第十四話 告白
| じゃら ぱち じゃらり ぱちり 「……なんにも言わないんだな」 石音にまぎれるように、ヒカルはそっとつぶやいた。 「……手談だからね」 からん…… アキラは、後手ではあるが、左下隅のカミトリの大きさに満足して、碁笥の蓋に石を落とした。 「答えになってねえよ」 ぷいっとむくれながらも、ヒカルは、先手でまわったきた小ヨセに集中していった。 感動の再会は、饅頭の餡まみれになったヒカルの着替えによって、しばし中断された。 あかりに着せられた、やわらかな青磁色の衣装をまとって、再びアキラの前に姿を見せたヒカルの可憐さに、アキラは目を奪われた。 言葉を発することもできず、ただ、ぼーっとヒカルを見つめるばかり。 初めて、本来の姿をアキラに見せたヒカルも、嬉しいような恥ずかしいような思いでいっぱいになり、「ほら、一局打つぞ」と言うのが精一杯だった。 客人であるアキラに上座を譲るのは当然のこと。 だが、アキラは下座の椅子の横に立ったまま、ヒカルが上座に座るのを待つ。 ヒカルを女性として扱ったのだ。 それでも、ひとたび対局が始まってしまえば、そこには男も女もなかった。 ただの塔矢アキラと、ただの進藤ヒカル。 ふたりの対局者が、盤を挟んでいるだけ。 答えになってねえよ…… そう言いながらも、ヒカルは、アキラが自分のすべてを受け入れてくれたことに気づいていた。 「3目半たりねえか……。ああ、もう。悔しいなあ」 「ありがとうございました」 「……ありがとうございましたっ!」 終局にあわせて、あかりがお茶のおかわりを持ってきた。 碁盤を少し端に寄せて、円卓の中央に茶器を置くと、あかりは気を利かせたのか、そのまま部屋を出ていった。 「進藤」 あかりのくれた千載一遇の好機を、アキラは見逃さなかった。 ヒカルのもとへと歩み寄り、椅子に座るヒカルの前に跪く。 「塔矢!? 何やってんだよ!」 ヒカルはあわてて立ちあがり、アキラの両手を取って立たせた。 「進藤」 両手を握りあった状態で、アキラは、もう一度ヒカルに呼びかけた。 「ボクは、キミが好きだ」 「い、いきなり何言って……」 「いきなりなんかじゃない。キミのことを男だと思ってた時から……ずっと……ずっと、キミが好きだった」 アキラは、片方の手を自分の懐に入れ、翡翠の珮を取り出した。 「キミが、どんな思いでボクを送り出してくれたか……キミが、どんな思いで鶴聖塾を去ったか……どんな言葉を以ってしても、語り尽くせはしないだろう。だけど……」 ヒカルの右手に珮を乗せて、そっと握らせた。 「……だけど、今日の碁が、何よりも雄弁に語っていた。優しさも愛らしさも、悔しさも寂しさも……キミは、すべてをそのうちに包み込み、石の流れに昇華させる。キミは見事な女性だ。ボクは、そんなキミが……いとしくてたまらない」 アキラは、ヒカルの指に口づけを落とした。 震える指から身体を起こし、アキラはヒカルに向き直った。 アキラの誠実な告白に、ヒカルの瞳には大粒の涙が浮かんでいた。 微笑みを形作っていた唇が、ヒカルの想いを乗せて動く。 「オレも……オレも、おまえが好き。すっげえ好き。大好き!」 「進藤!」 アキラは感極まって、ヒカルをきつく抱きしめた。 「へへへ。これ、オレがずっと求めてた『ぎゅう〜ってヤツ』だ」 泣き笑いでつぶやいた言葉に、アキラは「え?」と、聞き返した。 「なんでもねえよ」 ヒカルは照れくさそうにそう言って、アキラの背中に、おずおずと手をまわした。 そして、ふたりは初めての口づけをかわしたのだった。 「棋士登用試験に合格したら、キミとの結婚を申し込みに来るよ」 「……おう」 甘い雰囲気が漂ったのは、ほんのつかのま。 恥ずかしさからか、ヒカルは赤い顔をして、口を真一文字に結び、アキラを睨みつけていた。 「手紙を書くよ」 「……オレも」 「これから寒くなるけど、身体に気をつけるんだよ」 「……おまえこそ」 「それじゃあ、ボクはもう行くよ」 ぶっきらぼうに答えるヒカルに、アキラは、にっこりと微笑んだ。 中庭に控えていたあかりに先導されて、アキラは先ほど通ってきた廊下を戻り始めた。 バタン 大きな物音にアキラが振り向くと、扉の前で、ヒカルが仁王立ちしているのが目に入った。 「進藤?」 「待ってるから! オレも手紙書くから! 元気でがんばれよ! 上級試験も、棋士登用試験も、おまえなら一発合格間違いなしだ! オレが保証する!」 「ははは。キミにそう言われると、本当に大丈夫な気がするよ」 アキラは満面の笑みをヒカルに向け、もう振り向くことなく廊下を歩いていった。 1月には上級試験。 3月には棋士登用試験。 離れて過ごすのは、ほんのわずかな時間。 春になれば、きっと幸せが待っている。 一度の挑戦で合格できる確率は、限りなくゼロに近いが、それでも、ふたりの心は希望に満ちあふれていた。 |
告白編ですv
こういうシーンを書くのって、こっぱずかしいもんですなあ(照)。
せっかく両思いになったのに、気の毒にも遠距離恋愛。
次回、急展開の予定。乞う、ご期待!←そんなにあおって大丈夫か?
お戻りの際は窓を閉じてください
このページの画像は「灰の虹」さまから拝借したものです