オレがアイツでアイツがオレで 第2話
「どうすんだよ、塔矢!」 「しっ! 今、キミは、ボクの姿をしているんだよ」 ヒカルの姿をしたヒカルに言われ、アキラの姿をしたヒカルは、あわてて両手で口を押さえた。 きょろきょろと目だけを動かして、市河や常連客の様子を探る。 幸い、不審そうな顔をしてこちらを見ている者はいない。 身体が入れ替わってしまったことを他人に知られるのは避けたほうがいい……という共通認識のもと、ふたりは、そそくさと碁会所を出た。 この不可思議な現実について忌憚なく話し合うべく、ヒカルとアキラは、近くのファーストフード店に腰を落ち着けた。 ヒカルの前にはホットコーヒー。 アキラの前にはハンバーガー2種類とフライドポテトとコーラのLサイズ。 あくまでも傍から見れば、の話だが。 「んで? どうしてオレたちの身体が入れ替わっちまったんだ?」 サラサラした黒髪がハンバーガーと一緒に口に入ってしまうのを、煩わしそうに払いながら、ヒカルは、さっさと本題に入った。 「さっきから考えていたんだが……キミの言うとおり、やはり三コウと関係があるのかもしれない」 アキラは、コーヒーを啜りながら答えた。 「ほら、キミも知っているだろう? 本能寺の変の前夜、御前対局で三コウができたという話」 織田信長が本因坊算砂と鹿塩利玄の対局を観戦していたときに三コウができ、その翌日に本能寺の変が起こったという伝説は、あまりにも有名である。 「そんなの単なる作り話じゃねーの? あの棋譜、見たことあるけど、本因坊の碁とは思えねえ内容の碁じゃん」 「いや、だからこそだよ。本能寺の変を予言すべくして、あの三コウは起こったんだ。どんな碁打ちが打ったとしても、きっと同じ結果になったはずだ」 「おまえって、意外と迷信深いのな」 「迷信じゃない! これは事実だ!」 力説するアキラに、ヒカルは「はいはい」と、ストローをかじった。 「だったら話は簡単じゃんか。もう一度、三コウを作れば、もとに戻れるってことだろ?」 「なるほど」 「オレ、マグネット碁盤持ってきてるからさ。今から打とうぜ。ほら、そこのリュックの中」 ヒカルに言われて、アキラはリュックから碁盤を取り出した。 「とりあえず、さっきの碁を並べてみよう」 「おう」 先程の碁をふたりで並べていく。 「オレがここに打ち込んだ後が肝心だな」 「ああ。……ボクがコウに弾いて」 「オレが後手引いて」 「先手を取ったボクは、こっちをカミトリ」 「そこへアテ返す、と」 「当然トリだ。さあ、次だぞ、進藤」 「わかってるって。下からアテる……っと。よし、どうだ!」 しぃ―――― ん 「……なんにも起きないぜ?」 「そんなバカな」 稲妻も見えなければ、雷鳴も聞こえない。 漫画ならば、カラスが3羽、カーカーと鳴きながら飛んでいくところだろう。 「それなら……例の算砂の棋譜は?」 「完璧には憶えてねえよ」 「ボクのカバンの中に、ノートパソコンが入ってる」 アキラは、ヒカルの手元にあるカバンからパソコンを取り出すと、棋譜のファイルをひらいた。 「へえ……おまえ、割とすげえな」 「割と、とは心外だな」 軽口を言い合いながら、ふたりはディスプレイを確認して、本能寺の変前夜の碁を並べていった…………が。 「なんにも起きないじゃんかーっ!」 「それなら、これは?」 最近の棋戦で、三コウ無勝負になった棋譜を呼び出し、再度並べる。 それでも、結果はおなじ。 「棋譜を並べるだけじゃ、ダメなのかもしれないな」 「じゃあ、三コウができるように打ってみるか?」 ふたりは姿勢を正し、ニギリで先番を決め、挨拶を交わしてから対局を始めた。 互いに二連星からのスタート。 白の一間高ガカリに、黒は大ゲイマ受け、そして白は三々入り。 すぐにアタリの形ができる、基本中の基本定石である。 白がアタリをつげば定石通りだが、ツがずにアテ返す。 これで、白の無条件活きはなくなるが、黒も手抜きで、別の盤端で三々に入る。 これを繰り返せば、交互に取り番となるコウが、3箇所にできあがるというわけだ。 「最短コースか。みっともないな」 「カタイこと言うなって。それに、ホントの最短なら、キリチガイ3箇所で十分だろ?」 「たしかに」 一応、星の定石らしきものを打っているのは事実である。 三々入り後の悪手が痛々しいが、少なくとも、碁のカタチになっているのは、さすがにプロ意識といったところだろうか。 しかし。 「やっぱり、なんにも起きないじゃんかぁ」 ヒカルは、椅子の背もたれに寄りかかり、テーブルの下で地団駄を踏んだ。 見た目はアキラなので、なんだかおかしい。 「意図的に三コウを作っても、ダメだということか」 アキラも、拳を顎にあてて考え込んだ。 だが、やはり見た目はヒカルである。 シリアスを気取ってみたところで、なんとなく似合わない。 「しかたがない。明日から、三コウめざして対局だ」 「おう、のぞむところだぜ!」 八百長でなく偶然三コウができる確率は、非常に低い。 それでも他に方法が思いつかず、ふたりは、とりあえずの結論を出した。 帰宅するにあたって、ふたりは、ある問題に気づいた。 両親が不在であるアキラの家へ行くヒカルは、なんの気がねもない。 だが、ヒカルの家は、両親がそろって在宅している。 中身がアキラであることを、家人に悟られずに過ごせるだろうか。 「塔矢は、おぼっちゃんだからなあ」 不安そうに斜めに見つめるヒカルに、アキラは胸を張って答えた。 「ボクが何年キミだけを見ていると……っととと。いや、なんでもない。とにかく、下品かつだらしなく振舞えばいいんだ。簡単だよ」 「…………なんか今、聞き捨てならない言葉が含まれてたような気がするんだけど」 「気のせいだ、気のせい」 ヒカルは「下品かつだらしなく」の部分を言ったのだが、アキラは「キミだけを」の部分だと勘違いして、ぽっと頬を赤らめた。 「ん? なんか、おまえ、顔赤くない?」 「それも気のせいだ!」 アキラは強い口調で言い放つと、そのままの勢いでトイレに立った。 「ふう……危ない危ない。男同士なのに進藤のことが気になるなんて知られたら、笑われるか気味悪がられるか、どちらかだ」 アキラは、ぶつぶつと呟きながら、トイレの扉をロックした。 逃げ出すように席を立っただけだが、それでも便器を見ると、なぜか尿意を感じるから不思議だ。 着慣れないジーンズのジッパーを下ろし、下着の開口部を手探りで探すが、いつまでたっても分身との「こんにちは」の瞬間はやってこない。 「進藤め……いったい、どんな下着を穿いているんだ……」 ふと、下方に視線をやると、そこには、いちご柄の愛らしい布。 当然、開口部など存在しない。 「…………?」 恐る恐る探ってみたが、そこにあるはずのモノはなかった。 さらに、そーっと胸元に手をあててみた。 ふにょん 「#*&@◆×%●♪≒$◎△!?」 アキラはジッパーを上げて、ヒカルの待つ席へと駆け戻った。 「進藤! キミは……キミは……」 「お。早かったな」 ずずずーっと音をたててストローを啜るヒカルに向かって、アキラは叫んだ。 「キミは、女の子だったのかぁ―――― っ!」 つづく |
2007.01.22 初出
2011.11.10 再掲