七星さまからのリクエスト作品
   勝利の女神 中編






 運動会の勝敗は、紅白それぞれのチームの得点で決まる。

 それは当然なのだが。

 プロ棋士の運動会では、団体競技だろうと、個人競技だろうと、活躍の度合いに応じた得点が、選手個人に与えられることになっている。

 各選手の得点を合計して、紅白のチームの総合得点を比較するのだ。

 団体競技であっても、この方式を採用しているのは、MVPを始め、豪華賞品が懸かっているからだ。

 タイトル棋戦のスポンサーである報道各誌や、さまざまな企業が提供する品物は、文字通り、「豪華賞品」である。

 人気の家電や商品券から、菓子の詰め合わせや食事クーポン券に至るまで、選りすぐりの賞品が、本部テントの前のひな壇を飾っている。

 どの賞品を狙うかは、それぞれの自由だが、今年の一番人気は、何をおいても「進藤ヒカル」だ。

 MVPを獲得して、ヒカルと幸せな家庭を築く権利をモノにしようと、独身・彼女いない歴○年の棋士たちは、傍から見ればバカバカしいほど滑稽に、いや、必死になって競技に挑んでいるのだった。






 午前の部が終わった時点での最多得点者は、和谷義高である。

 彼は現在、同性の棋士とラブラブ状態にあり、ヒカル狙いではない。

 本人曰く「45インチプラズマテレビを賞品にもらって、恋人とホームシアターを楽しみたい」とのこと。

 2位は緒方精次、3位から6位は40代の独身男性棋士だ。

 緒方を始め、2位から6位の者は、みな、首に黄色いネッカチーフを巻いている。

 ヒカル狙いの意志表示である。

 さて、気になる塔矢アキラは…………午前中の競技を終えた時点で、11位と、大きく出遅れている。

 パン食い競走では、自分の髪が邪魔になって、うまくパンに噛みつくことができず、障害物競走では、ネットをくぐる際に、髪の毛が引っかかってしまうというアクシデントに見舞われた。

「このままでは、進藤は、緒方さんと……っ!」

 余裕の表情で紫煙をくゆらせる緒方を睨みつけ、アキラは、秘策を練った。

 そして。

 昼食休憩をはさんで、再び入場門に現れた彼の姿に、観客たちは息を飲むことになる。

 彼のトレードマークともいえるオカッパを封印したその勇姿は、まさに闘志の表れ。

 アキラは、黄色いネッカチーフを、調理実習の三角巾よろしく、頭巾のようにかぶっていたのだ。

 ゼッケンつきのジャージと相まって、見る者の涙を誘う。






「塔矢のヤツ……。あいつまで、こんな遊びにつきあってんのかよ」

 豪華賞品と一緒に、ひな壇に座っていたヒカルは、ぼそりとつぶやいた。

 スパンコールの輝きが眩しい、チアリーダーのコスチュームを身にまとい、応援グッズのポンポンを手に持って。

「……ったく、なにが賞品だよ。こんなつまんねえ冗談に、よくもまあ、あんだけの数の棋士が乗ったよな」

 ヒカルは、自分がMVPの賞品であると聞かされても、まったく本気にしていなかった。

 実際、桑原大会委員長も、「なーに、ほんのお遊びじゃよ。えむぶいぴーの男のほっぺたに、軽く『ちっす』でも、してやりゃあ、それでええんじゃ」と言っていた。

 だが、男たちは本気だった。

 リーグ戦の角番棋士もかくやあらん、みな、いつになく真剣な表情で、競技に臨んでいたのだが、遠く離れた賞品席のヒカルには、その熱い想いは、残念ながら、届いていなかったようである。






 午後の最初の競技は、騎馬戦だ。

 腹ごなしの運動にしては、少々ハードな気もするが、それはさておき。

 アキラは、黄色いネッカチーフ(頭に巻いた時点で、もはやネッカチーフではない)の上から、白いハチマキを締め、馬上の人となった。

 馬を務めるのは、おなじ塔矢門下の兄弟子たちだ。

 体格の有利さから、細身なアキラが、上に乗るという作戦に出たらしい。

 ピストルの音とともに、各馬一斉にスタート。

 ギャラリーの声援のなか、アキラは、果敢に戦った。

「白いハチマキと黄色いネッカチーフは、一心同体だ。ボクのこの熱い情熱、奪えるものなら奪ってみるがいい!」

 左手でハチマキをかばい、右手を鋭く繰り出して、すばやく相手のハチマキを奪っていく。

 その流れるような仕草は、対局で好手を放つときの指先に、どこか似ていた。

「塔矢のヤツ、超マジじゃん。くそー、楽しそうだなあ。オレだって出たかったのに……」

 ヒカルは、的外れな感想をつぶやきながら、手に持っていたポンポンを、もてあそんだ。

「お。やるじゃねーか。ハチマキ、もう3つも取ったぜ。あ、これで4つだ。すげえ、すげえ」

 自分の目が、アキラだけを追っていることに気づかないまま……。






 続いての競技は、棒倒し。

 長さ3メートルの棒を地上に立て、自陣のそれを守ると同時に、相手チームの棒を地に倒すという肉弾戦を、スポーツと呼んでいいのか、いささか疑問だ。

 インドア派を自称する棋士たちが、この手の競技に出たがるはずもなく、出場者を募るために、他の競技よりも配点が高く設定されている。

 男子高校生といえども尻込みするという棒倒しだが、豪華賞品に目がくらんだ棋士たちは、配点の高さに惹かれ、こぞって出場を決心した。

 ……とは言っても、さすがに、男性棋士ばかりだったが。

 各チームの選手たちは、棒を守る者と、相手方の棒を倒しに向かう者とに、役割分担をする作戦を練った。

 自分の地を守り、相手の地に攻め入るというコンセプトは、どこか囲碁に似ている。

 ケガを防ぐために、時計や指輪など一切の装身具をはずし、男たちは裸足で入場門に立った。

 闘志あふれる表情でスタートを待つその胸のうちは、不純な動機でいっぱいだ。

   パーーーーーン☆

 ピストルの音に弾かれたように、一斉に走り出す。

 棒を死守する者と、倒す者。

 紅白のハチマキが、みるみるうちに混ざり合っていく。

 攻守入り乱れるなか、白組のひとりの選手が、団子状態から抜け出し、紅組の陣に向かって、猛スピードで走っていく。

 特攻。

 突撃。

 疾風怒濤。

 決死の表情で、髪を振り乱して走るその姿は、まさに猪突猛進。

「行けーーーっ! 塔矢! そのまま突っ走れーーーーっ!」

 ヒカルは、賞品席で立ちあがり、ポンポンを振り回して叫んだ。

 驚くなかれ、その白組の特攻隊長は、アキラだったのだ。

 アキラに続いて、他の選手たちも中央の団子石(?)を突破して、紅組の陣へと走っていく。

 十数人の紅組の選手が棒を守るなか、アキラは、つかみかからんばかりの勢いで飛び込んだ。

 それは、まさにダイブ。

 地を蹴り、宙を舞い、紅組の選手たちに飛びかかる。

 彼らを踏み台にして、ひたすら前へと進んでいく。

 目指すは高さ3メートルの棒ただひとつ。

 遅れて飛び込んできた他の白組の選手たちと一緒に、目を剥き、歯を食いしばって、紅組の選手たちを押しのける。

 凶暴なおしくらまんじゅう。

 もしくは、張り手と突っ張りとはたきこみの応酬。

 そんななか、アキラの耳に、ヒカルの声が届いた。

「塔矢、行け行けーーーーっ! 押し倒せーーーーっ!」

(おしたおす? オシタオス? 押し倒す〜? いいのかい、進藤vvv)

 アキラの脳裏に、妄想が炸裂する。

 鼻息も荒く、目の前に迫る棒に手をかけ、アキラは、文字通り、一気に押し倒した。

 ひときわ歓声が大きくなるなか、アキラは、地上に横たわる棒にしがみつき、息を整えながら、目を閉じる。

 ……棒ヲ抱キシメル必要ハ、マッタクナインデスケド。

「やったああぁぁぁぁっ!!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ね、ポンポンを振り回すヒカルの姿に気がつくと、アキラは、抱きしめていた棒から、あわてて身を離したのだった。



                                    つづく





 ヘタレアキラさん、がんばってますね。

 リクエストの詳細は、完結後に。



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