「ただいま」を永遠に(8)

 この作品は、沙里さまのリクエストをもとに書かせていただいたものです。


お戻りの際は窓を閉じてください



 行洋と明子が家をあけて4日目の夕刻のこと。

「ヒカル。今日の晩ごはん、何が食べたい?」

「オレ、ラーメンがいいv」

「また?」

「だって、ラーメン好きなんだもん」

「しょうがないな。今日は味噌? それともトンコツしょうゆ?」

「うーん…。オレも一緒に行って選ぶ!」

 ヒカルとアキラは、連れ立ってスーパーへと出かけていった。



 連日、ヒカルのリクエストは「ラーメンv」で、そのたびにアキラはヒカルご指名の銘柄のラーメンを買い求めていた。

 当然、ラーメンだけでは栄養のバランスがよくない。

 アキラはネギやモヤシなど、ラーメンにあう野菜も買って帰った。

 それらの野菜の下ごしらえをするのはヒカル。

 明子を手伝っているうちに、包丁さばきもサマになってきたようである。






「あらあら。微笑ましいこと」

「一緒にお買い物? 最近の男の子は優しくていいわね」

「かわいいお嫁さんが来てくれて、よかったわね」

 スーパーからの帰り道、井戸端会議の有閑マダムたちが声をかける。

 悪意など微塵もない祝福の言葉だが、それがヒカルには辛かった。

「……そんなんじゃないよ。オレ、ただの居候だもん。それに…、もうすぐ社会人になるから、塔矢家から出ていくし」

 ヒカルはそう言うと、だだっと駆け出した。

「ヒカル!」

 アキラは慌てて追いかけるが、ヒカルが献立をラーメンでなくカレーに変更したせいで、手にしたレジ袋の中身は、じゃがいもやたまねぎやにんじんといった、重量級の野菜でいっぱいだ。

 手ぶらで全力疾走するヒカルに追いつけるわけもなく、アキラが家にたどりついたときには、ヒカルはもう自分の部屋に閉じこもってしまっていた。






「ヒカル!? ヒカル!?」

 ヒカルの部屋のふすまをどんどんと叩いて、アキラはヒカルに呼びかけた。

 もとは和室だった部屋だ。

 ふすまをあけて、部屋に入るのはたやすい。

 それでも、アキラはヒカルの返事を待った。

「ヒカル!」

「いいから、あっち行ってろよ!」

 明らかに涙声とわかる声が返ってきた。

 なぜ、ヒカルは泣いているんだ?

 なぜ、この家を出ていくと言うんだ?

 アキラは今すぐにでもヒカルに問いただしたかったが、とにかくヒカルが落ち着くのを待とうと自分に言い聞かせ、とぼとぼと自室に引き上げていった。



 中庭をはさんだ向かい側に、ヒカルの部屋が見える。

 いつも夜になると、グリーンカラーのカーテン越しに、ほのかに灯りが透けていた。

 あの灯りに下にヒカルがいると思うだけで、アキラの胸は高鳴った。

 かすかにでもいい…ヒカルの姿が透けて見えないだろうか…と、青少年らしく、少々罪悪感をともなう想像をしてみたこともあった。

 だが、今日は、もうすっかり陽は傾いたというのに、灯りはともらない。

 うす暗い部屋のなかで、ヒカルは何を思っているのだろう。

 やがて真っ暗になってしまう部屋のなかで、ひとり泣き続けるのだろうか。

 ふと、アキラは、自分も灯りをつけるのを忘れていたことに気がついた。

 ぱち。

 蛍光灯の光が、障子に反射する。

 盤面が見やすいようにと選んだ白い光が、目に突き刺さるようだ。

 しらじらしい明るさにいたたまれなくなり、アキラは灯りを消して、遅い夕食のしたくをするために台所へと向かった。






 ぱち。

 アキラの部屋に灯りがともったと思ったら、すぐに消えてしまった。

 ヒカルは、障子越しにもれてくる白い光が大好きだった。

 時折、障子にアキラの影がうつると、それだけでどきどきして、まともに窓のほうを向けなくなったものだ。

 一緒にいるときは自然に話せるのに、逆に、ひとりになるとアキラのことばかり考えてしまう。

 ヒカルは、カーテン越しに、灯りの消えたアキラの部屋をぼんやりと眺めていた。

    あとどれくらい、この家にいられるんだろう。

    プロになったからって、すぐにおカネがもらえるわけじゃないよな。

    お父さんとお母さんが残してくれた保険金、少し使っちゃおうかな。

    この家を出たら。

    研究会のときは、「こんにちは。ごめんください」って挨拶するんだな。

    鍵も返してさ。

    アキラと離れて暮らすんだ……。

 ヒカルの目から、ぽたぽたと涙の粒がこぼれ落ちた。

 とめどなくあふれてくる涙は、ぬぐってもまたすぐに浮かんでくる。

 ヒカルはベッドに身体を投げ出し、枕に顔を伏せて声を殺して泣き続けた。






「ヒカル? ヒカル?」

 トントンという軽いノックの音とともに自分の名を呼ぶ声がして、ヒカルは顔をあげた。

 いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

 泣きすぎたせいか、頭が重い。

「カレーできたよ。おなかすいてない?」

 アキラの言葉に、ヒカルのおなかの虫がぐーっと鳴いた。

 恋の悩みに涙を流していても、食べ盛りの胃袋は正直だ。

 ヒカルはベッドから降りると、ふすまに向かって足を進めた。

   ごん☆

「いてっ! ……っとと…うわあぁっ!」

   どたっ

 ヒカルの叫び声と鈍い音に、アキラは思わずふすまをあけた。

「ヒカル!? どうしたんだ!?」

 壁際のスイッチに手をのばして灯りをつけると、ヒカルは部屋の中央でうずくまり、足をさすっている。

「どうした、ヒカル!」

 アキラはヒカルのそばにかがんで、顔をのぞき込んだ。

「ご…碁盤…蹴っちまった…。暗くて見えなかったから…。いってええぇぇ…」

 足つきの碁盤 vs ヒカルの足では、勝負は目に見えている。

 碁盤というものは、見た目以上に重たいのである。

 アキラは、ぷっと吹き出した。

「なんだよ〜。笑ってんじゃねえ。ほんと、痛かったんだからな」

 目の端に涙を浮かべ、苦痛に顔をゆがめながら、ヒカルは口をとがらせた。

「ごめんごめん」

 アキラはヒカルの手をとって立たせると、「ごはんにしよう」と、まだ文句を言いたそうなヒカルを、茶の間へと誘ったのだった。






 2杯目のカレーを食べ終えたヒカルは、「ふうーv」と、満足そうに息をついた。

 意外においしくできていたカレーに、何もかも忘れて舌鼓を打っていたが、食べ終わって人心地つくと、ヒカルの胸に、再び重い石のかたまりが降りてきた。

 アキラは、ふさぎ込んでしまったヒカルの前に、デザートのアイスクリームを置き、その正面にすわった。

 告白するなら、今しかない。

 明日には両親が帰ってくる。

 だが、物思いに表情をくもらせるヒカルに、自分の思いを告げていいものだろうか。

 アキラは悩んだ末に、塔矢家を出て行こうとするヒカルを説得するには、引きとめたいと思う自分の気持ちを伝えるしかないと、結論を下した。



「ボクはね、ヒカル」

 アキラの言葉に、ヒカルが顔をあげた。

 真摯な目に見つめられて、ヒカルはあわてて目をそらした。

「こんなふうに、いつまでもキミと一緒に食事ができたらいいなと思っているんだ」

 アキラは、くすっと笑った。

 もっとロマンチックな告白の言葉を用意していたんだけどね…と前置きしてから、アキラは続けた。

「お父さんやお母さんも一緒の、にぎやかな食卓も楽しいけれど、キミとボク、ふたりっきりの食卓も捨て難いほど魅力的だ。キミが、ボクの両親となかよしなのは嬉しいけれど、正直、あの人たちに嫉妬したことが、何度となくあった」

 そらされていたヒカルの目が、アキラに帰ってくる。

 ふたりの視線が絡み合ったその一瞬を逃さずに、アキラはヒカルに告げた。

「ボクはキミが好きだ。いつまでも、この家にいてほしい。……ボクと、結婚を前提につきあってください」

 ヒカルの瞳に、今までになく大粒の涙が浮かんだ。

 泣いて嫌がるほど、ヒカルは自分を嫌っているのだろうかと、アキラは不安になった。

 だが、ヒカルの口元が、うっすらと微笑んでいることに気がつくと、アキラは立ちあがり、座卓のまわりを半周して、ヒカルのそばへと向かった。

 ヒカルのうしろに膝をつき、両腕をまわして、ヒカルをすっぽりと包み込んだ。

「ヒカル。キミを愛してる」

 耳元で囁かれる愛の言葉と、あたたかいアキラの腕につつまれて、ヒカルは震える声でたずねた。

「オレ、この家にいていいの? アキラのそばにいていいの?」

 信じられない…という不安な響きがこもっている。

「キミはボクのお嫁さんになるんだから、ボクのそばにいてもらわなくちゃ困るよ」

 アキラは、ヒカルの肩を抱く腕に力を込めた。

 泣きながら震えるヒカルを、しっかりと抱きとめる。

「朝はおはよう。いってきます。夜はおやすみなさい。食事のときはいただきますとごちそうさま。毎日、毎日、ボクたちは家族の挨拶をするんだ。いつまでも、いつまでも…」

 アキラはヒカルの頬にそっと口づけた。

 恥ずかしそうに首をすくめながらも、顔をほころばせるヒカルに、アキラは、(よし、バッチリ決まった!)と、心のなかで自分を賞賛し、我を忘れて夢中でヒカルを抱きしめた。

 だから、ヒカルに、「おまえ、なんか忘れてないか?」と言われたとき、「はい?」と、情けない声をあげてしまった。

「朝と夜とメシの時だけか? 外から帰ったときの挨拶が抜けてるぜ」

 ヒカルは、涙を目の端に浮かべたまま、にやっと笑った。

「ただいま……って言うんだろ? 自分の家に帰った時はさ!」

 ヒカルは、「お返しだっ!」と、アキラの頬にキスをした。

 アキラは、ヒカルの意趣返しに、さすがはボクのお嫁さんだvと、にっこりと笑い返した。

 そして、ヒカルのすわる向きを変えさせると、両手でふんわりとヒカルの頬をつつみ込んだ。

「ヒカル、愛してるよ…」

「オレも…///」

 こうして両片思いに終止符を打ったふたりは、座卓に置き忘れられたアイスクリームが溶けるほど、熱い口づけを交わしたのだった。






 翌日。

 アイスクリームが溶けてしまったことに激怒したヒカルの機嫌を取るために、ふたりは駅前のアイスクリームショップを訪れた。

 チョコミントとストロベリーチーズとラムレーズンの3段重ねを食べただけでは飽き足らず、ヒカルは残りの28種類のアイスクリームをテイクアウトした。

「そんなに食べきれるのかい?」

 アキラは手元の保冷袋を見ながら、あきれたようにため息をついた。

「4人で7種類ずつ食べるんだから、こんなのすぐだよ」

 ヒカルは「また買ってくれよな」と、アキラの腕に自分の腕をからませて、おねだりポーズで笑った。

 ふたりが腕を組んで歩いているのを見た、井戸端会議の有閑マダムたちは「やっぱり…v」と、再び噂を広め始めるのだった。






 ふたりが家に戻ると、行洋と明子はもう帰ってきていた。

 腕を組んだふたりの姿に、迎えに出た明子は、大喜びで夫を呼んだ。

(あなた、アキラさんとヒカルさんがv)

(うむ。藤原くんに連絡するとしよう)

「「ただいまー」」

 アキラとヒカルは声をそろえて、幸せいっぱいの笑顔で、帰宅の挨拶をしたのだった。


                                      おしまい



 あれ? リクエストをいただいたときの、あの萌えはどこに?

 誰がなんと言おうと、これはラブコメ(あくまでも当サイト基準)なのよ。

 沙里さまからの超萌えなリクと、管理人の言い訳はこちらからどーぞ(汗)。




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