セーラー服よ、永遠に?(後)

 この作品は、沙里さまからのステキなリクエストをもとに書かせていただきました『「ただいま」を永遠に』の番外編…つまり蛇足です。

 当然ですが、本編を先にお読みいただかないと、いつも以上に意味不明かと思われます。


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 さて、こちらは幽玄の間。

 世間話から一変して、ピンと張り詰めた緊張感に包まれていた。

 そろそろ大ヨセに入る頃合。

 盤面はかなり細かい。

 黒に先手がまわってきたところから大まかに目算すると、やや黒に分があるようだ。

 逆コミの恩恵を受けて、黒勝利の可能性も見えてきた。

 だが、相手は塔矢行洋。

 気を抜けば、あっというまに追いあげられるに違いない。

 黒番のヒカルは、なんとしても先手を守り抜き、一気にヨセきらねばならない。

((((絶対に白が手を抜けず、しかも確実に先手なところは…))))

 盤面を見守る棋士たちが、黒の次の一手を予想するなか、ヒカルは中央に石を放った。

 カミトリでもスベリでもなく、中央に孤立してツブれかけた黒の数子を助けようという狙いのようだ。

((((ここまできて、そんなカス石にこだわるかぁ。やっぱりこどもだな))))

 だが、おおかたの感想に反して、白番の行洋は、黒のマギレにつきあったのだ。

 中央の黒が生きたとしても、この先のヨセで白の勝利は決定的なはずなのに。

 ところが、いつのまにか中央は攻めあいの色が強まり、ヨセどころではなくなっていた。

 周囲の棋士たちが息を飲んで見守るなか、石の音だけが響きわたる。



 やがて、荒れた盤面に決着のつく時がやってきた。

 攻め合いは白の一手勝ち、黒の権利だったはずのいくつかの先手ヨセも消えていた。

「……負けました」

「ありがとうございました」

 ヒカルが頭をさげ、行洋も礼を返す。

 記録係と時計係は、呆然とふたりを見つめるばかり。

 一柳だけが、「かああぁぁっ! まったく、おそれいったね、こりゃ」と、楽しそうに扇子を禿頭に叩きつけて笑っている。

 そう。

 一手の差ということは、あの黒の一手に白が手を抜けば、攻め合いは黒の勝ち、中央の一団を取られていたのは白だったのだ。

 並べなおして詳しく検討してみなければわからないが、おそらく黒が先手でヨセたとしても、たりなかったのではなかろうか。

 そして、行洋はもとより、新初段のヒカルも、そのことに気づいていたのではないだろうか。






 記者室に詰めかけ、モニターに釘づけになっていたヒカルファンの若手棋士や院生は、自分たちを脅かす存在の登場に、拳を握りしめた。

 だが、次の瞬間、悔しそうに口をとがらせて盤面を見つめるヒカルの超アップが映しだされると、「それはそれ、これはこれ」とばかりに、記者室を出て、幽玄の間へと走りだした。

 一様に、「ヒカルちゃんをなぐさめるのは俺だっ!」と、闘志を燃やしている。



 同時に、3階の大ホールでも、暴動に近い騒動が起こっていた。

 狭い出口に我先にと押し寄せ、対局に敗れたヒカルを励まそうと、ファンたちは血眼になってエレベーターをめざしている。

「落ち着いてください! 危険です! みなさん、押さないでください!」

 棋院職員たちがメガホンで呼びかけるが、誰ひとり聞いちゃいない。

[[このあと、3階大ホールにおきまして、進藤ヒカル新初段の入段お披露目会が、とりおこなわれます…]]

 全館アナウンスが流れると、ファンたちは歓声をあげながら、わらわらと再び大ホールへと戻っていった。



「へ? そんなのやるんだ。知らなかった」

 幽玄の間で、行洋とお茶をすすっていたヒカルは、「そういうものなのか」ぐらいに聞いていたが、実は、そんな話は前代未聞だ。

 行洋は、大急ぎで脳内に『害虫駆除マニュアル』をロードしようとしたが、それはまだ明子が練っている最中である。

「アキラは何をしているんだ…」

 ヒカルを先導するように歩きながら、行洋は、害虫たちを牽制すべく、この日はじめての威厳に満ちた表情を取り繕うのだった。






 さて、こちらは3階の大ホール。

 各種祝典に使われる壇上には、急きょ司会役に抜擢された芦原と、今日の対局の立会人である一柳が立っていた。

 どちらも話し出したらとまらないタイプ。

 こういう席にはぴったりだ。

 芦原は、ヒカルのプロフィールを紹介し、一柳は、今日の対局の見所を説明する。

 そこへ、行洋に連れられたヒカルが登場した。

 割れんばかりの歓声に迎えられ、ヒカルは驚いて、行洋のうしろに隠れた。

「進藤くんは、とっても恥ずかしがり屋さんですからね〜。みなさん、おどかしちゃダメですよ〜」

 芦原の言葉に、ファンたちは、しーんと静まった。

 その突然おとずれた静けさも不気味で、ヒカルは行洋の背中にはりついたまま、出てこようとしない。

「なあ、新初段。みんな、君を応援してくれてるんだよ。ほら、挨拶、挨拶」

 一柳にマイクを手渡され、ヒカルはおずおずと前に出た。

   かしゃ かしゃ

      ぱしゃ ぱしゃ

 無数のフラッシュがたかれ、シャッターを切る音が鳴り響いた。

 雑誌のカメラマンたちのものだけではない。

 今時、どこのメーカーの携帯電話にも、カメラの機能はついているものだ。

 ヒカルは顔の前に手をかざしながら、おそるおそる話し始めた。

「えっと…。初めまして。進藤ヒカルです。4月からプロ棋士になります。みなさん、応援してください」

 なんとかそこまで話したところで、ヒカルはホールの入り口に、見慣れたおかっぱ頭を見つけた。

「アキラ〜vvv」

 マイクを放り出して舞台を飛び降りようとするヒカルを、芦原がすんでのところで引きとめ、その隙に、アキラが壇上へと駆けつけた。

 手には、大きな花束を持って。



「ヒカル、ごめん、キミの、対局、見られ、な、かった」

 対局が始まるとすぐに、アキラは花屋へ向かったのだ。

 福沢諭吉先生を差し出して花束を注文したところ、店員に「花束を受け取られる方は、どんな感じの方ですか?」と訊かれた。

 相手のイメージにあわせて花束を作ってくれるという、よくあるサービスだ。

 アキラは、ヒカルがどんなに愛らしいか、ヒカルがどんなにいい碁を打つか、ヒカルがどんなに食いしん坊で大食漢かを、約1時間かけて説明し、さらにもう1時間かけて、ふたりの馴れ初めから、ファーストキスに至るまでの過程を、かなり脚色して語り聞かせたのだ。

 2時間にわたる大演説につきあった店員もどうかと思うが、結果として、ヒカルの持つ元気・素直・可憐・根性・天然の複雑な5大要素をバランスよく盛り込んだ、イメージどおりの花束ができあがったのだから、それはよしとしよう。



 まだ息も整わないアキラに、ヒカルはしょんぼりと告げた。

「アキラ〜。オレ、負けちゃったぁ」

 上目遣いに見つめるヒカルを、アキラはぎゅっと抱きしめた。

 ホールのファンたちの殺気に満ちた視線が、アキラに突き刺さる。

 だが、アキラにはヒカルしか見えていないので、そんなことはおかまいなしだ。

「でも、がんばったんだろう? お疲れさま」

 アキラは、ヒカルに花束を手渡した。

「ありがと…v」

 ヒカルは花束を受け取ると、アキラの頬に、ちゅっとキスをした。

 ホールはもう暴動の一歩手前だ。



「いやあ、いいねえ。塔矢家に新しい家族ができたって、聞いてはいたが、もうすっかり実の娘のようじゃないか。塔矢くん、かわいい妹ができて、よかったねえ。新初段も、碁を勉強するうえで、これほどの環境は、そうそうないよ。しっかり勉強しなさいよ」

 まったく他意のない…つまり勘違いも甚だしい一柳の言葉によって、暴動はまぬがれた。

「違うっ! ボクとヒカルは…」

「恥ずかしがらなくていいよ、アキラ。いつも家では、進藤くんのこと、ほんとの妹みたいにかわいがってるだろ? 明子さんだって、進藤くんのことを『わたしの娘』って言ってるじゃないか」

 アキラが必死で否定するのを、なんと、頼りになるはずの兄弟子が邪魔をする。

 このぶんでは、行洋と明子が期待していた、「棋院や碁会所で吹聴」しているであろう内容も、かなり怪しいものだ。

「アキラ…。なぜ、花束でなく、婚約指輪を買ってこなかったんだ…」

 行洋のつぶやきは、誰にも届くことはなかった。






 アキラとヒカルの関係を、兄妹と思い込んだファンたちの影響で、塔矢アキラは、この日を境に、棋院関係者のみならず新聞や雑誌においても、「お兄さん」の愛称で呼ばれることとなる。

 そして、ヒカルは、棋士会上層部の思惑通り、日本棋院の広告塔として、広くメディアに進出させられた。

 中学校を卒業したあとも、一般大衆の萌えに狙いを定めた広告業界によって、ヒカルはセーラーカラーのデザインの衣装を着せられて、いろいろなテレビCMに登場した。

 携帯電話やデジタルカメラなど、流行の最先端といわれるジャンルのCMはもとより、冷凍食品や家電量販店などのCMにも起用され、街中いたるところにヒカルの笑顔があふれている。

 それらのCMは、いずれも「家族」をテーマに構成され、両親役の行洋と明子、お兄さん役のアキラが、拙い演技でヒカルの愛らしさを際立たせているのだった。



 なんとも荒唐無稽な話になってしまいました(滝汗)。

 でも、書いていて、とっても楽しかったです。


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