親孝行続報


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 5月7日PM。

 両親は、めでたく帰途についた。

 長い1週間だった。

 いやほんと。マジで。

 例の「
2年4ヶ月」に匹敵するくらい長かった。←大袈裟



 バカバカしいエピソードてんこ盛りの1週間ではあったが、過ぎてしまえば、たわいないものに感じられるから不思議だ。

 喉もと過ぎれば、というか、タイミングを逸したというか。

 今さら、ここで書くのもどうかと思われるので、「うちの両親のお持ち帰り品について」にポイントをしぼって書いてみようと思う。



 まずは、日記でも述べた、玩具メーカーの
白猫グッズ

 母は水彩画の教室に通っているのだが、そこの生徒仲間のみなさんに、「白猫モノをぜひ!」と、頼まれてきたらしい。

 ここ数年、香港では空前の白猫ブーム。

 なかでも、「本場・日本限定」のグッズは希少価値が高い。

 プレゼントすれば、
孫の心をガッチリつかむことができるというわけだ。

 そのリクエストに応えるべく、母は、ご当地モノを山ほど買いあさっていた。



 それから、
折りたたみ傘10本。

 軽量小型の3つ折りタイプは、いい意味で「軽薄短小」という日本製品のコンセプトを体現している。

 だが、お土産品として重要なのは、「
Made in Japan」の文字。

 今時、日本国内に工場を持っている量産メーカーが、どれだけあるというのだ。

 香港のお土産品だって、香港で作っているわけではなかろう。

 その時は、なんとか説得に応じた両親であったが、彼らの「Made in Japan」へのこだわりは、その後、
何度も何度も何度も何度も、管理人の精神を蝕むこととなる。



 それからデジカメ。

 500万画素以上と最新型へのこだわりは、管理人の甥からの受け売りと見た。

 ちなみに、これは、夫が買ってプレゼントした。

 ほんとに
エエカッコしいな男だ。



 それから団扇と扇子。

 いかにも和風な感じのものと、ディ○ニーキャラクターのものを、大量に買い込んでいた。

 母親が言うには、扇子よりも団扇のほうが、日本のものというイメージがあるらしい。

 中国の団扇は、枠に布が張ってあるタイプだが、日本の団扇には骨がある。

 そこが「和風」なのだそうだ。



 それからお守り。

 行く先々の寺社仏閣で、贈る相手にあわせて、いくつも買っていた。

 漢字で書いてあるので、意味はわかったようだ。



 それから
レトルト食品

 和風のパスタソースと、牛乳を加えてまぜるフ○ーチェ。

 これもまた、ごっそりと買っていた。



 まだあるぞ。

 
100円均一の洗濯バサミ・タオル・ハンガー。

 ノンブランドのバッグ。

 資○堂とカネ○ウの化粧品。

 洋服いろいろ。



 そうそう、洋服といえば。

 4年半前に不祝儀がらみで来日したときは、黒服がベースだったから、まだいいとして、10年ほど前に来たときは、それはもう、ものすごい服装だった。

 母親は、
日本=犯罪という図式にとらわれていて、胴巻きに財布を隠して歩くし、着ているものは小汚い風呂敷のようなボロっちい古着。

 曰く「スリにあわないように」。

 父親も、色彩感覚を疑われること間違いないジャケットを着ていた。

 
塔矢行洋さんの洋装を想像していただきたい。

 うちの父は体格が貧相なだけに、滑稽さは行洋さんよりも格段に上だ。

 今回は、日本=オシャレと認識を改めたらしく、それなりに整った格好をしていたが、やはり
中国人テイスト

 なんか違うんだよな。



 だいぶ話がそれてしまった。

 他にも、いろいろ買っていたようだが、特筆すべきものは、もうないように思われる。

 いや、もうひとつあった。

 バー○デイテディ。

 
誕生日熊の食玩を求める父の意向に従い、通りすがりのスーパーやコンビニでは、停車を余儀なくされた。

 どこを探しても見つからなかったが。

「今度、見つけたら買っておくから。何月何日のヤツが欲しいの?」

 なだめるつもりで言った管理人の言葉に、父が取り出したのは一枚の紙。

 人名と誕生日が、ずらーっと並んでいる。

 どこにも書いたことがなかったが、父の趣味は象棋。中国将棋だ。

 同好の主たちから、「孫に」と頼まれたのだそうだ。

 やれやれ。

 日本のお土産品も、だいぶ様変わりしたものだ。



 今回の両親来日で、管理人が学んだこと。

 
自分が里帰りするほうがラク






 そうそう。

 先日、管理人は自称25歳の誕生日を迎えたのだが。

 香港では、バースデイケーキのろうそくの火に願い事をして、一気に吹き消すことができたら、願いが叶うと言われている。

 思えば管理人は、高校を出てすぐに、碁打ちになると言って家を飛び出し、海を渡り、さんざん仕送りをしてもらったあげく、職業棋士にはなれずに就職・結婚し、日本永住を決めて、老後の世話を放棄した親不孝者である。

 今年の誕生日には、それでも変わらず愛してくれる両親の健康と長寿を祈った。

 
……ごめんね、パパ、ママ。一気に吹き消せなくて。

                                2005年5月9日  がびきゃ拝




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