015. 振り子(1)
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015.
 振り子(1)


 師走に入ってすぐの木曜日のこと。

 打ちかけのブザーが鳴ると、たくさんの棋士たちが、わらわらと階段をのぼってきた。

「ううう。さみー…。……わやぁ。なんか、今日、店屋物の人、多くねー?」

「ああ。今日あたり、だいぶ冷え込んでるからな。外に出るのがイヤなんじゃねーの? 俺たちと一緒だな。それに、朝のニュースじゃ初雪が降るかも…って、言ってたぜ」

「雪!? マジかよ! すげーなー!」

 木曜日の対局にも慣れてきた和谷義高三段は、同期同門のヒカルと軽口をたたきあいながら、7階の棋士控え室へと向かった。

 今日の昼食は、ふたりとも店屋物だ。

 和谷はカツ丼。

 ヒカルは親子丼だ。

 おなじ階に女性棋士専用の控え室もあるが、ヒカルはいつも、なかよしの棋士たちと一緒に広い控え室で食事をするのだ。

  少し遅れて、越智康介二段が弁当箱を持ってやってきた。

戦況がかんばしくないのか、トイレに閉じこもっていたらしい。

その弁当箱の中身をちらちらと気にしながら、店屋物の牛丼と鳥カツ弁当をかかえた倉田厚六段も、控え室へと入ってくる。

そのあと、ヒカルたちとおなじ森下門下の冴木光二四段と、彼に一方的になついているようすの芦原四段も、コンビニのレジ袋を手にさげてやってきた。

大手合の廃止に伴い、棋戦の予選が主な対局となったため、高段者と低段者の区別なく手合いが行われる日も出始めているのを、如実にあらわす光景である。

 親しい者同士でかたまって、和気あいあいと食事を楽しんでいるなか、部屋のすみで、座敷わらしのように座り込んで、じーっと動かない者がいる。

 言わずと知れた、塔矢アキラである。

 対局中はいつも昼食をとらないというポリシーを固く守る彼は、控え室のすみで、最愛の少女をじっと見つめていたのだ。

(今日の進藤のお昼は親子丼か…。にわとりとたまご。そこに、ひよこのように愛らしい進藤vが加わったら、三世代だな…。……あ、紅しょうがを残してる。食いしん坊の進藤vvにも、嫌いなものがあるんだ。へえ…)

 正しくは二世代です、若先生。

 ひよこは、まだこどもです。



 食事が済んだのか、ヒカルたちは昨夜のテレビ番組の話題で盛り上がっていた。

「あんなのヤラセに決まってるよ。なあ冴木くん」

「ああ。芦原さんの言う通りだよ、和谷」

「そんなことないって。世の中には、未知なる不可解な現象が数多く存在するって、テレビでも言ってたじゃんか」

 どうやら、超能力に関する番組についてのコメントらしい。

「それって、一部の目立ちたがりが好き勝手に主張しているだけだろ? こどもだな、和谷は」

 自分より年下の越智にこども扱いされて、和谷はムキになった。

「よーし。こうなったら、俺が証明してやる」

 和谷はそう言うと、財布の中から50円玉を取り出し、その財布につけていたチェーンをはずして、50円玉の穴に通した。

 番組のなかで、スタジオの観客を相手に行っていた催眠術を真似ようというのだ。

「おいおい。素人がそんなことして、大丈夫なのかい?」

「あれはヤラセなんでしょ、芦原さん。だったら、どうってことないじゃないっスか」
「いやいや。催眠療法っていうのがあるくらいだから、これに関しては一方的にヤラセとばかりは…」
 途端に逃げ腰になった芦原の言葉をさえぎり、和谷は、チェーンを持った手を、目の前に突き出した。

「いいから、いいから。……はい、そこに座って、この
50円玉をよく見ててくださいよ…」
「ちょ…ちょっと待った。……あ。おーい、アキラ〜っ!」

 芦原は部屋のすみにちょこんと座っていたアキラを見つけると、身代わりに据えようと手招きをした。

(進藤たち、ずいぶん楽しそうだな。これからは、ボクもお昼を食べることにしようかな。……あれ? 芦原さんが呼んでる。なんだろう)

 ヒカルのそばへ行ける絶好の機会を逃すアキラではない。

 すっと立ちあがり、芦原の隣りにすわる。

 それは、ヒカルの隣りでもあったのだ。



「なあ、塔矢。昨日、テレビでやってたコレ、見た?」

 ヒカルが、和谷の手の先にぶらさがる50円玉を指さしてたずねる。

「え? テレビ? 7時のニュースなら見たけど、小銭の話は出てこなかったと思うよ」

 ゴールデンタイムにニュースを見る青少年は、かなりの稀少動物だ。

「ちょうどいいじゃねーか。あの番組を見てない塔矢がかかったら、これがヤラセじゃないって、証明できるな」

 和谷は、やる気満々で、アキラの前に50円玉をぶらさげた。

「いいか、塔矢。この50円玉から目をそらさずに、じーーーーっと見てるんだぞ。いいな?」

「ああ。わかった」

 和谷は、チェーンの端を持って、50円玉を振り子のように揺らし始めた。

 アキラの黒水晶のような瞳が、それを追って左右に動くのを、ヒカルは楽しそうにじっと見つめる。

「あなたはだんだん眠くなーる…」

 番組に出ていた超能力者の言葉遣いを真似て、和谷がアキラに声をかける。

「ほーら、だんだん腕が重くなってきた…。あなたはもう、眠くて目をあけていられない…」

 和谷の言葉に従って、いつもは鋭いはずのアキラの目つきが、次第にとろんとしてきた。

 そして、とうとう上下のまぶたは、しっかりと閉じられてしまったのだ。

「おい…。マジかよ…」

「ふん。バカ正直に50円玉を見続けて、目が疲れただけじゃないの?」

 冴木と越智が、それぞれに感想をもらすなか、倉田が先を促した。

「それで? 塔矢に何をさせるんだよ。犬の鳴き声か? 三遍まわってワンか?」

 和谷は、ちっちっち…と、舌を鳴らした。

「甘いっスよ、倉田さん。いつもすました塔矢のヤツが、本当は何を考えてるのか聞き出す、いいチャンスじゃないっスか」



 アキラが考えていること。

 それは、ヒカルと碁のことばかりだ。

 だが、そのことを知っている緒方も伊角も、ここにはいない。

 なんとなく「アキラ→ヒカル」という気の流れを感じているのは、ほぼ全員だったが。

「いいぞ、いいぞ。聞いてみろ、和谷」

 冴木に促され、和谷は口をひらいた。

「塔矢アキラ…。今、あなたの頭のなかに浮かんでいるのは何ですか…」

「……アテを利かせてからキリか、それとも、手抜きして中央の連絡を確実にしておくか…」

 ぼそぼそとつぶやかれるその言葉の内容は、打ちかけた盤面の次の一手らしい。

「アキラらしいというか、なんというか」

「つまんねーヤツだな。なあ、他のことも聞いてみろよ」

 芦原と倉田が感想をもらす。

 和谷は、にやりと笑うと「あなたには今、好きな人がいますか…?」と、問いかけた。
 興味津々で耳をそばだてる面々の前で、アキラは静かに答えた。

「……はい…」

「「「「おおおおぉぉぉぉ〜♪」」」」
「しっ! 静かに! 途中で催眠状態からとけると、ヤバいんだから」
 和谷はテレビ番組の受け売りで、周囲を牽制した。

 当然のごとく繰り出されるであろう次の質問を、ギャラリーは身を乗り出して待った。
 和谷は、したり顔でうなづくと、周囲の期待を裏切ることなく、次なる質問を投げかけた。

「あなたの好きな人……それは誰ですか…???」




    <コメント>

 管理人がテレビ番組に精通していたのは、今をさかのぼること15年ほど前まで。

 超能力とか霊感とか、そういう2時間特番が多かったように記憶しています。

 画面の下のほうには、必ず、「マネしちゃダメだぞ〜」という主旨の注意書きがありましたねえ。

 このような駄文の悪影響を受けて、たとえみなさまの脳みそが破壊されたとしても、絶対に、「マネしちゃダメだぞ〜」。←ほんとにダメですからねv