THE・都市伝説(3)  (キリリク「THE〜」シリーズのふたりです)

お戻りの際は窓を閉じてください






 とある平日の午後のこと。

 ヒカルが手合いを終えて、棋院会館1階の玄関ホールまで降りてくると、柱の前に人だかりができていた。

「ん? なんだろ」

 棋士たちが、誰かを囲んでいるようだ。

 和谷や伊角、芦原……ヒカルの見知った顔も、何人かまじっている。

「行ってみよっと」

 ヒカルは、とたた…っと駆け寄って、人の輪の中心を覗き込んだ。

 すると。

 そこには、空気の読めない男がいた。

 『GO☆コミュニケーション』の記者だ。

 そう。

 ヒカルやアキラとは、因縁浅からぬ間柄の人物である。

(今度は何しに来やがったんだ)

 多少警戒しながらも、なにやら盛り上がった様子が気になり、ヒカルは話に耳を傾けた。






「それだったら、やっぱり『幽霊の出る資料室』じゃないか?」

「その部屋はもう移動しちゃったからなあ」

「じゃあ、あれは? 『2階のトイレの花子さん』の噂」

「なにそれ」

「午前2時22分になると、2階の女子トイレの2番目の個室に、花子さんの幽霊が出るって……。あ、進藤。この話、知ってるだろ?」

 院生時代からの仲間である和谷に話題を振られ、ヒカルは、「へ? なに?」と目を瞬かせた。

「いやあ、実はですね。うちの雑誌で、『日本棋院の七不思議』を特集しようということになりましてね。棋士のみなさんに、お話をうかがっていたんですよ」

 囲碁の専門誌で怪談とは。

 さすが、日本の最軟派囲碁雑誌だ。

「うーん。一時期話題になったことはあるけど……っつーか、これって、あれじゃん。『午前4時44分に、4階の女子トイレの4番目の個室に花子さんが出る』っていう学校の怪談のパクリ」

 ヒカルは、「棋院のトイレは個室が2つしかないから、『2』に変更したんだろ」と補足しながら、鼻で笑った。

 周囲の棋士たちも、「そうだよなあ」と、笑い飛ばす。

 だが、そこは空気の読めない男のこと。

「ぜひ、取材させていただきたい! 学校が4時44分で、棋院は2時22分。この微妙な違いが気になります。いや、ここは5時55分のほうが、碁つながりで信憑性があるかもしれない。さあ、進藤女流棋聖、今すぐ一緒に取材に……」

 ……改ざんする気マンマンらしい。






 そこへ現れたのが、もっと空気の読めない男。

「進藤、今日はチョコパフェとラーメンライス、どっちを食べるんだい?」

 にわかに登場して、話の腰をまっぷたつに折ったのは、塔矢アキラである。

「えーっと、そうだなあ……」

 小腹のすいた帰り道、アキラとおやつを食べるのは、すでに習慣となっている。

 おやつ程度ではなく、食事をすることもあるが、そうすると、そのあと、なぜかアキラが部屋についてくる。

 一人暮らしと外食とアキラの行動の関連について、ヒカルはまだわかっていないようだが、この件は、今は関係ない。

 ヒカルは、頭のなかに食べたい物のリストを広げた。

 あっというまに意識を「今日の寄り道・食べ物編」へとシフトさせる。

 なかなかの集中力である。

 このあたり、ヒカルの棋力と大いに関係ありそうだが、やはり、今は関係ないので置いておく。

「今日は、チョコチップのアイスと、カシスシャーベットっていう気分かな。うん」

 ヒカルはメニューを決定すると、アキラと一緒に帰るべく、身体の向きを変えようとした。

 ところが。

 自分の右腕に、記者がしがみついて、離れようとしない。

「ちょっ……離してくれよ」

「いいえ、離しませんよ。花子さんの出る場所は、女性用トイレ。わたしひとりでは取材できませんからね」

 あたりまえだ。

 ……というより、ヒカルと一緒にいたところで、女子トイレを取材するなど、変態行為としか言いようがない。

「いったいなんなんですか。ボクの進藤に、ずいぶん馴れ馴れしいじゃないですか」

 額に青スジをたてたアキラが、ヒカルと記者のあいだに割って入る。

「とーやぁ。聞いてくれよ。このひと、2階の花子さんの噂を雑誌に載せるから、取材したいって言うんだよ」

「2階の? ……ああ」

 アキラも、この噂を聞き知っていたらしい。

 ヒカルとともに行動することが多くなり、色々な話を耳にするようになったせいだろう。

「あんな噂を真に受けるなんて、どうかしていますよ。記者というのは真実を報道するものではないのですか?」

 ヒカルの腕にしがみつくという行為に怒り、アキラの口調は冷ややかだ。

「そもそも、『午前2時22分』というところがおかしい。そんな時間に、誰が棋院に残っているというのです? そんな時間に、誰が女子トイレを使うというんです?」

 アキラの理詰めの講釈に、「そうだよなあ」という同意の声が飛ぶ。

 だが、記者はあきらめない。

「いいえ! 火のないところに煙は立たないと言いますからね。きっと、誰かが夜遅くまで残って……はっ! そうか!」

 記者は、何かを思いついたように、ヒカルの腕を離した。

 その隙に、ヒカルの手を取り、自分の腕に絡めさせるあたり、アキラもオトナになったものだ。

「午前2時22分に取材しなければ、意味がないじゃありませんか。進藤女流棋聖、今夜2時に……」

「そんな時間に、ボクの進藤と?…………ふざけるなっ!」

 前言撤回。

 あいかわらずだ。






 空気の読めない記者は、アキラの怒声にも怯まない。

 ヒカルを説得しようと躍起になっている。

「ねえ〜。お願いしますよ〜」

「ええー。やだよー」

「頼みますよ〜」

「やだってばー」

   ぴきぴき

 アキラ(デコに青スジ入り)の怒りの形相に、周囲の棋士たちは引きまくりである。

 記者の懇願を適当にあしらっていたヒカルも、そろそろ本格的にイラつき出した。

「じゃあさ。そんな肝試しみたいなのより、もっとすごいネタを提供してやる。オレのとっておきのネタだぜ?」

 ヒカルは、「耳貸して、耳」と、記者に手招きした。

 小声で何かをささやく仕草に、アキラの周囲では怨念の炎が揺れている。

「それはすごい! さっそく取材に行ってこなくては!」

 記者は、大急ぎでエレベーターのほうへと走っていった。

 ヒカルから提供されたネタを確認しにいったのだろう。






 数十分後。

 市ヶ谷から数駅の地下街で、チョコチップアイスとカシスシャーベットを堪能するヒカルに、アキラは尋ねた。

「さっき、あの記者に何を話したんだい?」

 記者の耳元でささやくシーンを思い出したのか、アキラは少し不機嫌そうに眉をしかめている。

「ああ、アレ? んーっとさ、塔矢も知ってるだろ? 6階の自販機」

 ヒカルは、少し溶け始めてきたアイスと格闘しながら答えた。

「6階の……? たばこの自動販売機のことか?」

 アキラは棋院の間取りを思い浮かべた。

「うん、そう。あそこの自販機さあ……」

 ヒカルは、そこで言葉を切って、アキラの耳に顔を近づけた。

「こしょこしょこしょこしょ……」

「ええっ? そうなのかい?」

「ああ。本人から聞いたんだから。間違いないって」

「そのこと、緒方さんは……」

「知ってるわけないじゃん。オレだって、絶対内緒にしろって言われてたんだから」

 ヒカルはニヤニヤと意地悪そうに笑いながらも、ふと、真顔になってつぶやいた。

「……でも、記事になったら、これはもう終わりかな。それって、なんかちょっとつまんないかも」

 アキラは、一瞬のうちに保身を考え、とりあえず、この話は聞かなかったことにした。








 翌月。

『GO☆コミュニケーション』の巻頭特集は、「日本の囲碁の総本山・日本棋院会館の七不思議に迫る! 今明かされる驚愕の事実とは!?」の第1回だった。

 ……第1回。

 七不思議というからには、あと6回は続くということだろうか。

 なんとなく、この雑誌の将来が危ぶまれるが、まあ、それはさておき。

 写真つきで掲載されたその記事の内容は……。

<<自動販売機の怪! ある特定の銘柄のたばこを購入しようとすると、2分の1の確率で、異なる銘柄のたばこが出てくる>>

 種明かしは、こうだ。

 緒方愛飲の『○ARK』の棚は、1つ置きに別の銘柄のたばこが詰められているのだ。

 その仕掛けを考案したのは、言うまでもなく桑原翁である。

 全部をすりかえるのではなく、1つ置きという仕掛けにこだわったところに、桑原らしさが垣間見える。



 この件が明るみに出て以来、緒方は、桑原が棋院を訪れる日には、2つのエレベーターのうちの片方に「点検中」の札をさげ、もう片方は4階でドアを開けたままにするという報復処置をとったという。

 また、桑原も、新たな悪戯を開発すべく、日々検討を重ねているそうである。




 今回の都市伝説は「トイレの花子さん」。

 彼女の出現フラグには諸説あるようですが、ここでは有名どころを採用しました。

 前回で、せっかくヒカルの一人暮らし設定ができたのに、関係ない話になってしまって、ちょっと不満。←誰が書いたんだよ

 

お戻りの際は窓を閉じてください