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衆目監視のなかで告白して、ヒカルに逃げ出されたものの、アキラは、なんとかヒカルと婚約することに成功した。
ヒカルもアキラのことを憎からず想っていたのだから、当然の成り行きともいえよう。
ヒカルは、アキラの侍女と、次期社長の婚約者と、明子の囲碁指南役を兼務して、慌しいながらも充実した日々を送っていた。
朝の報告会に出席し、昼間は明子に碁を教え、アキラのために秘密のお茶を淹れ、夕方から夜にかけてはアキラと対局する。
明子も含めて3人で盤を囲むことも少なくない。
ヒカルと対局する順番をめぐって、アキラと明子が言い争いをすることも、日常茶飯事と化しつつあった。
そんなある日のこと。
「今日こそは、ボクが先に進藤と対局しますからね!」
「まあ、アキラさんったら。親を敬うということを知らないのかしら」
「それとこれとは話が別です。お母さんは、ボクと進藤のラブラブ対局を邪魔するつもりですか」
「ラブラブもいいですけれど、嫁と姑がなかよくすることも大切ではありませんこと?」
言い争うアキラと明子のようすを、ヒカルは、いつものことだと苦笑いしながら見守っていたが、明子が見慣れぬ首飾りをしていることに気がついた。
「なあ奥様、それって」
「いやですわ、ヒカルさん。奥様だなんて。お義母さん……いいえ、お母さんって呼んでちょうだいな」
「…………お母さん……///」
生まれて初めて口にする呼称に、照れくささと恥ずかしさと嬉しさがこみあげる。
「なぁに?」
明子は、にっこりと微笑みながら応える。
「えーっとさ。その首飾り、もしかして、碁石なんじゃないかと思って」
ヒカルの指摘に、明子は嬉しそうに手を叩いた。
「あら、わかった? さすが女の子ね。アキラさんも店の者も、ちっとも気づいてくれなかったのよ」
× 女の子だから装飾品に興味を持った。
○ ヒカルだから碁石に興味を持った。
まあ、それはさておき。
「これはね、禁棋令を廃止した日、ヒカルさんがわたくしの手に乗せてくれた碁石なの。記念に、首飾りを作らせてみたのよ」
明子は首飾りをはずして、ヒカルに手渡した。
淡色の小さな玻璃珠を糸でつないだ緻密な細工。
そのなかに白い碁石が入っている。
無数の玻璃珠で碁石を包み込むようなデザインだ。
首からさげる長い鎖にも玻璃珠が用いられており、燭台の明かりを受けて、きらきらと煌いている。
「うっわ。こまけぇ……」
ヒカルは、目を凝らすようにしてそれを見つめた。
「うふふ。黒もあるのよ」
明子は、懐からもう一連の首飾りを取り出す。
白い碁石の首飾りには、優しい色合いの玻璃珠が使われていたが、こちらは落ち着いた色で統一されていて、なんともいえない気品がある。
「………………」
アキラは黙って、ふたつの首飾りを見つめていた。
「まあ、アキラさんったら。商品化するおつもりね。うちは絹織物店ですよ」
ようやく若旦那としての自覚が出てきたようね、と、明子は笑うが、アキラはそんなつもりで見ていたわけではない。
(進藤とお揃いで作れないだろうか。進藤が白で、ボクが黒かな。帯につける珮でもいいし、銭包の飾りにしてもいい。ああ、進藤とお揃い……お揃い……vvv)
アキラが妄想にふけっている隙に、明子は、まんまとヒカルと対局を始めたのだった。
それからしばらくして。
アキラは、ヒカルに贈り物をした。
「進藤。これ、キミにあげるよ」
「なになに。なんだかわかんないけど、くれるっていうなら何でももらうぜ♪」
赤い包み紙をひらくと、白い碁石をくるんだ玻璃珠の珮が出てきた。
「へえ。こないだのアレじゃんか。商品化するのか? これは、試作品かなんか?」
ヒカルは、まるでプレゼン前の最終チェックを頼まれたかのように、それをじっくりと検分した。
内部におさめられた碁石の白い色がレフ板の役目を果たし、金や黄色や橙色を中心とした玻璃珠の華やかな色を引き立てている。
短めの紐もついていて、どこかに吊るすのにちょうどいい。
女性への贈り物に、喜ばれそうな品物だ。
ヒカルは、「いいんじゃね? けっこう売れると思うぜ」と、太鼓判を押した。
だが、アキラは、ぶんぶんと頭を振った。
「違うよ。これは、キミのために作らせた特注品なんだ」
都のはずれの小汚い賃貸工房に住む、容貌と性格にやや難のある中年女性職人に大金を握らせ、特別に作らせたものだという。
「気に入ってくれると嬉しいんだけど……///」
アキラからの初めての贈り物だ、気に入らないはずがない。
「おう……サンキュ///」
もじもじ。
互いに顔を赤らめて、俯きがちに言葉をかわす。
そんな初々しい恋人たちのようすをうかがおうと、物陰で聞き耳をたてている者があった。
明子である。
「あらあら、アキラさんったら。わたくしのアイデアを横取りして……」
そうは言ってみたものの、猿真似をしてまでもヒカルの気を引きたがる息子の必死さに、9割の同情と1割の微笑ましさを感じ、黙って成り行きを見守ることにしたのだった。
部屋に戻ったヒカルは、あかりと明日美に、この贈り物の話をした。
「……というわけで、コレをもらったのはいいんだけど、何に使うもんなのか、さっぱりわかんねえんだよ」
あかりと明日美は、碁石の入った玻璃珠を、じーっと観察した。
碁石と玻璃珠のコラボレーションなど、初めて見るものだ。
「奥様……じゃなかった、お母さんは首飾りにしてたけど、あれはもっとこう……透明に近い色で、すっきりした感じだった」
明子の首飾りとは違い、これは色が奇抜すぎて、身につけるものだとは思えない。
ふたりは、服飾品ではなく、部屋の飾りだと見当をつけた。
「珮だとは思うんだけど……どこに飾るのかしら。部屋の扉につけるのは赤か金だから違うし」
「色から察するに、風水と関係あると思うのよね」
「「風水?」」
明日美の意見に、ヒカルとあかりは、なるほどと頷いた。
「この珮に使われている色は、黄色と橙色と茶色。どれも、南西に置くと縁起がいいって言われてるわ」
一部に、金色の金具が使われているが、金も、方角としては西がいいと言われている。
「だから、南西の方角に飾ればいいんじゃないかしら」
明日美の講釈を、ふたりは、ふむふむと興味深そうに聞いている。
「この部屋で南西っていったら……トイレか」
ヒカルは、太陽の位置から方角を同定した。
「それだわ!」
明日美は心得顔で叫んだ。
「南西の方角は、裏鬼門。この方角にトイレがあるのは、よくないって言われてるのよ」
「そうね。わたしも聞いたことがあるわ。北東の鬼門に向いた玄関はよくないとか、裏鬼門の水まわりはよくないとか……」
あかりも、聞きかじりの知識を挙げていく。
「トイレが裏鬼門にあるから、その対策として、この珮を飾れっていうことだな。なるほど……塔矢のヤツ、気が利くじゃんか♪」
ヒカルは、さっそくトイレに向かい、壁に珮を飾った。
「うん! なんだか、運勢がよくなったような気がしてきたぜ」
「そんなに急に変わるものでもないと思うけど……確かに、殺風景なトイレが明るくなったわね」
「黄色は金運、橙色は対人運。お金持ちになって、人気者になれれば、いうことなしね」
3人は、満足気に笑った。
一方、アキラは、ヒカルと色違いの黒い碁石を使った珮を帯につけていた。
「進藤には、黄色とか橙色とか、明るい色が似合うと思うんだ」
アキラは、腰につけた珮を手に取って眺めながら、ヒカルが色違いのそれを身につけているところを想像した。
「進藤とお揃い、進藤とお揃い、進藤とお揃い……vvv」
ヒカルのイメージカラーで作らせた特注品が、まさかトイレの壁を飾っていようとは、思いもよらないアキラだった。
後日。
ヒカルに珮の在り処を聞いた明子は、笑いをこらえるのに苦労したという。
そして、このことは自分の胸ひとつにとどめ、アキラには内緒にしておくことにしたのだった。
おしまい
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