015. 振り子(2)
「まずいよ、和谷くん。そんなこときいちゃダメだよ。よくないよ」
芦原だけは兄弟子らしくアキラをかばうが、その小さな正義は、多数派の振りかざす知る権利の前に、もろくも破れ去った。
全員が固唾を飲んで見守るなか、アキラは静かに答えた。
「……愚問…」
恐るべし、塔矢アキラ。
どう反応したらよいのか困り果て、和谷は、昨夜の番組で、超能力者が聞いていたのとおなじ質問をしてみた。
「今、あなたの前には何が見えますか…?」
昨日の被験者は「昔飼っていたインコ」と答えていたのだが。
「……金色の鎖…。ピンク色の宝石…。誰にも秘密の場所に…」
アキラは頬を紅潮させたかと思うと、少し悲しそうに眉根を寄せた。
「もしかして、財宝のありかとか!?」
「聞き出せ!和谷!」
さっきまでアキラをかばっていたはずの芦原は目を輝かせ、倉田に至っては冴木の頭を押しのけて身を乗り出している。
「それはどこにあるんだ!?」
似非超能力者の口調も忘れ、和谷は問いただした。
「……ボクの部屋の…クロゼットのなか…」
「「「「「はあ?」」」」」
チェーンに通されて揺れる50円玉から、アキラが何を想像したのかは推して知るべし。
だが、全知全能の存在ならぬ彼らが、それを知る由もなかった。
「手を叩く音と同時に、あなたは目が覚める…」
和谷は、そう言って、自分の両手をパンっと打った。
途端に、パチリとアキラは目をあけた。
「あれ? ボクはいったい…」
アキラには、催眠術にかかっていた自覚がないようだ。
ころん
アキラの右腕に、軽い重みが伝わった。
「??? ……し、進藤!?」
すっかり熟睡したようすのヒカルが、アキラにもたれかかってきたのだ。
「こいつ、やけにおとなしいと思ったら、寝てやがったのか」
和谷は、呆れたようにため息をついた。
「進藤は、塔矢の目が左右に動くのを、ずっと見ていたからね。根が単純だから、間接的にでも催眠術にかかるんじゃないの?」
越智はそう言って立ちあがると、さっさと部屋を出ていった。
そろそろ休憩時間は終わりだ。
「おい、進藤。起きろ。進藤ってば!」
和谷が声をかけても、ヒカルはくーくーと幸せそうな寝息をたてたまま、目を覚まさない。
「進藤。起きて。もう行かないと」
自分の腕にもたれかかって眠るヒカルを、ずっとこのまま起こしたくない気持ちと戦いながら、アキラはヒカルの身体を揺すった。
ずるずる……
「うわ…っと」
揺すられてバランスをくずし、倒れそうになるヒカルを、アキラはあわてて抱きとめた。
やわらかく、あたたかいヒカルの抱きごこちに、アキラはうっとりと目を細める。
(対局は投げてしてしまおうか…)
危険な誘惑がアキラを襲う。
だが、そんなわけにもいかない。
「どうする…?」
他の棋士たちは、すでに対局場へ向かっており、控え室は人も少なくなっていた。
「塔矢の目を見ていて催眠術にかかったんだから、塔矢になら起こせるんじゃないか?」
「でも、進藤くん、完全に寝ちゃってますよ。声も聞こえてないみたいだし。ほんとに催眠術にかかってるのかなあ」
倉田の思いつきを、芦原が否定する。
「だったら、アレだよ。眠ってるお姫さまを起こすには…」
冴木がアキラを見て、にんまりと笑う。
「え…」
(こんなところでファーストキスなんて、そんなのダメだ! 夕陽の差し込む放課後の教室…は、もう無理だけど、それに準じたシチュエーションでなければ…! ……でも、眠れる森のヒカル姫vを起こすのは、王子の口づけ…)
アキラの心のなかに葛藤が起こっているあいだにも、倉田や芦原がけしかける。
「ほら、囲碁界のプリンス。さっさとキスしろ」
「アキラ〜。この際だし、ヤっちゃえよ」
アキラは、ヒカルの顔をのぞき込んだ。
(本当に催眠術にかかっているのかな。なんだか、単に眠っているだけみたいだけど…)
肌理のこまかい頬。
少し上向きの長い睫毛。
そして。
苺色のつややかな唇。
アキラは吸い込まれるように、顔を近づけた。
「……う…ん。……ん?」
ヒカルのまぶたが軽く震えたかと思うと、次の瞬間には、ぱちりと大きく見開かれていた。
アキラは驚いて飛びのこうとしたが、腕のなかにヒカルを抱きかかえているため、そうもいかない。
「んあ? オレ、寝てた?」
「……あれを覚醒している状態だと判断する人がいたら、ぜひ、お目にかかりたいものだよ」
アキラは、バクバクと自己主張する心臓を必死でなだめすかしながら、なるべく冷静な口調で言い放った。
「かああぁぁぁっ! もったいねーことした。おまえが催眠術にかかるかどうか、すっげー楽しみだったのに」
ヒカルは心の底から悔しそうに口をとがらせると、アキラの腕のなかから抜け出し、立ちあがってのびをした。
「おあいにくさま。期待にそえず残念だけど、何も起こらなかったよ。……さあ、もう時間だ。行こうか」
アキラはヒカルを先導するように、すたすたと歩いていった。
あとに残された和谷たちは、(全然おぼえてないのか…?)と、その後ろ姿を呆然と見送ったのだった。
アキラの後ろを歩きながら、ヒカルは、きしし…と笑っていた。
(余裕そうに言ってたけど、こいつの心臓、バクバクいってやがったな。オレが起きなかったら、午後の対局どーしようって、マジでビビってたんだろーな。そのへんに転がしといて、さっさと対局場に戻ればいいのに)
アキラの心臓の音は届いても、心情はまったく届かなかったようである。
<コメント>
アキラさんがヒカルの誕生日に買ったのは、9月の誕生石のついたアレです。
あの宝石には、いろんな色があるみたいですね。
100題連載では、和谷くん初登場。いきなり催眠術を披露です。
みなさんはマネしちゃいけませんよ〜♪

