100のお題番外編
『緒方さんの個人授業(後)』

    *時期は「015.振り子」の直前です。
    *「001」〜「014」の設定が生きていますので、先にそちらを読んでくださいませ。←宣伝


  よいこのみなさんへ
      せいしょくきのこうぞうや、じゅせいのしくみについて、ただしくりかいしていますか?
      このおはなしで、それをまなぶことはできません。
      ただしいちしきをみにつけてから、このおはなしをよんでください。
      あたらしいせいめいのたんじょうを、けっしてかろんずることのないように、ねがいます。

お戻りの際は窓を閉じてください





緒方さんの個人授業(後)   
     ○月×日  日直 とうやあきら
                                            しんどうひかる





「よし、いいだろう」

 緒方は覚悟を決めると、ひらきなおったように再び紫煙をくゆらせた。

「アキラくん。キミの身体のなかで、一番大事なところはどこだ?」

 突然の質問に、アキラは首をひねった。

 何かの謎かけかとも思ったが、緒方の目は笑っていない。

 しばしの逡巡ののち、アキラはいくつかの答えを出した。

「心臓…でしょうか。あるいは脳とか。それとも、石を持つ右手?」

「おいおい。話題から察してくれよ」

 緒方は「やれやれ」と一息つくと、おもむろに煙草の先で、アキラのベルトの下あたりを差し示した。

「え…。ここ…ですか…?」

 アキラは恥ずかしそうにうつむいた。

 いや、単に、緒方の指し示す先に、目をやっただけかもしれない。

「そうだ。キミが失禁だと思っていたものは、正しくは夢精という現象だ」

「ムセイ…」

「正常な男なら、誰でも経験することだ。安心していい」

 非の打ち所のない性教育が展開されているのが意外ではあるが、緒方は茶化すことなく、生殖器のしくみについてを、アキラに教え説いた。

 いわく陰茎の形状変化。

 いわく不要な精子の排泄。

 陰茎内を尿道以外の管が通っているなど、アキラにとっては、まさに晴天の霹靂だった。

 ただし、あいかわらず、性行為を頭皮からの分泌物によるものだと信じているアキラにとっては、精子そのものが不可解な存在であるのだが。



「それじゃあ…、尿を排泄するように、その精子というものも、定期的に排泄する必要があるということですね?」

「その通りだ」

 前回とは違い、アキラを正しく導くことができたことに、緒方は心から自分を誉め称えた。

「でも、緒方さん。排泄とはいっても、尿意のように感じることがないのでは、いつトイレに行けばいいのかわからないじゃないですか」

 アキラはまだ、トイレに行きさえすれば、自然に精子が排泄できるものだと思っているようだ。

 緒方は答えに詰まった。

(アキラくんには、まだ「溜まってるな」とか「そろそろ抜いておくか」とか、そういう感覚がわからないのだろう。……やれやれ、どうしたものか…)

 だが、そこで緒方は、今回のレクチャーの主旨を思い出した。

 アキラが泊りがけのイベントを嫌がったり、本院以外での手合いを棄権してしまったりするのを避けることが、一番のポイントだ。

 塔矢アキラが碁界を去るようなことになりさえしなければ、講義の内容に多少語弊があっても許されるのではないか。

 つまり、夢精する前に出せと説けばいいわけだ。

 緒方は、そう自分に言い聞かせて、レクチャーを再開した。



「トイレでなくとも構わんさ。むしろ、アキラくんの部屋のほうがいいかもしれん。慣れないうちは、ある程度のスペースが必要だからな」

「自分の部屋…ですか? それに、スペースって…」

「トイレでじっとしていても、精子は排泄されない。刺激を加えて、出してやる必要があるのさ。精子を外に出すことを射精と言うんだ」

「シャセイ…。牛の乳しぼりみたいな感じですか?」

「……まあ、間違いではないな」

 緒方は、牛の乳をしぼるような手つきで抜けるだろうか…と、心配したものの、本質的には間違っていないと肯定した。

「外部からの刺激…まあ、摩擦がもっとも適しているわけだが、その刺激があって初めて、射精が起きる。頻度としては…そうだな、2日に1度くらいでいいだろう」

 緒方は、夢精を避けるという最大の目的のため、頻度をやや高めに設定した。

「そうだったんですか…。2日に1度、刺激を与えてシャセイさせる必要があったんですね。ボクの場合、それを知らずに怠っていたから、寝ているあいだに出てきてしまったと…。そういうことなんですね?」

 見事に理解してくれたアキラに、緒方は我知らず拍手を送った。



「その通りだよ、アキラくん」

「緒方さんのおかげで、この愛の試練を乗り越えられそうです」

「そうか。それはよかった」

「ええ。そこで、お願いなんですが」

 緒方の背筋を、ぞわりと悪寒が通っていった。

「刺激を与えてからシャセイが起きるまでの過程を、実際に見てみたいのです。緒方さん、お手本を示していただけないでしょうか」

(なんだとおおぉぉぉっ!?)

 そのとき、ふと思いついて、アキラはさらに別の提案をした。

「あ。それよりも、ボクが試しにやってみますから、どこか間違っていないか、見ていていただけませんか?」

 いずれも劣らぬ奇怪な依頼に、緒方は2〜3回深呼吸をしてから口をひらいた。

「……………。……アキラくん」

「はい」

「この行為は、非常にプライベートな側面をもっている。決して人前で行ってはいけないんだ」

「そうなんですか?」

「道端で、壁に向かって立ちシ○ンすることが、公衆衛生上よろしくないのと同様に、この行為もまた、公衆道徳を慮る必要がある。このことは、よく理解しておいてくれ」

「はあ…」

 よく理解できていないようすのアキラに、緒方は念を押した。

「いいか。間違っても、外出先のトイレ…個室でない小便器なんかで、絶対に抜いたりするなよ」

「え、いけないんですか? ……あ、そうか。プライベートなことだって、さっき、緒方さんが言ってたっけ」

(釘をさしておいて正解だったな)

 緒方は、やれやれと息をついた。

「まあ、最初からすぐにイケるとは限らんが…。そのうちにコツがわかってくるだろう」

 抜くだのイクだの、不思議なニュアンスの日本語に首を傾げつつも、アキラは「家に帰って練習します」と立ち上がった。






 塔矢家の玄関先までアキラを送り届けた緒方は、もうひとつ忘れていたアドバイスがあったことを思い出した。

 愛車の窓をあけ、「アキラくん」と、手招きをする。

 何事かと近づいたアキラの耳元に、そっと告げる。

「進藤の写真をおかずにしてみろ」

「え? それはどういう…」

 アキラが意味を理解できないうちに、緒方は「くっくっく…」というシニカルな笑い声を残して去っていった。






 その日の夜。

   アキラは ひっさつわざ「じいこうい」を しゅうとくした!

   けいけんちが 340 あがった!


 牛の乳しぼりに近い、拙い手つきではあったが、これでもう夢精に悩まされることはなくなるわけだ。

 ただし。

 緒方からの「2日に1度」というレクチャーを鵜呑みにして、律儀にそれを守ったがために、のちに夫婦生活に支障をきたすことになるのだが、これはまた別の話である。





 それからしばらくたったある日のこと。

 一時帰国した両親と、久しぶりに食卓を囲んだアキラは、ヒカルの写真を茶碗のそばに置いた。

 少し変わったデザインのセーラー服を着た、中学生時代の貴重なワンショット。

 卒業を控えた頃、碁会所で打っているときに、トイレに行くふりをして、柱の陰から隠し撮りしたものだ。


「あら、アキラさん。それは確か…進藤ヒカルさん…でしたわよね?」

 明子は、夫の見舞いに駆けつけてくれたヒカルに、好印象をもっていた。

「かわいく撮れてるじゃない。ほら、あなた。ご覧になって」

 明子に言われて、行洋も「ほう。こうして見ると、進藤くんも女の子だな」と、目を細める。

 両親にヒカルを誉められて、アキラは有頂天だ。

 だが、大事な写真を汚されてはかなわない。

「進藤がかわいいのは、今に始まったことではないでしょう。さあ、早く写真を返してください」

 ヒカルの写真を取り返すと、アキラはそれを食卓に置いた。

 じーっと眺めてはご飯を口に運ぶ…という動作をくり返す。



「アキラさん。それは、なんのおまじない?」

 怪訝に思った明子が問いかける。

「緒方さんに教わったんです。進藤の写真をおかずにしろ…って」

「まあ。不思議なお話ですこと」

「ええ。写真を食べるわけにはいかないし、ボクも最初はどういう意味か、わかりかねていました。でも、ほら。進藤の写真を見ていると、ご飯がすすむんですよ」

 アキラはそう言うと、白いご飯を口に運び、もぐもぐと満足そうに咀嚼した。

「お母さんもやってみたらどうです?」

 アキラに言われて、明子も写真を見ながら箸を運ぶ。

「あら、ほんと。おいしいわ。梅干を見るのと、おなじような効果があるのね」

 にっこりと笑う明子に、アキラはうれしそうにうなづいた。

「なるほど…。さすが、お母さん。うまいこと言うなあ」



 アキラと明子が、大発見に興じているなか。

   ころり☆

 行洋が、箸を取り落とした。

 いくら硬派なイメージをもつ塔矢行洋とはいえ、夫婦生活の賜物としてアキラを授かったことは事実。

 何十年も昔の話だが、内弟子時代には、兄弟弟子たちから猥談を吹き込まれたこともあった。

 ゆえに。

 緒方の言葉の意味を、行洋は正しく理解していたのだ。

 自分の息子が緒方に教えを乞うた結果、「梅干効果で、ご飯がすすむ」というバカげた知識の他に、実は必殺技も習得しており、すでに大人の世界に足を踏み入れつつあるという事実を、行洋はまだ知らない。



 それでも、息子の恋の相手を、明子に先んじて知ったことに気をよくした行洋は、いたく満悦の表情でお茶をすすったのであった。



       




今回の緒方さんは、頼りになるアニキ風味。←え?

緒方さんのお手本や、アキラさんの練習風景を期待なさった方々、ごめんなさいね〜(苦笑)。

「塔矢アキラ・必殺技習得への道」なんていうタイトルで、アダルトちっくな作品を書いてくださる方、いらっしゃいませんか? ぜひ、読んでみたいなあ。

アキラが「ピーーーー」を習得してくれたので、やっと、本編が進められます。

ヒカルを見かけるたびに、アキラが前かがみになってたんじゃ、ちっとも話が進まないものですから(笑)。





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2005年4月1日