026. 朝焼け(3)
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026. 朝焼け(3)




「進藤。ボクは、キミが好きだ」
「え……///」

   ちゃぷん……

 思いがけないアキラの言葉に、ヒカルは、ぶくぶくと湯のなかに顔を沈めてしまった。

 以前、深夜のバス停で、それらしい展開になったこともあったが、セリフの直球さ加減はそのときの比ではない。
 ほぼすべての思考をストップさせて、ヒカルは湯のなかに沈んでいった。

「し、進藤!?」
 あわてて駆け寄ったアキラが、ヒカルを引っ張りあげる。
 だが。
「いたたたた……っ!」
 腰に無理な力がかかったらしく、今度は、アキラが湯のなかに沈みかける。

「うわっ、塔矢! だいじょぶか!?」
 我に返ったヒカルは、湯から顔をあげ、アキラの腕を引っぱった。
「なんとか……」
 アキラは、ぺったりと顔に貼りつく髪を振るう。

 ふたりの視線が交差した。

 気がつけば、ふたりの距離は、ほぼゼロに等しい。
 至近距離で見つめあうという状況に、ヒカルの胸は高鳴った。

「進藤……」
 ふいに名前を呼ばれて、さらに動悸が激しくなる。

(もしかして、き、きききき、キスされちゃうとか?????)

   ドキドキドキ……

 あわてて目をつぶったヒカルの耳に、アキラが、ささやくように問いかける。







「進藤……。返事を聞かせてもらえるかな……」

「…………へ?」
 ヒカルが、ぱちりと目をあけると、そこには、まるで対局中のように真剣なアキラの顔があった。

 ほっとしたような、がっかりしたような。

(また、ぬかドキドキかよ。勘弁してくれよな、もう……)
 ヒカルは、ふうっと息を吐いた。
 そこで、ふと、肝心なことに思い至る。

(へ、返事って…………塔矢に告られたことに対しての返事か!?)

 ちらりとアキラのほうをうかがえば、思いつめたような、心細そうな、頼りない目でヒカルを見つめている。

(いつだったかの恨みがましい視線といい、今のこの頼りなさげな視線といい……。こいつって、ほんと、ロクな目つきしてねえよな)
 ヒカルは、突然のことに、考えをまとめることができず、いつしかアキラの表情の分析を始めていた。
(まあ、こいつに恨めしそうに見られるのがイヤで、ピアスの穴あけたんだし。こんな情けないツラ、見たくもないし……)

 黙ったまま答えないヒカルに、アキラはあわてて言葉をつけ加えた。

「ごめん、答えを急かしたりして。ボクがキミを好きなことは、さっき伝えたとおりだ。キミがボクのことをどう思っているのか……少し考えてみてほしいんだ。そして……いつか答えが出たら、返事を聞かせてほしい」

「お、おう」
 今度は、すぐに答えることができた。

 ヒカルが首を縦に振ったのを見届けると、アキラは嬉しそうに微笑んだ。

(昨日の冷たい目とは大違いだな。オレ、こっちの塔矢のほうが好きだ……)

 昨日のような鬱々とした気分は、もうたくさんだと、ヒカルは思った。
 今のように、笑っている顔を、もっと見たいと思った。

(これって、オレも塔矢のことが好きってことなのかな)

 以前、水明館のユニットバスでは答えの出なかった問いに、今ならば答えが出せそうな気がした。

 朝焼けに際立つ、アキラの整った顔を見て、自分の胸がときめいたように感じたのを、ヒカルは、もはや気のせいだとは思わなかった。

 胸が締めつけられるような気持ちが、アキラの誕生日の前日に、デパートで感じたのとおなじであることを、ヒカルは確信した。

 昨日の冷ややかな視線にショックを受けたのも。
 さっき、キスされるのかと思ったのに、勘違いでがっかりしたのも。
 理由はひとつだ。

(やっぱ、心臓病じゃなかったんだ)
 
 答えは、もう出ていた。









 ヒカルがアキラに話しかけようとしたところで、アキラがくるりとうしろを向いた。
「それじゃあ、ボクは先にあがらせてもらうよ」

「あ、ちょ、ちょっと……」
 ためらいがちなヒカルの声は、アキラには届かなかったようだ。

 男湯に続く洞窟風呂へと消えていく後ろ姿を見送りながら、ヒカルは、「時間があいたら、返事しにくいっつーの」と、つぶやいた。

 それでも、なんだか嬉しいようなくすぐったいような、明るく楽しい気持ちで、胸がいっぱいになる。

「オレって今、もしかすると、恋するオトメだったりして? ……なーんてな、あはは」

 自分を茶化すように言ってみたが、そんなふうに表面上で笑いを取ろうとしなくても、内側からこみあげてくる喜びで、自然と頬がゆるんでしまう。

 ここが露天風呂でなかったら、走りまわって、飛び跳ねたいところだ。

(うひょほーい♪ オレ、恋に落ちちゃったぜーっ!)

 朝日に向かって仁王立ちして、大声で叫びたい衝動を抑えるのに、並々ならぬ苦労をするヒカルだった。




 
    <コメント>

 甚だ中途半端ではありますが、第2部はここまでです。
 テーマは、第1部よりも少しだけ大人になったアキラさんとヒカちゃんの「恋愛事始」でした。

 ずいぶん懐かしいエピソードも出てきたようですが、作中では、ほんの3ヶ月ほど前の話なんですね。←他人事かよ

 このあと、100題の更新は、しばらくお休みします。

 第3部は、ヒカちゃんがアキラさんにお返事するまでのドタバタ編になる予定です。

 当面は、キリリク&エセ中華モノ(これもキリリク)を中心に更新していきます。
 100題の再開までのあいだ、そちらをお楽しみいただけましたら幸いです。