七星さまからのリクエスト作品
   勝利の女神 後編






 運動会のフィナーレを飾るのは、もちろんリレーだ。

 紅白各チーム選りすぐりの精鋭が、その俊足を競う…………のではない。

 全員参加。

 精鋭でもなんでもない。

 1周200メートルのトラックを、40秒程度という十人並みな時間をかけて、全員が順々に走るだけのことである。

 ついた呼び名は「雑魚リレー」。

 言い得て妙だ。

 今年の参加選手は、病欠者を除いて総勢342名。

 単純に計算して、171×40=2840秒。

 競技開始から終了まで、およそ2時間かかる。

 なんとも見栄えのしない競技だが、選手の身内にとってみれば絶好の撮影チャンス。

 同時にトラックを走るのは、紅組白組ひとりずつの2名だけ。

 しかも、バトンを持って走る姿というのは、それだけで、「リレーの選手」「真のスプリンター」という付加価値がつく。

 ……もちろん、錯覚だが。

 いい大人の運動会で、写真もビデオもないだろうに。

 それでも、声援を送る家族たちは、撮影スポットでカメラを構える。

 ひとりの選手が走り終わるごとに、すみやかに好適場所を譲って、カメラを手にした人々が入れ替わっていく様子は、とてもスムーズだ。

 それこそバトンの受け渡しのようである。

 毎年のことに、要領を掴んでいるのだろう。

 たかが雑魚リレー。

 されど雑魚リレーなのだ。

 最初の走者がスタートしてから、アンカーの出番が来るまで、およそ2時間。

 自分の番になるまで、どこで何をしていても自由だ。

 家族と団欒する者や、棋士同士で目隠し碁をする者が多いが、近年は、メールや携帯ゲームに勤しむ者も増えてきている。

 なかには、近くのパチンコ屋に繰り出すツワモノもいる。



 さて。

 すでに白組のチアリーダーと化しているヒカルは、ひとりで応援「団」になりきっていた。

 名も知らぬ中年棋士であっても、白いハチマキをしているだけで、知らず、応援の対象として見てしまう。

「しーろーぐーみーーーーっ! がんばれーーーーーっ!」

 本部テント前の賞品席で応援しているのはヒカルだけだが、場内は、大観衆の応援で、湧きに湧いている。

 2時間にわたって大声援を送り続ける観客のバイタリティにも驚かされるが、その割れんばかりの歓声のおかげで、ヒカルが白組だけを応援していても、目立たずにいられるというわけだ。

 開始から1時間14分が経過した。

 171名中112番目という中途半端なところで、アキラの出番がまわってきた。

 走者順は、くじびきで決められるのだ。

 くじ運すら中途半端で、涙を誘われるが、それはさておき。

 バトンを受け取ったアキラは、直線コースを一気に加速した。

「塔矢ーーーーっ! 行けーーーーーーっ!」

 大歓声のなかにヒカルの声を聞き分けて、それを糧に、猛然と走り続ける。

 30メートルほど先を走る、紅組の選手を追い越そうと、さらに加速を続ける。

 少しずつ距離が詰まっていく。

 じわじわと追いついていくその様子に、応援の声は、ますます高くなる。

 一応ことわっておくが、アキラは、決して俊足の持ち主ではない。

 前を走る紅組の棋士が、鈍足すぎるわけでもない。

 速さに少しの違いがあるだけの話だ。

 だが、その違いあってこそ、追いつかれる側と、追い越す側が存在するのだ。

 これが、リレーを盛り上げる最大の要因である。

 アインシュタイン先生も、びっくりだろう。

 さて、本題に戻るが。

 紅組の選手がリードを守るか、それとも白組のアキラがそれを抜くか。

 前述の通り、速さは地味ながらも、緊迫した状況が続いている。

 あと数メートルで追いつくというところで、最終コーナーにさしかかり、アキラは、カーブの内側へと身体を傾けた。

 遠心力とバランスを取り、なるべく小さくコーナーをまわるための当然の工夫だが、物には限度がある。

 無駄に身体を傾け過ぎた結果…………。

   ずざざざっ!

 大歓声すらもかき消すかのような、景気よい音とともに、アキラは豪快に倒れ込んだ。

 長袖のジャージを着ていたため、擦り傷ひとつなかったが、頭をあげて前を見れば、先を行く紅組の選手との距離は、あっという間に開いてしまっていた。

 紅組は、すでに、次の選手にバトンを渡す段階へと進んでいる。

 力なく、がっくりと肩を落とすアキラに檄が飛ぶ。

「こらーーーーーっ! 何やってんだ、バカ塔矢ーーーーっ!」

 最愛のヒカルに、格好悪いところを見られてしまったと、アキラはシュンと頭をたれる。

「いつまで座ってやがんだ、このバカ塔矢! さっさと立て! 立って走れ!」

 割れんばかりの大歓声のなかでも、アキラの耳は、ヒカルの声を選択して拾う。

「コケたからって、途中で投げ出すんじゃねーよ! まだ中盤じゃねーか! 投了には早過ぎるだろーが!」

 あまり一般的なたとえではないが、そこは棋士同士。

 アキラは112番目の走者だ、まだ勝負の行方はわからない。

「進藤! キミの言う通りだ! キミの言葉で目が覚めたよ。キミが走れと言うなら、キミがあきらめるなと言うなら、キミがMVPを取れと言うなら、キミがボクと幸せな家庭を築きたいと言うなら、ボクは光よりも速く走ってみせる!」

 拡大解釈というか誇大妄想というか。

 とにかく、アキラは立ち上がり、そこそこなスピードで再び走り始めたのだった。



 リレーの結果は、意外なことに、白組の圧勝だった。

 アキラの順番がまわってくる前に、白組は、すでに3周近くリードしていたのだ。

 まったくまぎらわしい。








 すべての競技が終わり、表彰式が始まった。

 開会式同様、選手全員が整列したなか、大会委員長の桑原が、各チームの得点を発表した。

 勝ったのは白組。

 配点の高い棒倒しを征したことに加えて、リレーの勝利がダメ押しとなったのだ。

 そして、気になるMVPの行方は。

「……ぃやったああああぁぁっ!」

 高々と右手を揚げて、全身で喜びを表現したのは、和谷だった。

 アキラはといえば、和谷にわずか8点及ばず、本部テントの長机に両手をついて、がっくりとうなだれている。

 長机の上の『運動会のしおり』という小冊子のページが、風に吹かれてパラパラとめくられているのを、見るともなしに、ぼんやりと目に映しながら。

 一方、和谷は、当然のごとく喜色満面。

「これで、プラズマテレビは俺たちの物だぜvvv いす……」

 だが、誰かの名前をつぶやこうとしたところで、桑原が、「何を勘違いしておる」と、首を横に振った。

 成績優秀者から順に、賞品を選ぶ権利があるが、今年は、少し仕組みが違うと言うのだ。

 つまり。

 MVPの賞品は、あくまでもヒカル。

 2位以下の者が、順番に賞品を選んでいくというシステムなのだ。

「そんなああぁぁぁ……」

「おい、じーさん、本気かよ!」

 和谷とヒカルの声が重なり、ヒカル狙いの棋士たちの、恨めしげな視線が、和谷に集まる。

「さあ、嬢ちゃん。祝福の『ちっす』じゃ」

 桑原の声とともに、お祭り好きな女流棋士たちが、和谷とヒカルの身柄を確保して、本部テントの前に連れてきた。

 互いの顔を見て、唇を引き結ぶふたり。

 黄色いネッカチーフをしていない一般の棋士や家族たちのあいだからは、すでにキッスコールが始まっていた。

    キッスv キッスv

      キッス♪ キッス♪

        キッス! キッス!

 キスという字のあいだに、小さい「ッ」を入れると、急にレトロな雰囲気になるのは何故だろう。

 まあ、それは置いておくとして。








「ちょっと待った!!!」

 本部テントから、飛び出してきたのは、他ならぬアキラだった。

 手には、『運動会のしおり』をつかんでいる。

「ここ! ここを見てください!」

 アキラは、小冊子をひらき、一点を指し示した。

 桑原を先頭に、大会委員たちが「なんだなんだ」と、集まってくる。

「なになに…………努力点? 転倒しても起き上がって走り続けるなど、粘り強い不屈の精神で競技に臨んだ者には、努力点として10点を与える……?」

 その文章を示すアキラの指先が、キラリと輝いているのは気のせいだろうか。

 起死回生の妙手。

 まさに神の一手。

 ……つーか、駄目詰まりで手入れを強要した程度だな。



 かくして、アキラは10点を獲得し、和谷を抜いてMVPを獲得した。

 和谷は、念願のプラズマテレビをゲットして、万々歳だ。

 再び「キッスコール」が始まるなか、アキラは、ヒカルの両手を取った。

「進藤、キミのおかげだよ。キミが応援してくれたから、ボクは最後まであきらめずに走り続けることができたんだ」

 今までのヘタレっぷりを払拭するかのように、アキラは、ヒカルの目をじっと見つめて言った。

 対するヒカルはというと。

 やや腰を引きぎみで、唇をさざなみのように波立たせているものの、上目遣いにアキラを見つめ返すその目元は、ほんのりと赤く染まっていて、まんざらでもない様子だ。

「ありがとう、進藤。キミはボクの勝利の女神だよ」

「……くっせえセリフ」

 嫌味を言うのは忘れなかったけれども、にっこりと微笑むアキラの頬に、ヒカルは、ちゅっと、祝福のキスをしたのだった。


 
 




 その後の話だが。

 MVPの賞品は、ヒカルからのキスだけで、結婚だの幸せな家庭だのといったオプションは、単なる冗談だったことを知らされたとき、アキラのおかっぱは、重力に逆らって天井を向いたと伝えられている。

 つややかな黒髪が、一瞬にして真っ白になったとも聞く。

 詳細については、東京市ヶ谷の日本棋院会館に保存されている棋士会の最新資料(2006年度版)を参照していただきたい。






                                    おしまい





 七星さまからのリクエスト内容は、以下の通りでした。

・ヒカル女の子
・運動会(門下対抗とか)
・なぜか商品はヒカル →ヒカルを巡って繰り広げられる争奪戦


 門下対抗にするには、人数に偏りがあったので、全員参加にしちゃいました。

アキラとヒカルは片想いでも両思いでもどちらでも構いません。
途中、どんなにアキラさんがへたれでも平気ですが、私はアキラさん好きなので
最後はヒカルから「ほっぺにちゅう」とかあると嬉しいです。


 ほっぺにちゅう☆
 しましたけど、こんな感じでいいっスか? ドキドキドキ……。

こんなリクエストで萌えがあるのかどうかわかりませんが、のんびり待ってますので
ゆっくり書いてください。


 萌えはすべからく……いやいや、小難しいことはなしにして。
 ギャグと捏造が大好物ですので、書いていて、とってもノリノリでした♪←ギャグなんて、リクエストのどこにも書いてない
 お言葉に甘えまくった結果、ゆっくりペースの更新になってしまい、たいへん恐縮です。




 2006年5月23日


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