認に戻っていった。








 ヒカルは、祝儀の入ったカゴを投げ出し、自室へと走った。

 そのあとを、あかりがあわてて追いかける。

 部屋の大きな扉をぴっちりとしめると、あかりは、ヒカルに駆け寄った。

「お嬢さま、どうしましょう」

 声をひそめてはいるものの、切羽詰った勢いで、ヒカルに訴えかける。

「どうしましょうも何も……。どうしようもねえだろ」

 ヒカルは、どかりと椅子に背を預けた。

「相手は将軍の息子だぜ。断れるわけがないじゃんか」

 座間家は、体面や格式を重んずる家柄である。

 裕福とはいえ一介の商家に過ぎない進藤家が縁談を断ったりしたら、天元堂はもう上虞の街で商いを続けることはできないだろう。

 他家に嫁いだヒカルの姉たちも、皇族に無礼をはたらいた娘の姉だと後ろ指をさされ、肩身の狭い思いをするに違いない。

 そして、ヒカル自身は、親の決めた縁談に従わずに他の男を選んだ、当代一の親不孝と嘲られることになるだろう。

 アキラもまた、不義不忠の徒と侮蔑され、棋士への道を閉ざされてしまう。

「……しかたねえんだよ」

 新年に向けて誂えた刺繍の靴を脱ぎ、壁に向かって投げつけながら、ヒカルは吐き出すようにつぶやいた。

「アキラさまにご相談なさってはいかがでしょうか」

「ダメだ!」

 ヒカルは、あかりの提案をすぐさま拒絶した。

「科挙の上級試験まで、あと2週間もないんだ。こんなことで、あいつを煩わせるわけにはいかねえ」

「こんなこと…って……縁談ですのよ!? 一生の問題ではありませんか! ヒカルお嬢さまにとっても、アキラさまにとっても、何よりも優先すべき大事なことではありませんか!」

 珍しく激昂したあかりの物言いに、ヒカルは少し驚いたが、それでも首を横に振り続けた。

「ダメだって言ったらダメだ! 絶対に、あいつの邪魔をするな! 勝手に知らせに行ったりしたら、乳姉妹の縁を切るからな!」

 ヒカルは椅子から立ちあがると、寝台に向かった。

 仕切りの簾子を引いて寝台にこもり、あかりさえもそばに寄せつけない。



 やがて、部屋の外からあかりを呼ぶ声がして、あかりは手伝いのために、部屋を出ていった。








 祝儀が振舞われ、爆竹が鳴っても、天元堂にやってきた人々は帰ろうとしない。

 今年は小姐のカウントダウンはないのかと、不満気な表情を浮かべている。

 そんななか、使用人のひとりが人垣に駆け寄った。

 得意気な顔をして、「お輿入れが決まったので、慎ましく過ごしていらっしゃるのだ」と、説明してまわる。

 それを聞いた人々が、店主に祝いの言葉をかけると、店主は気をよくして、さらに祝儀を振る舞い始めるのだった。



 にわかに喜びの色に染まった店先で、祝儀の入った籠を持って立っていたあかりは、その若者を憎々しげに睨みつけた。

 つい最近、勤め始めたばかりの掃除夫ふぜいが、功を焦って余計なことを……。

 籠の柄を握り潰さんばかりに力を込め、「真柴のヤツ……あの腐れ外道が……」と、ヒカルでさえも使わないような汚い言葉で罵ったのだった。




あかりちゃん、華麗なる転身。←違

四世紀ごろ、爆竹を鳴らして新年を祝ったという史実はありません(汗)。

もちろん、カウントダウンも。

楽しげなヒカルちゃんを、まっさかさまに突き落とすための演出です。

真の敵は、真柴くんでした(笑)。

彼は、このあとも、大活躍してくれることでしょう。

それから、ちょっと真面目な話。

職業に貴賎はありません。

身分にも上下はありません。

尊姉賢妹におかれましては、誤解のなきよう願います。





このページの画像は「紫鳳堂」さまから拝借したものです