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『U・H・P』 ー日本棋院の七不思議ー

  


UHP 【ゆー・えいち・ぴー】

「嘘八百」の頭文字を取ったもの。

書簡や記事などの内容がフィクションの域を大きく逸脱し、誰の目にも捏造であることが明らかになった状態を表す。

赤文字で表記した場合、「真っ赤なウソ」という意味になる。

社会での認知度が極めて低い表現であるため、使用には慎重を要し、とくに、同人誌のタイトルへの使用は控えることが望ましい。

       がびがび雑学辞典第二版第4刷(増補)1192ページより抜粋




第ニ回 「怪奇! 念仏の声が響く男子トイレ」



 舞台は、再び棋院会館の二階売店。

 今月号も、ヒカルは「GO☆コミュニケーション」を立ち読みしている。

 ニ期続けて女流棋聖に輝き、悠々自適な一人暮らしをエンジョイしているヒカルのことだ。

 フトコロ具合に不都合はないはずだが、立ち読みで十分と考えているのか、買い求めるつもりは、さらさらないらしい。

「まーたバカなこと書いてやがる」

 ほんとにどうしようもないな、と、ため息をつきながら、ヒカルは雑誌を棚に戻した。

「買わないのか?」

 背後からの呼びかけに振り返れば、そこにはキノコ頭をした知己の姿があった。

「げっ、越智!?」

「なんだよ、そんなに驚いた声を出して。みんなが見ているじゃないか」

 売店は、一般対局室の受付のすぐ近くにある。

 愛好家たちの無用な注目を浴びてしまったと、越智は、不愉快そうな目つきでヒカルを睨み、丸い縁が特徴的な眼鏡の傾きを直した。

「それより、その雑誌。今日発売の「GO☆コミュニケーション」だよね」

 越智に尋ねられ、ヒカルは、「えっ? ああ、うん。そうだけど……」と、なぜか、あいまいに返事をした。

「まったく。立ち読みなんかしないでもらいたいね。棋士の品格が問われるし、なにより、他人の手垢のついた本を買わされるほうの身にもなってほしいよ」

 越智は、雑誌の棚に近づくと、手をのばした。

「ちょ、ちょっと待った!」

 反射的に越智を遮り、ヒカルは、一度は棚に戻したはずの雑誌をつかんだ。

「な、なあ越智。おまえ、こんな雑誌、毎月買ってんのか?おまえのことだから、こんなくだらない雑誌、読む価値もないとか言って、鼻で笑いそうじゃん」

「たしかに、低俗なことこの上ないけど、一応、こんなのでも囲碁を扱う雑誌だからね。棋士として、目を通しておくくらいのことは必要だろう?」

 プライドが高く、自分が努力している姿など決して他人には見せない彼だが、その分、真面目でもあるわけだ。

「そんなことより、進藤。買うのか買わないのか、はっきりしてくれよ」

 越智が、イラついた声で尋ねる。

「えーっと……うーん……」

 ヒカルは、手のなかの雑誌に視線を落とした。

 否応なく、巻頭特集を煽る大きな文字が目に飛び込んでくる。


  大好評企画第二弾・日本棋院会館の七不思議に迫る!


(……ほんとに大好評企画なのかよ)

 ヒカルは、先刻立ち読みした記事の内容を、頭に思い浮かべた。



 過日、我々日本棋院会館の怪奇現象を追う特捜班は、極秘潜入調査を試みた。

 調査を継続すること十八日。ある水曜日の午後、ようやくその全貌をボイスレコーダーに収めることに成功した。

   (中略)

 六階の男子トイレの入口に設置したマイクがとらえた念仏のような声と、コツコツと響くラップ音は、およそ三十分ほど続いたのち、突如として途絶えた。

 これは、過去の棋士の怨念なのか。それとも、この地に巣食う魔物の祟りなのだろうか。


 実際、ここ「番町」は怪奇現象に事欠かない土地柄である。四谷怪談を例に挙げるまでもないだろう。

 我々は、すべてを収めたテープの解析を、研究者に依頼した。

 専門家の手によって、真実が解き明かされる日は近い。




(専門家も苦労するな。こんなもん渡されて、どうすんだろ)

 ヒカルは、心の奥底でため息をもらした。

 六階の男子トイレに響く念仏の声とは、言うまでもなく、越智康介そのひとのものである。

 ラップ音と表現された音もまた、越智がトイレの扉を指先で叩いたものである。

 院生当時から有名だった、対局に敗れたときの彼の儀式は、今でも続いているらしい。



「進藤! 僕の話を聞いているのか!」

 イライラとした越智の声に、ヒカルは我に返った。

「か、買うよ! 買うに決まってんだろ」

(こんな記事、越智には見せられないもんな)

 ヒカルは雑誌を手に、レジへ向かおうとした。

 …………が。

「ふうん。それじゃあ、僕は、こっちを買うよ。まだ誰も立ち読みしてないみたいだし」

「へっ?」

 ヒカルは思わず、足をとめて振り返った。

 越智の手には、見紛うことなき「GO☆コミュニケーション」が握られている。

 おなじ雑誌が、もう一冊あったのだ。

 さすが日本棋院会館の売店。

 無駄に品揃えがいい。

「それも、オレが買う!」

 ヒカルは、目にもとまらぬ速さで、越智の手から雑誌を奪い取って、レジへと差し出した。

(くっそー。なんでオレが、こんな雑誌を二冊も買わなきゃならないんだよ。とりあえず、一冊は、塔矢のヤツに売りつけてやるとして……)

 ヒカルは、一人目の犠牲者に、恋人兼ライバルを選んだ。



 ヒカルが選んだもう一人の犠牲者は誰だったのか。

 結局、越智はこの雑誌の記事を読んだのか。

 ――――それは、誰も知らないミステリー。


                                        第2話 完



 2008年6月のイベントで配布した無料本のリサイクルです。

 


 2009年1月6日