くつみがきさまからのリクエスト作品
THE・ペア碁 −お色気美女にご用心!−(後編)
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対局前には、取材がある。 おもに、碁関係の新聞や雑誌の記者が、対局者に意気込みを尋ねるという、極めて形式的なものなのだ。 本番の衣装に着替えた四人は、対局場の扉の前で、カメラのフラッシュを浴びていた。 ここで気になるのは、カトリーヌの衣装。 アキラの衣装から、すでにご想像いただけたと思うが、カトリーヌの衣装も、ショッキングピンクと金色の派手派手コスチュームだ。 アキラの上着と同様に、金糸で刺繍が施されたビスチェに、ピンクのシフォンのミニスカート。 10cmのピンヒールが、その脚線美を引き立てる。 ポニーテールにした金髪の後れ毛が首筋にかかって、なんとも色っぽい。 西洋人らしいダイナマイトバディを、惜しみなくさらけ出す、悩殺的な姿だ。 年齢は25歳。 ペア碁の国際大会で優勝する実力派アマチュア棋士だけあって、色気とともに、どことなく知的な雰囲気をかもしだす顔つきの美女である。 オトナの魅力満載で、嬉しそうにアキラの腕に手をからませるカトリーヌ。 困ったように視線を泳がせるアキラ。 ニヤニヤと口角をあげる緒方。 そして、仏頂面でブーケを持つヒカル。 対局前のピリピリした雰囲気とは明らかに異なる、奇妙な空気が漂う。 目には見えないその空気を、敢えて描写するならば、彩度・明度ともに低い色をしたゲル状の雲……といったところだろうか。 カメラマンがシャッターを切る音だけが響き、記者たちは誰も、言葉を発することができないでいる。 そんななか。 「ほおおお。これは、進藤女流本因坊。見事なウェディングドレス姿ですねえ。緒方二冠と、とてもお似合いですよー」 空気の読めない男がひとり。 やわらかめの囲碁雑誌「碁☆コミュニケーション」の記者だ。 「まるで、ホンモノの新郎新婦のようじゃないですか。前に取材させてもらったとき、男の子と間違えてしまったなんて、ほんと、自分の目は節穴ですわ。いやあ、これは、いいものを見せてもらったなあ」 ピキっ アキラの額に、なにやらヒビの入るような音がした。 「塔矢天元も、役得ですなあ。こんな金髪美人となかよく腕を組んで……。これが縁で、長距離恋愛、いやいや国際結婚の可能性もありますねえ」 メリっ 今度は、ヒカルの手のなかのブーケから、なにかが折れるような音がする。 そして、記者の無邪気な毒吐きは、さらに続く。 「ペア碁なんていうつまらない名前じゃなく、『アツアツv カップル対局』とか、『熱愛! 恋人たちの戦い』とかのほうが、ぴったりなのになあ……」 ピシピシっ メキメキ…… カメラの前だということで、アキラとヒカルはプロ根性を最大限に発揮して、なんとか笑顔を持続させる。 緒方は、「くっくっく」と、上機嫌だ。 時折、カトリーヌの首の下あたりに目線が行くのが気になるが。 ただ、言葉のわからないカトリーヌだけが、にこにこと愛想を振りまいていた。 『こんなかわいい男の子とペアが組めるなんて最高だわ。若いエキスを補充させてもらいましょ。対局相手もクールな感じの大人のオトコだしv ああ、目の保養だわ〜♪ お寿司を食べ過ぎて、おなかを壊した弟に大感謝ねvvv』 母国語でつぶやかれた言葉を理解した者は、あいにく、ひとりもいなかったのだった。 対局場へのドアをくぐる四人の姿は、まさに二組の新郎新婦。 ヒカルと緒方は、「お待たせいたしました、新郎新婦入場です」の声に沸き立つ、披露宴のオープニングそのもの。 アキラとカトリーヌは、「装いも新たに、ここからは、お熱いふたりによる楽しいショーの始まりです」なんていう司会者のノリノリな声が聞こえてきそうな、ちょっと奇抜なお色直しスタイル。 いずれも甲乙つけがたい華やかさなのだが、観客やスタッフの視線は、カトリーヌに釘付けになった。 ウェディングドレス姿のヒカルは、確かにかわいい。 大きなパフスリーブや、ふんわりとひろがったトレーンが、ヒカルの華奢な身体を、さらに愛らしく見せていて、普段のガサツさはどこへやら、清楚な初々しさが漂っている。 だが、囲碁関係者というものは、女性よりも男性のほうが圧倒的に多い。 過度な露出を控えた正統派のウェディングドレスよりも、露出度が高くお色気たっぷりなビスチェ&ミニスカートに軍配があがるのも、無理からぬ話だ。 実際、ヒカルをエスコートする緒方も、カトリーヌの胸元やふともものあたりをチラ見しては、鼻の下をのばしている。 アダルトな色気と知的な表情。 まさに、緒方のストライクゾーンのどまんなかだ。 だが、今は、カトリーヌにいちゃいちゃとからまれるアキラに、羨望のまなざしを送るしかない。 そのアキラは、というと。 最初の頃こそ、恥ずかしそう苦笑していたが、これも西洋の流儀だと割り切ったのか、堂々とカトリーヌをエスコートしている。 必要以上に身体をすり寄せられては、腕に柔らかな感触を感じて、にへらと顔をほころばせる場面も垣間見られた。 これはもう、鼻の下をのばすどころか、鼻毛まで抜かれてしまいそうな状態だ。 男たちがカトリーヌの色香に惑わされているなか、ただヒカルだけは、怒髪天を突く勢いでアキラを睨みつけていたのだった。 アマチュア対プロのペア碁とあって、手合いは四子局で行われた。 星に二子・小目に二子の変則置き碁だ。 本来なら、カトリーヌの組は、ふたりともアマチュアだったはずなのだが、カトリーヌの弟が急病で欠場したため、代わりにアキラが出場している。 四子局のルールに変更がないのだから、当然、アマチュア組が有利……と思いきや。 まるで鬼神に導かれたかのようなヒカルの妙手の連続に、早々と、プロ組の中押し勝ちが決まった。 ヒカルの手を、瞬時に理解する緒方の力によるところも大きかっただろう。 対局後には、対局者自身が、大盤の前でちょっとした解説をするのが通例だ。 今回のように、テレビの生放送枠が、大幅にあまってしまった際には、長丁場になることも少なくない。 とくに、今日は解説係だったはずのアキラが対局する側にまわってしまい、その場に居合わせた低段の年配棋士がおざなりに解説していたこともあって、ずいぶんと細かく説明する必要があった。 テレビを見ている視聴者にわかりやすく。 丁寧かつ紳士的に。 ……間違っても、核ミサイル乱れ撃ちなんてことにはならないように。 だが、持ち前のプロ根性は、対局前の取材で使い果たしてしまっている。 と、なると。 「十分に戦えるって! ここでスベる手を見落とすようじゃ、おまえもまだまだだな!」 「そんな手はない! こうツケられたらどうするんだ! ハネるのか、ノビるのか? それとも、お得意の手抜きか? それで過去に28回は痛い目を見てるだろう?」 「28回なんて、いい加減なこと言うんじゃねえよ! それを言うなら、おまえだってヘタにツケて、どうしようもなくなったことが50回以上あるじゃねえか!」 「でたらめを言うな! せいぜい5回がいいところだろう! キミが無謀にハネて自滅した回数よりは、はるかに少ないね」 こうなると、誰も口をはさめない。 ちなみに、これらの会話は、全国へ生中継で放送されている。 「へっ! 緻密に手数を数えときながら、攻め合いで一手負け…ってのが得意な塔矢若先生に言われたくないね。先月だけで4回はあったな」 「先月のことを言うなら、キミがデートに遅刻した回数、何回だったと思う?」 「2回か3回だろ?」 「8回だ!」 改めて言うが、これらの会話は、全国へ生中継で放送されている。 「それを言うなら、おまえだって、今日、カトリーヌさんを見て何回鼻の下のばしやがったと思ってんだ!」 ドキっ 空耳だろうか、今、何か音がしたようだ。 発信源は、アキラの心臓のあたり……というのは気のせいだろうか。 「は、鼻の下なんかのばしてない!」 「嘘つけ! それどころか、鼻毛まで抜かれそうだったじゃんか!」 「そんなことは断じてない!」 「ある!」 「ない!」 「ある! とぼけんのもいい加減にしろ! オレは見たんだ!」 目撃したという証言を出されては、アキラに言い逃れはできない。 こうなると、ヒカルへの誠意を見せる方針で弁解するしかなさそうだ。 「ボクはキミひとすじだ! なんなら、証拠を見せようか?」 「証拠?」 「ああ。ボクは、いつもキミとお揃いでいたくて、下着に油性ペンで『5』という字を書いているんだ」 何度も言うが、これらの会話は全国へ生中継で……以下略。 なりゆきを見守っていたというか、触らぬ神になんとやらというか、関わることを放棄していたはずの場内の人々のあいだにも、にわかにざわめきが起こる。 至近距離にいた緒方も、これには焦った。 さすがのヒカルも、真っ赤になって逃げ出すだろう。 そうなれば、この場をフォローする役は、否が応でも緒方に回ってきてしまう。 だが。 「バーカ。そんなこと自慢になるかよ」 ヒカルは勝ち誇ったように鼻で笑ったのだ。 「オレなんか、おまえの虎縞ネクタイにあわせて、いっつも『ラムちゃんぱんつ』穿いてんだぜ」 ラムちゃんぱんつ。 それは、古い漫画を出典とする、おかしな関西弁を話す鬼娘が愛用しているビキニスタイルの下着の呼称である。 名作漫画だけあって、世事に疎いアキラも、知っていたらしい。 「しんどおおおぉぉぉぉ〜っ!」 嬉しさのあまり、うるうると滝のような涙を流し、ヒカルに飛びつこうとするアキラを、ヒカルは手に持っていた小道具のブーケで薙ぎ払った。 しぱん☆ 小気味よい音がして、アキラが見事に横に吹っ飛ぶ。 それでも懲りずに、アキラは、ヒカルのドレスの裾にしがみつく。 げしっ! 「カトリーヌさんと、よろしくやってろ」 ヒカルは、アキラを景気よく蹴り飛ばし、「ふんっ」と、鼻を鳴らしたのだった。 そっぽを向いたヒカルの足元にひれ伏し、許しを請うアキラの姿が全国へ生中継され、日本棋院関係者は、この不始末の対応に追われることを覚悟した。 だが、意外なことに、このハプニングは大評判になり、放送を見逃した囲碁ファンが、人づてにこの話を聞いて、再放送を望む声がテレビ局に殺到した。 さすがに、こんな痴話ゲンカを再放送するわけにはいかず、そのフィルムはお蔵入りとあいなったのだが。 運よくビデオやDVDに録画した人々は、「貸して、貸して♪」と、もてはやされ、一躍、時の人となったということである。 おしまい |
うひひ。楽しかった〜vvv
「こんなのありえなーい」という捏造満載のギャグを書くの、大好きなんです。
例によって例の如く、蛇足ページを作りました。
こちらからどうぞ。
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