『火鍋温柔(おなべのやさしさ)』

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  寄せ鍋
  すきやき
  湯豆腐
  しゃぶしゃぶ

  湯気をかこんで わいわいがやがや
  みんな大好き 冬の食卓



 ヒカルちゃんとアキラくんは、幼稚園の年長さんです。

 お母さん同士が、高校時代からの大親友ということもあって、家族ぐるみのおつきあいをしています。

 ヒカルちゃんのお父さんは会社員。

 アキラくんのお父さんは囲碁の棋士。

 まったく違うお仕事ですが、お父さんたちには共通の悩みがありました。

 それは、いつも忙しくて帰宅するのが遅くなってしまい、家族みんなで一緒に夜ごはんを食べることができないということです。

 そんなお父さんたちが楽しみにしているのが、『お鍋パーティー』。

 アキラくんのおうちに、ヒカルちゃんの家族がお呼ばれをして、みんなでお鍋を囲むという、冬ならではのパーティーです。

 お父さんたちは、どんなにお仕事が忙しくても、その日は早く帰ってきます。

 いつもはヒカルちゃんが眠ってしまったあとで帰ってくるお父さんや、幼稚園で一番なかよしのおともだちのアキラくんと、一緒にごはんが食べられるこのパーティーですが、実は、ヒカルちゃんは、あまり好きではありません。

 なぜなら、大きな座卓のうえに、熱くてこわいものが置かれるからです。

 カセットコンロの真っ赤な炎が目の前で揺れ、大きなお鍋がぐつぐつと煮える様子は、まだ小さいヒカルちゃんには、とても恐ろしいもののように見えるのです。

 コンロの炎が、今にも襲いかかってくるようで。

 お鍋のなかの熱い汁が跳ねて、手や顔にかかったら、火傷をしてしまいそうで。

 お鍋をかきまぜるお母さんたちが、絵本から飛び出してきた恐ろしい魔女のように見えて。

 おいしいごはんも、お父さんやアキラくんと、長い時間、一緒にいられることも、この恐怖の前には、あまり魅力的には感じられません。




 ヒカルちゃんは小さな器とお箸を持って、なるべくお鍋が見えないように、下を向いて食べていました。

 いつもにぎやかなヒカルちゃんが、静かにしているのを見て、お母さんたちは「おいしいものを食べているときだけは静かなんだから」と、見当違いなことを言って笑います。

 そして、恐怖の瞬間がやってきました。

 お母さんが、煮えたばかりのシメジと白菜を、ヒカルちゃんの手のなかの器に、放り込んだのです。

 …………ぴちゃん 

 ヒカルちゃんの手に、汁がかかりました。

 もともと器に入っていた汁が跳ねただけですから、決して火傷をするほど熱いわけではありません。

 でも、ヒカルちゃんは、びっくりして泣き出してしまいました。

「うえええぇぇ……」

「ヒカル。好き嫌いはダメよ。野菜も食べなさい」

 お母さんは、ヒカルちゃんの涙の理由を勘違いして叱ります。

 ヒカルちゃんは、ひっくひっくとしゃくりあげながらも、お母さんのわんこそばのような攻撃から逃れる方法を考えました。

 熟考すること四分二十秒。

 ヒカルちゃんは座布団から降り、座卓の端に移動して、みんなに背中を向けるようにして、身体をねじって食べるという方法を編み出しました。

 これなら、お鍋も炎も視界に入りません。

 お母さんからの奇襲も受けずに済みます。

 ヒカルちゃんは、「お行儀が悪いわよ」という声を無視して、その格好でごはんを食べることにしました。

 でも、みんなの顔は見えませんし、一緒にお話をすることもできません。まるで、ひとりで、ごはんを食べているみたいです。




 ちょっぴり寂しくなって、ヒカルちゃんが顔をあげると、アキラくんが近づいてくるのが見えました。

「ボク、ここで食べていい?」

 小さな器とお箸だけを持って、アキラくんは、ヒカルちゃんよりも、もっと座卓から離れたところに座り込みます。

「ボクとヒカルちゃんの間には、いつも碁盤がある。たまには、何も挟まずに向かいあいたいんだ」

 座卓も座布団もないところでごはんを食べるなんて、お行儀のよいことではありません。

 普段のアキラくんだったら、考えられないようなことです。

「……アキラくんが、しょこまで言うなら、ヒカ、しょうしてあげてもいいよ」

 ヒカルちゃんは座卓に背中を向けて、アキラくんと膝を突きあわせて座りなおしました。

「これなら、こわくないよね?」

 そっと囁かれたアキラくんの言葉に、ヒカルちゃんは頬をふくらませました。

「……ヒカ、べちゅに、なんにもこわくないもん」

 意地っ張りなヒカルちゃんは、しばらくたってから、小さな声で「ありがと」と、つぶやいたのでした。

                                  おしまい
 



 2006年2月のオンリーイベントの無料配布ペーパーをリサイクル。

 アキラさんのお誕生日に合わせて、ちょっと粋なちびっこアキラくんを持ち出してきました。

 冬の宴会に鍋はつきものですが、酔漢たちが汁を飛ばしまくるので、いつかひっくり返すんじゃないかとドキドキです。

 車椅子でコンロに向かっていたときに、「これはおこさま視点に近いかもしれないな」と、テキトーな想像のもとに書いたお話です。



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