2005年 両親来襲対策謝恩企画

  母親節 (注:おがたんは人間です)←そんな注があるかよ

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 ヒカルちゃんは、お道具箱をかかえて、待ち合わせ場所の公園へと走っていました。

    がちゃがちゃがちゃ☆

 ヒカルちゃんの足音にあわせて、箱のなかで、ハサミやノリやクレヨンが、大きな音をたてます。

 いつもは幼稚園に置いたままのお道具箱ですが、ヒカルちゃんは、今日のために、おうちに持ち帰っていました。

 そう。

 今日は母の日。

 お母さんにプレゼントするカーネーションの絵を描くために、幼稚園の先生に頼んで、お道具箱を持って帰ることを許してもらったのです。

 これは、大好きなお友達のアキラくんにも内緒です。

 公園で会ったときに、この計画を打ち明けて、アキラくんを驚かせるのも、ヒカルちゃんの計画に入っているのですから。



 アキラくんと待ち合わせている公園まで、あとちょっと…というところで、ヒカルちゃんは転んでしまいました。

「ううう、いたいよおぉ…。……あっ! おどうぐばこ!」

 膝小僧からちょっぴり血が出ていましたが、泣いている場合ではありません。

 ヒカルちゃんは、きょろきょろと辺りを見まわしました。

 すると、転んだ拍子に、お道具箱の中身が飛び出してしまったのか、クレヨンやハサミやお絵かき帳が、バラバラになって落ちていました。

「ハシャミしゃんがひとちゅ、ノリしゃんがひとちゅ…」

 ヒカルちゃんは、幼稚園で習ったお片づけの歌を歌いながら、お道具箱の中身を拾い集めました。



 年中さんになったお祝いに、お父さんが買ってくれた24色のクレヨンも、あちこちに転がってしまいました。

 折れていないか確かめながら、ヒカルちゃんは1本づつそっと拾いましたが、全部そろっているかどうかわかりません。

 ヒカルちゃんは、まだ10までしか数えられないのです。

「しょーだ! クレヨンしゃんに、おうちにおはいりしてもらえば、しょろってるか、わかるかも」

 ヒカルちゃんは、拾い集めたクレヨンを、箱のなかにしまいました。



 ところが、大変です。

 クレヨンが1本たりないのです。

「たいへんだっ! ないよ、ないよー。クレヨンしゃん、いっこたりないよー」

 ヒカルちゃんは、泣きそうな顔でクレヨンを探しはじめました。

 転んでしまった場所の近くだけでなく、少し離れたところも探してみましたが、どうしても見つかりません。

「うえええええぇぇぇん」

 ヒカルちゃんの目から、とうとう涙がこぼれてしまいました。

 それでも、公園で待っているアキラくんのことを思い出して、ヒカルちゃんは、しゃくりあげながら歩いていきました。






 大きなお道具箱をかかえて、泣きながら歩いてくるヒカルちゃんを見つけて、アキラくんはビックリ。

 公園の入り口へと、ヒカルちゃんを迎えに行きました。

「ヒカルちゃん! どうしたの!?」

 アキラくんは、やや強引にお道具箱を受け取ると、ヒカルちゃんをベンチへと誘いました。

 ひっくひっくと泣きじゃくるヒカルちゃんの背中をなでてあげながらも、アキラくんはおろおろと視線をさまよわせています。

 いつも元気なヒカルちゃんが泣いているなんて、ただごとではありません。

「ヒカルちゃん、どっか痛いの?」

 ヒカルちゃんは、ぶんぶんと首を横に振りました。

「悲しいことがあったの?」

 ヒカルちゃんは、少し考えたあとで、また首を横に振りました。

「じゃあ…何か困ってるの?」

 今度は大きくうなづくと、ヒカルちゃんはさらに大きな声で泣き出してしまいました。



 どうしたらいいかわからないアキラくんでしたが、ヒカルちゃんの足に血がにじんでいるのを見つけると、大急ぎで水飲み場へと走っていきました。

 自分の手をきれいに洗い、半ズボンのポケットからハンカチを取り出して、水にひたします。

 軽くハンカチをしぼると、アキラくんは、両手でハンカチを包んで、ヒカルちゃんのもとへと、走って戻りました。

 泣いているヒカルちゃんの前に跪き、アキラくんは、自分が触っていない面をひらいて、ヒカルちゃんの傷口にハンカチをあてました。

「……んぎゅいぃぃぃ…☆」

 傷口に水がしみて、ヒカルちゃんは、歯を食いしばって、よくわからない声を出しました。

 アキラくんの手の温度にあたためられていても、やっぱり水はしみるのです。

「痛いの痛いの、飛んでいけーっ!」

 アキラくんは、大まじめな顔で、おまじないの言葉を叫びました。

 元気に走りまわっては転んでばかりいるヒカルちゃんに、アキラくんは、もう慣れっこです。

 ところが、いつもなら、よく効くおまじないが、今日は全然役に立ちません。

 ヒカルちゃんは、泣きやんでくれないのです。



「ねえ、ヒカルちゃん。ヒカルちゃんが困っていることを、ボクに教えて」

 そうです。

 ヒカルちゃんは、痛いから泣いているのではなく、困ってしまったから泣いていたのです。

 そのことを思い出したアキラくんは、ヒカルちゃんのとなりにすわって、そーっとヒカルちゃんの手をにぎりました。

 ヒカルちゃんは、涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげると、まだ少ししゃくりあげながら、自分の計画と、さっきの大事件をアキラくんに話し始めました。

「そっか…。クレヨンが1本なくなっちゃって、それで泣いてたんだね」

 ヒカルちゃんが泣いてしまった原因がわかって、アキラくんは安心しました。

「そんなことよりも、ボクはヒカルちゃんのほうが心配だよ。傷口からバイ菌が入ったら大変だよ。早くボクの家に行って、お母さんに消毒してもらおう」

「しょんなことじゃないもん! なくなっちゃったの、赤いクレヨンしゃんなんだもん! 赤いクレヨンしゃんがなかったら、カーネーション描けないじゃんかーっ!」

 ヒカルちゃんは、そう叫ぶと、また泣き出してしまいました。



「だ、大丈夫だよ、ヒカルちゃん」

 アキラくんは、ヒカルちゃんの頭をなでてあげました。

「ごめんね。ボクが、ちゃんと言わなかったからいけないんだ。あのね、実は、ボクもお道具箱を持って帰っていたんだ」

「……え?」

「金曜日のお帰りの時、ヒカルちゃんが桜野先生にお願い事をしてたの、ボク聞いちゃったんだ。だから、ボクも桜野先生に言って、お道具箱を持って帰ってきたんだよ」



 アキラくんに計画がバレていたなんて。

 ヒカルちゃんは、ちょっと悔しくなって、口をとがらせてアキラくんをにらみつけました。

 でも、ヒカルちゃんは、もう泣いてはいません。

 ヒカルちゃんの計画を知って、アキラくんがそれに賛成してくれたのが嬉しかったのです。



「ボクのクレヨンを貸してあげるよ」

 アキラくんは、ヒカルちゃんの手を取って立たせてあげました。

 もう片方の手には、お道具箱をかかえています。

 片手で持つには、かなり大きな箱ですが、ここでへこたれるわけにはいきません。

 ヒカルちゃんは、お道具箱をかかえてヨロヨロしているアキラくんに気づきましたが、いつだったか、知らないおばさんが「見ないふりをするのも大切なことなのよ」と、井戸端会議で話していたことの意味が、なんとなくわかったような気がして、黙っていました。






 アキラくんのお母さんに、すり傷を消毒してもらってから、ヒカルちゃんは、アキラくんの部屋で、画用紙を広げました。

「はい、ヒカルちゃん。これ使って」

 アキラくんが、赤いクレヨンを差し出してくれました。

「ヒカ、あとでいい。しゃきに、はっぱ描くからへーき」

 ヒカルちゃんは、自分の緑色のクレヨンで葉っぱの部分を描きました。

 でも、画用紙のまんなかを塗りつぶしてしまったので、これでは、お花を描く場所がありません。

「あれー?」

 うまくバランスが取れないのか、何度描いても、画用紙全体が緑色になってしまいます。



 アキラくんは、ヒカルちゃんが色塗りに夢中になっている隙に、自分の赤いクレヨンを床に落としました。

 そして、拾いあげる時に、わざと半分に折りました。

「あーあ。クレヨン折れちゃった。ちょうどよかった。ヒカルちゃん、これ使って」

 器用なアキラくんが、クレヨンを落とすなんて。

 都合よく、ちょうど半分に折れるなんて。

 しかも、アキラくんの、この棒読みなセリフ。

 でも、ヒカルちゃんは、やっぱり気づかないふりをすることにしました。

「うん、ありがと」





 ふすま1枚をへだてた廊下で、アキラくんの部屋のようすをうかがっている青年がいました。

 アキラくんのお父さんに碁を教わっている緒方さんです。

 緒方さんは、ここに来る途中で、「しんどうひかる」と、お名前シールが貼ってある、赤いクレヨンを拾いました。

 緒方さんは、ヒカルちゃんが、よくアキラくんの家で遊んでいるのを知っていましたから、届けてあげるつもりだったのです。

「やれやれ。俺の出番はなさそうだな」

 緒方さんは、冗談っぽくそう言いながらも、少し残念そうな顔をすると、アキラくんのお父さんのところへと向かいました。






「できたーっ!」

「ボクもできた」

 構図も筆致も巧拙も、まるで違う2枚の絵が並んでいます。

「プレゼントしてこよー」

 ヒカルちゃんは、自分が描いた絵を持って立ちあがりました。

 アキラくんは、ヒカルちゃんはもう帰ってしまうのかと、さびしくなりました。

「はやくはやく、アキラくんもー」

 ヒカルちゃんに服をひっぱられて、アキラくんは驚きました。

「アキラくんちのおばちゃんにプレゼントしゅるんだからー。アキラくんもはやくー」

「ボクのお母さんに絵をあげてしまうの? じゃあ、ヒカルちゃんのお母さんの分は?」

 ヒカルちゃんは、床の上をゆびさして言いました。

「もういっこ描いたもん」

 そこには、抽象画のような個性的なカーネーションの絵の上に、「あかあちんあいがとつ」と、暗号のような記号が並んでいました。

 ヒカルちゃんが手に持っている絵には、「あばちゃんあいがとつ」と書いてあります。

「ヒカのおかあしゃんにあげるんだから、アキラくんのおかあしゃんにもあげるんだよー」

 ヒカルちゃんは、あたりまえのことのようにそう言うと、アキラくんの手をひっぱって、焼き菓子のいい匂いのしはじめた台所へと走っていきました。






 ちょうど一段落して、アキラくんのお父さんとお茶を飲んでいた緒方さんは、ふたりの足音を聞くと、「ちょっと失礼します」と断って、アキラくんの部屋に向かいました。

 誰もいない静かな部屋で、緒方さんは、赤いクレヨンをそっと箱に戻しておきました。



 それを見つけたヒカルちゃんが、「まほうちゅかいしゃんが来たんだ!」と、興奮しながら家中を走り回り、アキラくんがヒカルちゃんの後を追いかけながら、不審そうに視線を走らせたのは、それから17分後のことでした。



  昨年のGWに、がびの両親が来日しました。

  そのときに、桜の開花情報をお寄せくださった方への謝恩企画がコレでした。

  おがたん、最初は人間だったんだなあ。




  2005年5月6日  初出

  2006年5月27日 再掲載


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