セーラー服よ、永遠に?(前)
この作品は、沙里さまからのステキなリクエストをもとに書かせていただきました『「ただいま」を永遠に』の番外編…つまり蛇足です。
当然ですが、本編を先にお読みいただかないと、いつも以上に意味不明かと思われます。
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新初段シリーズ。 それは、春からプロ棋士としてデビューする新人を激励すべく、百戦錬磨のトップ棋士と対局する機会を与えようという壮行イベントである。 そのため、日本棋院会館の対局室のなかでも、最も格式の高い部屋である幽玄の間が会場として使われる。 この部屋でタイトル戦を戦うような棋士になれ…と、新人棋士を鼓舞するのが目的だからだ。 まあ、棋士になってから退役するまでに、対局目的でこの部屋に入る最初で最後の機会が、この新初段シリーズ…という者も少なくはないのだが。 新入段棋士は、全部で4名。 今年は、そのうちの3人が女性である。 これは稀有な…、いや史上初の快挙だ。 その3人になかには、当然、我らが(?)進藤ヒカルも含まれている。 含まれているという表現では、控えめすぎるかもしれない。 一般枠で受験し、外来予選・本戦ともにトップの成績で合格したのだから。 さて。 今日こそがまさに、進藤ヒカルが新初段シリーズに登場する晴れの日である。 外来予選中から、その無敵な容姿と塔矢一門との意味ありげな関係ゆえに、何かと話題にのぼっていた謎の美少女が、実は未曾有な棋力の持ち主だったのだから、日本の囲碁界全体が大フィーバー状態になるのは無理もないことだろう。 進藤ヒカルと塔矢行洋四冠との対局を取材しようと、硬軟各種の雑誌記者やカメラマンも大勢駆けつけている。 若手の男性棋士は言うに及ばず、院生の少年たちも、群れをなして押し寄せてきた。 一般の愛好家の観戦は受けつけていないものの、情報はどこからともなく洩れるもので、朝一番に出勤した棋院職員は、玄関前にできた長蛇の列を見つけて腰を抜かした。 プロ棋士や院生だけが観戦できるなんてズルい…という声に圧倒され、3階の大ホールでモニター観戦ができるようにと、休暇中の職員まで呼びつけて会場設営を進めたのだった。 その後は、整理券の配布や入場整理に追われて、てんてこ舞いだ。 さらには、棋院会館4階の事務室には、何を勘違いしたのか、全国各地の碁会所や大学の囲碁部から、祝電や花束が数多く届いている。 他を出し抜いてアピールしようという魂胆らしいが、数百を数えるお祝いの品のうちのひとつ扱いになってしまっては、まったく無意味である。 ちなみに、棋院会館前の細い路地は、朝から宅配便や花屋や電報配達の車がたてこんで、前代未聞の大渋滞をまねいていたのだったが、これは余談である。 そして、大ホールのモニターに、セーラー服姿のヒカルの姿が映し出されると、ホール全体が大歓声に包まれ、どこからともなく「ヒカルコール」が湧き起こったのであった。 ところで。 一生に一度の晴れ舞台なのに、なぜ、ヒカルはセーラー服を着ているのか。 この謎を解き明かすため、時系列は、その日の早朝に遡る。 午前7時。 塔矢家の日課である行洋とアキラの早朝対局が、終盤にさしかかった頃のことである。 今日のために明子によって用意されたワンピースに身をつつみ、ヒカルはそっと部屋に入った。 対局中なので、声を出しての挨拶はせずに、ただ一礼して盤のそばに座った。 盤面をのぞき込もうと身を乗り出し、頭を小刻みに振って、白地と黒地を数える。 途中から盤面を見る者特有のしぐさだ。 白がやや優勢か…と結論づけて、ヒカルが顔をあげると、行洋とアキラは対局そっちのけでヒカルを凝視していた。 「??? ……おはようございます」 ヒカルが不思議そうに頭をさげると、そこで一気に空気が固まった。 行洋もアキラも、微動だにしない。 ヒカルは、その原因が自分にあると推測した。 「やっぱ似合わないかなあ、この服…」 ヒカルは、しょんぼりとうつむいた。 そこで空気は、さらに硬度を高める。 「せっかくおばさんが買ってくれたけど…。やっぱオレには可愛すぎるよなあ」 ヒカルはそうつぶやくと、大きく前かがみになり、両手を床につけて、「よっこらせ」と、立ちあがろうとした。 「ひ…ひ、ヒカルっ!」 にわかに金縛りから解けたかのように、アキラはヒカルを呼びとめた。 「なんだよ」 少し傷ついた表情で振り返るヒカルに、アキラは生唾を飲み込みながらたずねた。 「今日の新初段シリーズ。その服を着ていくのか?」 「そのつもりだったけど…。なんか不評みたいだなあ。やっぱオレには、こんな可愛い服、似合わないよなあ」 はあ…と、ため息をつきながら、その場でくるっとまわって見せるヒカルの姿に、アキラは「うっ」とうめいて鼻を押さえた。 ヒカルの着ているのは、明子がオーダーした一点もののワンピース。 光沢のある深緑色の、上質なシルクを使っている。 膝上5センチの微妙な丈の、自然にひろがるフレアスカート。 スクエアカットの襟元をふちどる、黒いベルベットのリボン。 保守的な碁界のおエラいさんにも受けのよさそうな、上品なワンピースだ。 問題は、素材でもデザインでもない。 それは、ヒカルの体型にあった。 華奢な鎖骨のラインをきれいに見せるためのスクエアカットは、かがんだ時が要注意なのだ。 つまり。 胸元が丸見えになってしまうのだ。 しかも、ヒカルは元気いっぱいに飛びまわるので、膝上5センチのスカートでも、ふとももの上のほうまでばっちり見えてしまう。 それが下品な露出でなく、クラシカルなチラリズムなのだから、これはもう犯罪としか言いようがない。 (こんな悩殺的な姿を、他の人間が見るなんて許せない! ヒカルはボクだけのものだ!) (進藤くんを見て、邪な想いを抱く者があってはいかん。我が家の嫁を横取りされては大変だ) 「とてもよく似合ってるよ。だ、だけど…」 アキラは鼻を押さえたまま、言葉を濁した。 「だけど…なんだよ。どーせ、お世辞なんだろ」 ヒカルはすっかりすねてしまっていた。 アキラはあわてて誉めちぎる。 「そんなことないよ! すごく…すごく綺麗だ。とっても可愛いし、たぶん…いや、間違いなく、世界一素敵だと思う」 「そーお? ふふ〜ん♪」 手放しに誉められて、ヒカルは機嫌をよくし、くるっとターンを決めて、部屋を出ていった。 父・行洋から差し出されたティッシュを受け取りながら、アキラは作戦を練った。 (まずいぞ、まずい。絶対にまずい。今日は週刊碁に載せる写真の撮影もあるんだ。なんとかして、あの服で新初段シリーズに出るのを阻止しなければ…) かくして、朝食時に、わざとしょうゆをこぼしたアキラによって、ヒカルは服装の変更を余儀なくされたのだった。 実は、そのあとが大変だった。 「まあ、どうしましょう! ヒカルさん、他によそいきのお洋服持ってたかしら…」 「ううん。オレが持ってるのはジーパンとかチノパンとか、そーゆーのばっか」 ヒカルの答えを聞き、明子はあわてて自分の洋服ダンスを漁った。 だが、若く見えても明子もそれなりに年齢をかさねている。 加齢による体型の変化は阻止できず、ヒカルにはぶかぶかな服ばかりだ。 「お母さんの着物を着せてあげたらどうでしょうか」 着物ならば、過度の露出はない。 アキラは、我ながらグッドアイデアとばかりに、にっこりと笑った。 確かに、着物ならば多少の体型の違いはあっても、借り着のようなおかしさは目立たない。 「そうね。それなら……これなんかどうかしら」 明子は新春にふさわしく、かつ若向きな色柄の付け下げと、明子自身には少し派手になってしまった袋帯を選んだ。 七五三以来、数年ぶりに袖を通す着物に、少し緊張気味ながらも、ヒカルはおとなしく着付けられていたのだが。 「もうダメ〜。苦しい〜。気持ち悪い〜。こんなんじゃ打てないよおおぉぉ…」 帯をしめるまでもなく、モスリンの紐を数本と伊達締めを結んだところで、すでにヒカルはギブアップを宣言してしまった。 ヒカルの和服姿を妄想し、廊下をうろうろしていた塔矢家の男ふたりは、ぴったりと閉められたふすまの向こうで、ヒカルが悲鳴をあげているのを聞いて顔を見合わせた。 打てないと聞いては、行洋も黙ってはいられない。 なにせ、今日のヒカルの対局相手は、行洋自身なのだから。 門下の棋士の新初段シリーズに出るなんて前代未聞だと、反対する棋士会長の意見をしりぞけ、すでに対局相手として内定していた桑原本因坊に、わざわざ地方イベントを押しつけてまで、行洋はその席をもぎ取ったのだ。 「いかん、明子。すぐに脱がせてあげなさい」 ドンドンドンドン!…と、今にも叩き破りそうな勢いでふすまを鳴らし、行洋は普段の冷静な仮面をかなぐり捨てて、大声で明子を促した。 そんなわけで、最後の砦として残ったのが、葉瀬中学校のセーラー服だったのだ。 確かに、現役中学生が公式の場に出る際に、制服を着ていても変ではない。 ただ、例のワンピースとセーラー服、どちらが安全策だったのか、結局、塔矢家の男たちにはわからずじまいなのだった。 |
ただいま…のヒカルちゃんは、超美少女という設定です。
デビュー前からモテモテですぜ。へっへっへ〜♪
アキラさん、ちゃんとつかまえときなさいよv
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