如果天空要下雨   第四話



 

 
「おまえ……禁棋令を破りやがったな!」

「うわっ! 何すんだよ! 放せ!」

 ヒカルは、手足をバタつかせて、自分を戒める腕から逃れようとしたが、立っている真柴と、座っているヒカルとでは、力の差がありすぎる。

 地面に座り込んでいた状態のまま、ヒカルは、ずるずると引きずられてしまった。

 お仕着せ服の襟が、首にかかって息が詰まりそうになる。

 ぬかるんだ地面を引きずられて、手足は泥だらけだ。

 裏庭まで引っぱり出されたところで、ヒカルは、真柴の指に噛みついた。

「痛ぇっ! 何しやがる、このクソガキ!」

 真柴は、ヒカルの頬を、思いきり叩いた。

   バシャン

 ヒカルは、水たまりのうえに倒れ込んでしまった。

「禁棋令を破ったうえに、新入りの分際で、先輩に逆らうとは、いい度胸だ! 覚悟しろ!」

 真柴は、ヒカルの胸倉をつかむと、今度は拳でヒカルの頬を打った。

 目から火花が飛び散るような感覚に遅れて、じんじんと痛みが襲ってくる。

 ヒカルは、顔をかばおうと手をのばすが、その前に、再び殴られてしまう。



 騒ぎを聞きつけた使用人たちが、駆けつけてきた。

 乱暴者の真柴は、使用人のあいだでも、あまり評判がよくない。

 その真柴が、新入りの水汲み娘を一方的に殴り飛ばしているのを見て、使用人たちはヒカルに同情した。

 だが、彼らは、とばっちりを恐れて、遠巻きに見ているしかない。

 そのとき。

 回廊を渡ってきたふたつの人影が、中庭にさしかかった。

 肩の長さで揃えられた髪型は共通しているが、片方は男性、もう片方は女性だ。

 男性がほっそりとした体型なのに比べて、女性は、かなりしっかりとした体格の持ち主のようである。

 ふたりは回廊の途中で足をとめ、中庭へと視線を向けた。

「あれは、確か……水汲み係の進藤ヒカル……?」

「ええ、そうです。掃除夫の真柴が、なにやら一方的に暴力を振るっているように見えますね」

 ふたりは、「これは見過ごせない」と、中庭の敷石へと急いで足をかけた。









「何をしている!」

 人垣の後ろから、鋭い声が飛んだ。

 敷石に靴音を高く響かせて、ヒカルたちの方へと近づいてくる。

「「わ、若旦那さま……」」

 使用人たちが頭をさげて場所を譲ると、声の主……アキラは、さらに歩を進めた。

「いったい何を……あっ!」

 ひらけた視界に飛び込んできたのは、泥だらけのヒカルと、その服をつかんで、今まさに殴りかかろうとしている真柴だった。

 遠目にはわからなかったが、ヒカルは、頭のてっぺんから足の先まで泥だらけで、すでに何度も殴られたのだろう、顔が赤紫色に腫れあがっている。

 あまりにも痛々しい姿に、長く仕えている真柴よりも、新入りのヒカルに同情が湧く。

「どういうことだ、真柴! 説明しろ!」

 アキラの怒号にも似た声に、真柴は、ヒカルから手を離しながらも、自分が叱責を受けるのは不当だとばかりに言い放った。

「この小娘が、お屋敷のしきたりを守らなかったので、叱っていただけです」

「だからと言って、年端もいかない娘を相手に、このような暴力を振るわなくともよいだろう」

 真柴の言い分を取り合わず、アキラは、さらに言い募った。

「年端もいかないどころか、こいつはもう18歳です! 言っても聞かない強情な娘には、仕置きが必要でしょう」

 憮然とした真柴の言葉に、アキラが「……18歳? 本当に?」と、ヒカルを振り返ると、顔についた泥を手で拭っている姿が目に入った。

 泥だらけの手では、なんの効果もない。

 それどころか、顔中に汚れを広げる結果となってしまった。

 ただでさえ子供と思われがちなヒカルだが、ボロ布のようにみすぼらしい今の状態は、それに拍車をかけているようだ。

 アキラの無遠慮な視線に、ヒカルは文句を言いたい気分になったが、せっかく現れた救世主を無碍にはできないと、口をつぐんだまま下を向いた。



「問題は、そこではないでしょう、若旦那さま」

 アキラの後ろに控えていた女性が、静かに口をひらいた。

「金子さん」

「いつまでも、こんなところで雨に濡れていては、風邪を引きます。それに、この娘も、早く着替えさせてやらなければ」

 僭越ながらと、物静かに言うが、ずずいと身を乗り出す仕草には、圧倒的な存在感がある。

 今まで、気配を感じさせなかったのが、不思議なくらいだ。

 髪型こそアキラとおなじだが、体型の違いか、どっしりと構えた態度には、どことなく風格さえ漂っている。

 アキラは金子の意見を聞き入れ、その場にいた者たちに散会を命じた。

 真柴には、「もう、このくらいにしておけ」と。

 ヒカルには、「部屋へ戻って着替えなさい」と。

 野次馬のような使用人たちには、「仕事に戻りなさい」と。

 ところが。

「こいつは禁棋令を破ったんです! 無罪放免でいいんですか!?」

 勘弁ならないとばかりに、真柴が叫んだ。

 途端に、使用人たちのあいだに、戦慄が走る。

 九星堂では、囲碁は禁忌。

 禁棋令を破ったことを雇用主に知られれば、間違いなく解雇だろう。

 給金も労働環境も、九星堂以上のところは、そうそうない。

 勤め始めてほんの一ヶ月で、ここを辞めなくてはならないヒカルの不幸に、彼らは大いに同情した。

「なんだって? 禁棋令を……?」

 アキラは、ヒカルをじっと見つめた。

 ヒカルは、「あーあ。バレちまった。これでクビ確定だな」と、小さくつぶやくと、アキラに向かって、ぺこりと頭をさげた。

「短い間だったけど、お世話になりました」

 ヒカルは、泥だらけの服の着崩れを直し、自分の部屋へと足を向けた。

「待ちなさい!」

 ヒカルが二、三歩歩いたところで、アキラが叫んだ。

「?」

 ヒカルは、足をとめて、訝しそうに振り返った。

 使用人たちも、何事かと、アキラに注目する。

 ヒカルが囲碁を嗜むと知って、囲碁愛好家の血が騒ぎ、思わず声をかけてしまったアキラだったが、その後のことは、まったく考えていなかった。

「え…っと、その……」

 言い淀むアキラにかわって、金子が、ずずいと再び身を乗り出した。

「禁棋令を破ったとあっては、捨て置けません。若旦那さま直々に、お咎めがあるものと覚悟しなさい。さあ、ついていらっしゃい」

 無表情なまま、厳かな口調で言うと、金子はくるりと向きを変え、ヒカルを先導して歩き始めた。


 



 ようやく、ヒカちゃんとアキラさんが出会いました。

 金子さん、主役級の活躍ですね。

 真柴くんは、やっぱりこんな感じです。

 ちびっこいヒカちゃんは、コミックス第1巻のイメージでお願いします。

 小さな身体で、大きな水甕を運ぶ姿が書きたかったもんで……(苦笑)。

 同い年なのに、大人体型でスリムなアキラさんと、幼児体型のヒカちゃん。

 妄想万歳♪
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 逝ってこい←古っ!←でもやってみたかったのよ





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