「亀の歩み」SOSOGU様から頂戴いたしました

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忘れがたき記憶




 60年前に世界中を巻き込む戦争があった。
 日本では太平洋戦争と言った方が分かりやすいかも知れない。
 数々の戦争が起こったこの時代の戦争をひっくるめて、今は第二次世界大戦と呼ばれている。
 そしてその戦争は日本の国土も焼いた。
 特に侵攻された沖縄は有名だ。
 数々の悲劇が生み出されたその戦争を語る人は余りに長い年月の為に少なくなり、記憶も薄れそうになっている。
 それでも語り継がれる話があるのはその戦いに心を痛めた人たちの想い故かも知れない。
 戦争では悲劇が生み出され真実すら捻じ曲げられる。

 捻じ曲げられた真実を必死に拾い出そうとする人々がいる事を忘れたくないとヒカルは思った。



 進藤ヒカルは社会のテストが得意だった。
 正確に言うならば彼に憑いていた幽霊が日本で起こった事をテストの度にヒカルに教えていただけなのだが、実体験に基づくその言葉は歴史の教科書などよりもよほど印象深く、幽霊である佐為が居なくなった後も中学で日本史のテストだけは高得点を取っていた。
 教師は囲碁と運動以外は不得意という印象を持っていた進藤ヒカルという生徒が、日本史のテストには強い事に首を捻ってはいた。
 けれど一芸に秀でた人間は幾らでも居るし、彼がカンニングなどするような人物でない事は他のテストの惨憺たる結果から分かっていた為、変わった生徒という評価を変える事無く彼の卒業を見送った。
 中学を卒業し、日本史から遠のいたヒカルが佐為が詳しく語らなかった出来事に興味を持ったのはいつもの碁会所で会った老人との話からだった。


「広瀬中佐?」
「ああ、戦争美談の一つだ。
 あの時代は悲惨な時代だった。わしも幼い頃、防空壕に入っては怯えたものだったよ。
 東京大空襲の時は疎開していたから幸い難を逃れたが・・・・・・・・・。」

 指導碁を頼まれ、一段楽したヒカルと老人はお茶で一息吐けながら始めた会話が歴史だった。
 江戸時代の出来事は詳しいけれど近代、特に戦争時代についてはあまり知らないというヒカルに老人は遠い目をして自分の体験を話し始めた。
 そもそも何故戦争が起こったのか?
 今思えば下らない理由だと思うけれど、現実に同じような理由で各地で起こる戦闘をニュースで聞いているヒカルは笑い飛ばす事が出来なかった。
 老人も最近流れるニュースに心を痛めているのだろう。

『何故? 何故また同じ事を繰り返すのだろう?』

 そう言いたげな目で窓の外の空を見つめる。
 見上げれば今日は快晴。
 吸い込まれそうな青い空に美しさを感じる。
 けれど同じこの美しい空の下で人が人を殺すのかと思うと悲しさばかりが滲み出てくるように思えた。


《アイツは蔵の中でどう思ったんだろう。》

 指導碁の後、ヒカルはふと思った。
 別れて久しい、あの優美な幽霊は笑顔で色んな事を教えてくれた。
 その殆どは囲碁だったが「虎次郎」の名を出しては各地で見たものや知ったことを身振り手振りでコロコロ変わる表情と共に話してくれたのだ。
 蔵の中に居ても碁盤を訪れる人々の事がある程度はわかったらしく、少しだけ教えてくれた。
 けれど60年前の、あの時代だけは困った顔をして口を濁した。

「・・・じぃちゃんに訊いてみるか。」

 佐為がとり憑いていた碁盤をずっと持っていた祖父、平八ならば何かを知っているかも知れない。
 仕事や研究会でご無沙汰になっていた祖父への孝行を兼ね、ヒカルはショルダーバックを肩に掛け直し走り出した。


 久し振りの孫との対面。
 何よりも囲碁好きの平八にとってはプロであるヒカルとの対局は何よりの楽しみ。
 数年経って更に白さを増した髪を後ろに流し、ちょっぴり増えた顔の皺を更に増やした笑顔で彼はヒカルを迎えた。

「久し振りだなヒカル。
 今日は打っていけるのか?」
「じぃちゃ〜ん。俺、仕事帰りだからちょっと休ませてよ。」
「ふん! 此処最近は顔すら見せなかったくせにじぃちゃんをもっと労わろうとは思わんのか?」
「労わってるって。でも一息つかせてよ。
 何か飲むものある?」
「全く・・・ジュースは無いぞ。」
「お茶でも何でもいいよ。」

 アキラに付き合ってお茶を飲む習慣がついたヒカルの言葉に、少しずつ以前とは変わりつつある孫を嬉しく思いながらも平八は少し寂しそうな顔で笑った。
 祖父の表情の変化など気付かず、普段使っている碁盤を縁側に出して碁石の確認をし、取り出したハンカチで表面を拭き始めると風が木々を揺らして吹き抜けた。
 春が近く暖かな日差しの中、少し冷えた風はまだ肌寒い。

「ヒカル、縁側じゃなくて家の中で打つぞ。
 まだ外は寒いだろ。」
「ううん、此処が良い。」

《蔵が見える場所が良い。》

 寒くても構わなかった。少しでも佐為を偲べる場所で碁を打ちたいとヒカルは祖父の家ではいつもこの場所で打つ事を望んだ。
 秘密主義の孫の言葉に首を傾げながらも平八はヒカルの望み通りお盆に乗せた茶を碁盤の傍らに置き、盤を挟んでヒカルの前に座り込む。

「で、今日はいきなりどうしたんだ。」
「・・・碁打たないの?」
「碁を打つ為に来たんじゃないんだろう?
 まあワシとしちゃ打ってくれた方が嬉しいがな。」
「ちょっとじぃちゃんに聞きたいことがあってさ。
 蔵の中のあの碁盤、60年前は何処にあったの?」
「あの碁盤か?
 わからん!!!

 ずべべっ ごん★

 きっぱりはっきり言い切られて期待していたヒカルは碁盤に額を打ち付けてしまった。

「いって〜〜〜☆」
「何をやっとるんじゃ。」
「自信満々でそんな風に言い切られたら期待していた分だけずっこけるぜ。
 それより持ち主はじぃちゃんなのに何で知らないんだよ。」
「お前は以前ワシが言った事を忘れたのか?
 あの碁盤は幽霊憑きで有名だったのをワシの兄さんが面白がって骨董屋から買ったものなんだ。
 兄さんが亡くなって形見分けの時に譲ってもらった物じゃからワシのところに来たのは精々十数年前。
 その兄さんだって死ぬ数年前に買ったものだからわかるわけが無い。
 もし知っているとしたら碁盤があった骨董屋ならあるいは・・・。」
「それ何処!?」
「わからん!!」

 ずべ ごごごんっ☆

 二度目は更に強く額を打ち付けてしまいヒカルは痛みにうめいた。
 しかしそんな孫の様子など気にせず平八は話を続けた。

「ワシも骨董屋から買ったとしか聞いとらんし、何処の骨董屋かはお義姉さんも知らないようだったからな。
 大体何で60年前なんだ。」
「あ〜この間、碁会所のお客さんに『広瀬中佐』って人の話を聞いて・・・。」
「広瀬中佐? おお、その話ならワシも知っとるぞ!」
「じーちゃん、結局それ誰。」
「お前話を聞いてきたんじゃ無かったのか?」
「実はそのお客さん小難しく当時の時代背景と自分の体験を所々に交えて話してたもんで・・・出来たら簡略的に教えて欲しいんだけど。」

 てへへっと笑いながら言う孫にしょうがないなと苦笑しながら平八は話し始めた。

「大雑把に話すぞ。
 広瀬中佐って言うのは日露戦争の時に、旅順口閉塞戦に参加していた軍人だ。
 船の爆破装置操作の為に艦首に向かったきり戻って来ない杉野兵曹長を連れ戻そうと、中佐は「杉野!杉野!」と叫びながら捜し回り、敵弾の砲煙の中、ボートと船内を三度も往復したそうだ。
 いよいよ船が沈む段になり中佐も脱出を決心、ボートを漕ぎださせると自ら爆破スイッチを入れた。
 だが脱出のボートはなかなか進まず、敵の哨艇が速射砲でボートを砲撃、銅貨大の肉片と血だらけの海図を残して中佐の姿は消えていたって話だ。
 早い話が命がけで部下を想って探してくれた上官の鏡だな。
 で、その話と碁盤がどう繋がってるんだ。」
「えっ!? あ〜いや〜〜〜〜〜何となく?」

 まさか「碁盤に憑いていた幽霊がその頃何を思っていたのか知りたくなっただけだけど、突っ込み入れられたから話を戦争時代の話に摩り替えただけです。ついでに戦争時代の話を聞けば少しは幽霊の気持ちがわかるかもとも思った。」などと正直に言えるはずが無い。
 言ったら最後、精神病院行きか良くてお払いの為に寺か神社、有名な霊能力者のところに担ぎこまれるに決まっているのだから。

「全く突拍子も無い事を思いついただけなんじゃろう。
 まあいいわ。それより・・・そろそろ始めんか。」

 ここは誤魔化し笑いに限ると適当な返事をするヒカルに対し、平八は勝手に納得して碁笥を持つ。
 嬉しそうに笑いながら石を持つ祖父にヒカルも笑顔で応えた。

「お願いします。」



 春は忙しい。
 色んな意味で忙しいのだが・・・ヒカルは結構のんびりとしていた。
 そんなヒカルの世話係はヒカルよりも一期上の同い年の人物。
 黒い真っ直ぐな髪が肩の上で切り揃えられたおかっぱ頭の塔矢アキラだ。
 整った顔立ちのおかげで違和感はないのだが・・・如何にせん、その髪型はもう卒業したらどうだと周りは思っている。
 彼も一度は髪型を変えようと思ったのだがヒカルの一言が彼の未来を決めた。

『おかっぱじゃない塔矢なんて塔矢じゃない!』

 それはどういう意味だと言いたいが、お日様の笑顔で言う(アキラの中では)恋人に逆らえずアキラは未だにおかっぱを貫いていた。
 春の風に揺れる髪を更に揺らしてアキラはベンチで昼寝をしているヒカルを揺り起こす。

 むぅうう〜

 少し唸って肩を揺らしているアキラの手を無造作に打ち払うヒカルは幸せな時間を邪魔された為か、少し不機嫌そうな顔をして昼寝を続行した。
 さてどう起こしたものか・・・とアキラが思わず考え込んだところ、若い女性の集団が空き時間を潰す為に二人がいる中庭へとやって来た。

 にやり

「進藤起きろ。起きないなら・・・・・・・・・。」

 ぐぐぐっと背中の角度を深くしてゆっくりゆっくりヒカルの顔に近づいていく塔矢アキラ。
 二人の姿に気付いたのだろう。
 女性達は非常に『嬉しそうな』悲鳴を上げた。

 きゃぁあああああ〜〜〜♪

「ん・・・・・・むぅううわわああああっ!?」

 がしぃっ!

 女性の悲鳴で状況に目が覚めたヒカルはこれまた悲鳴を上げてアキラの顔を両手で掴んで接近を阻む。

「ちぃっ!」
「何が『ちぃっ!』だ! 離れろよバカヤロウ!!」
「人が態々起こしに来たんだ。少しぐらいご褒美を貰っても構わないだろう?」
「アホかお前はっ! ご褒美を強請る歳かよ!!
 人が見てるんだから、はーなーせ―――っ!!!」
「ファンサービスだよ。これくらい構わないさ。」
「俺は構うんだ! いい加減にしろよ妖怪おかっぱ〜〜〜!!!」

 ぱこっ ぽこっ

「何をじゃれてるんだお前等は・・・もう直ぐ始まるってのに。」

 女性ギャラリーをものともせずに普段通りの馬鹿っぷり披露するヒカルとアキラを止めたのは、ヒカルと同じ森下門下の和谷だった。
 持っていたパンフで二人を小突くとしっかりと女性客に手を振ってから二人を引き摺って中庭から建物の中へと移動する。
 そうしてから呆れた様に二人に説教を始めた。

「進藤〜、もう直ぐイベントが始まるって言うのに中庭でのんびり昼寝してるんじゃねぇよ。
 開始前に打合せがあるって言ってあっただろうが。
 塔矢も塔矢だ。起こしに行くって行ってたお前が進藤に構っててどうするんだ。
 大体お前等は今回のイベントの看板なんだから迂闊な行動をして変な噂を立てられないように気をつけて欲しいのに・・・塔矢、お前はそれを助長するような行動しやがるんだからな〜。」

 厭味タラタラ。けれど兄弟子として弟弟子の将来を思っての言葉。
 それをヒカルは完全に無視して逆に質問し返した。

「それより、和谷。
 この辺に戦争資料館があるって言ってたじゃん。
 あれについて何かわかった?」
「お前は人の話を聞いていたのか!?」

 今日もまた、和谷の説教が木霊する。



 イベント開始前のヒカル達のドタバタなど無かったの様に恙無く夕方までのプログラムは終了。
 特別プログラムである夜の指導碁があったのだが、いつもは喜んで受け持つヒカルが『今日は妙に眠い〜。』とだるそうにしているので今回はアキラが引き受ける事になった。
 人気棋士であり、外見性格財力二重丸の塔矢アキラと密接になれるチャンス。
 それを逃すほど今回のイベントに参加していた女性達は間抜けでは無かった。
 アキラが指導碁をするとわかった途端、指導希望の女性が名簿記入の為に列を成し、そのあまりの人数に同じく指導碁をする予定の和谷まで真っ青になって『止めておけ。』とアキラを止めに来るほど会場は混乱し始める。
 それでもアキラは頑として譲らなかった。
 理由はやはりヒカル。アキラは彼に一つ頼まれごとをしていた。

『あのさ、塔矢。悪いけどこのじーちゃんの指導碁も頼まれてくれないか?』 

 そう言って指し示された先にいたのは、以前ヒカルに戦争について教えてくれた老人だった。
 ヒカルが来ると聞いてもう一度指導碁をと望んでこのセミナーに来たものの、ヒカルの体調が思わしくなく彼は素直に諦め様としていた。
 それを止めたのがヒカルだった。

『この間、俺に戦争の話してくれたじーちゃんでまた指導碁して欲しいって態々このセミナーに来てくれたのに俺ちょっと出来そうにないからさ。
 お前になら指導碁上手いし頼めるかな〜と思って♪』
『進藤、何で俺には頼まないんだ。』
『え〜? 和谷には資料館調べ頼んじゃったから悪いと思ったんだけど。』
『引き受けよう。』
『ホントっ☆ さんきゅー塔矢★ 今度ラーメンおごるな〜vvv』

 アキラの名誉の為に言っておくが何もヒカルのおごりが目的で指導碁を引き受けたのでは無い。
 昼間ヒカルが言っていた『戦争の話をしてくれたじーさん』に興味があったのだ。

 時々ミステリアスなヒカルの秘密に近づけるチャンスかも知れない。

 アキラはそう思ったのだ。
 そして夜、アキラは老人と話をした。



 真夜中、ふと目が覚める事が時々ある。
 今日のヒカルがどうやらその『時々』に当たったらしく、急に目が覚めた。

《普段なら朝まで起きないのに今日は早い時間から眠かったせいか?》

 はっきりとしてくる頭に仕方ないとヒカルは気分転換に飲物を買いに出る事にした。
 こういう時、浴衣は実に便利だ。
 海外のホテルではちゃんと着替えないとホテル内も歩き回れないが日本のホテルは旅館と同じように浴衣であればホテル内の大体の場所に出入り出来る。
 寝相の悪さに乱れてた浴衣を整え、部屋のキーと財布を捜そうとしてヒカルは気付いた。

《塔矢?》

 時計はまだ確認していないがいくら夜遅くまでセミナーをやっていてもいい加減戻ってきているはず。
 普通なら隣のベッドで寝ているはずのアキラの姿が無かった。
 ベッドは一切乱れておらず彼が戻った痕跡が無い。
 ヒカルはアキラに何かあったのかと慌てて部屋を飛び出した。

「何だこの霧は!?」

 部屋の外にあるのは多少光を抑えたホテルの廊下であるはず。
 しかし、通路は暗く霧が立ち込めており人影も見当たらない。

《おかしい。》

 そう思いながらヒカルは歩みを進めた。
 目的地はフロント。そこならば必ず従業員が控えているはずなのだから。
 けれど進んでも進んでも廊下は突き当たらない。
 余りの現象のおかしさにヒカルは焦りと心細さで叫ぶ。

「塔矢! 塔矢何処だっ!!」

 けれど返事は返ってこない。
 ただただ不気味なくらいの静寂がヒカルを包む。

《アイツは・・・どう思った?》

 ふとヒカルは烏帽子を被った麗人を思い出す。
 古い碁盤に憑いた幽霊。

《誰かに使われずにしまわれていた時、こんな静寂の中で一人耐えていたのだろうか?
 60年前のあの時代もずっと一人で??》

 あれから調べたり人に聞いたりした事を思いだす。

《アイツも空襲に怯えていたのか?》

 消えた佐為を探したあの日を思い出す。
 幾ら探しても見つからず囲碁を止める事で取り戻そうとした掛け替えの無い友人。
 あの日、ヒカルは初めて身近な人を亡くす恐怖を知った。

 どくん・・・どくん・・・どくん・・・

 心臓の音が大きく聞こえる。
 どんどん早くなる鼓動に胸が苦しくなってヒカルは泣き叫んだ!
 
「ヤダ・・・・嫌だっ! 俺を一人にするな!! 塔矢っ!!!」

『杉野・・・杉野は何処か!?』

「塔矢・・・塔矢・・・返事しろぉ!」

『返事をしろ杉野!』

 ヒカルと同じく誰かを呼ぶ声が辺りに響く。
 けれどヒカルは気付かずに只ひたすら叫んだ。

「塔矢のおかっぱっ! 碁馬鹿の薄情モン!!
 俺の事好きなら返事しろ!!!」
「返事をしたら君は僕を好きになってくれるのかな?」

 突然涼やかな声が響く。
 霧の中を掻き分けるようにして現れたアキラはヒカルと同じく浴衣姿。
 けれど少し違うのはタオルと部屋の鍵を持っていること。

「塔矢・・・?」
「こんな夜中にどうしたんだ進藤。
 しかも裸足で。」
「へ?」

 アキラの言葉に改めてヒカルは自分の姿を見直す。
 よれよれの浴衣は裾が肌蹴て際どいところまで見えている。
 白く伸びた足は何もつけてはおらず、足の裏からはホテルの絨毯の感触がした。

「え? あれ??」

 もう一度辺りを見回すと霧は晴れて廊下は光量を抑えた照明に照らされている。
 先ほどとは全く違い極普通のホテルの通路がヒカルの目の前に広がっていた。

「だってさっきは霧が・・・。」
「それより、さっきの言葉。
 僕は返事をしたよ?」
「あ・・・あれは・・・。」

 悪戯っぽく覗き込むアキラの顔にヒカルは先ほど叫んだ言葉に恥ずかしさを覚えて口篭った。

「あの言葉の裏は君は僕の事を好きって事だよね?」
「・・・っ! 何でもねぇよ!! それより勝手にいなくなるなよな!!!」
「勝手にいなくなってなんかいないけど?
 君に頼まれた通りに指導碁して疲れた僕を2人分の布団を陣取るように眠った君が出迎えた。
 一応寝ている君に夜中だけど風呂に入ってくるって言ったんだけどね。」

 ぼふっ

 恥ずかしさに顔が染まったのを誤魔化す為か、それともアキラがいた事に安心したのか。
 アキラに抱きついて顔を伏せた。
 まるで泣いてるように肩を震わせてアキラの背中に手を回すヒカル。
 何故かアキラは指導碁をした老人の『話』を思い出した。
 此処に来るまでに聞いたあの声のせいだろうか?

『此処であります! 中佐っ!!』

 妙に耳についたその声に被るようにヒカルのアキラを呼ぶ声が聞こえた。
 思えばこの廊下は妙だった。
 それほど長くないはずの廊下が伸びたようにいつまで歩いても部屋に辿り着かず、先ほども霧のような白い靄が漂っていた。

 ・・・・・・・・ヒカルの声に応えるまでは。

 応えた途端に浮かび上がったヒカルの姿にアキラはほっとした。
 しがみ付いたヒカルから伝わる体温にアキラも安堵感を覚える。

「大丈夫、僕はいなくなったりしないよ。」
「絶対か?」
「絶対・・・は無理だね。人には寿命があるから。」
「・・・・・・・嘘つき。」
「命が尽きるまでずっと君と共にいるよ。
 もし君がいなくなったら僕は君を探そう。
 あの『広瀬中佐』の様に。」

 アキラの言葉にヒカルは顔を上げた。
 そして涙が零れ落ちる瞳を隠そうとせずにじっとアキラを見据えて言った。

「なら、俺はお前を探す。だから・・・・・・・・・。」

 いなくならないで

 消え入るようなヒカルの言葉にアキラは無言で彼を抱き寄せた。



 先ほどの寂しさの延長か、ヒカルはアキラから離れたがらず2人して一つの布団で眠ることにした。
 暖かな人肌に安らぎを覚えてヒカルはアキラに擦り寄る。
 まるでひな鳥の様なヒカルに手を出すわけには行かないアキラはちょっとモンモン状態で、けれど確かな幸せを噛み締めながらヒカルの背中に手を伸ばした。
 そうしてヒカルが再び眠りに身をゆだねようとした時に、ふとある事を思い出したアキラがヒカルに訊ねる。

「ところで進藤。あの人は誰だったんだ?」
「あの人?」
「何か軍人っぽい服装の男の人が君の傍らに立ってたじゃないか。
 一瞬コスプレ?って言い掛けたんだけど君の様子がおかしかったから言いそびれてね。
 僕らの話が終わった時には既にいなかったんだけど。」
「俺・・・一人だったはずだぞ?」
「でも確かに旧日本軍のような格好をした男の人が。」

 ぞくぅぅううっ!

 アキラの言葉にヒカルは悪寒を覚えた。

《そーいえば・・・何か『杉野』って誰かが叫んでたような・・・・・・。》

「後、君の声に応える前に誰かが『中佐』って答える声も聞こえたんだ。」
「をい、ちょっと待て。」

《塔矢が見た旧日本軍の格好をした男。
 俺が聞いた『杉野』って人を呼ぶ声。
 塔矢が聞いた『中佐』って応えた声。》

 ひゅ〜〜どろどろどろどろどろ〜〜〜〜〜

「ヤダっ! 俺、幽霊とか怖いのは嫌いっ!! 塔矢しっかり俺を捕まえてろよ!?
 あの世に引きずり込まれるのだけはゴメンだぁっ!!!」
「大丈夫、君が嫌って言っても
離さないよv
「どさくさ紛れに変なとこ触るなこの変態〜〜〜っ!!!」


 藤原佐為以外の幽霊は断固拒否のヒカル。
 夜中あまりに騒ぎ過ぎて翌朝、和谷にこってりと絞られたのは余分なお話である。


 END


 ああああああああああ!
 日付を跨いでしまった〜!!
 ってな訳で漸く上がりました『忘れがたき記憶』です!!!

 リクエストでは夢落ちのはずだったのですが、ここはリアルで行こうとお話を変えてしまいました。
 申し訳有りませんでした・・・。(汗)
 けれど最後のギャグ落ちと広瀬中佐のお話を交えるというのだけはクリア出来たかと!
 楽しんでいただけることを祈ってUPします〜☆

 はぅぅううう・・・・しかしアキヒカに戦争話に佐為を交える私って一体・・・・。


 2004.3.20 SOSOGU



 生まれて初めてキリ番を踏ませていただいたWebサイト「亀の歩み」さま。

 管理人のSOSOGUさまに強引にお願いして、広瀬中佐がらみのアキヒカ話を書いていただきました。

 しかも、旅順港封鎖作戦(3月27日・中佐の命日)にあわせてUPしてくださったんですよ! うれしい!

 さらに、拙宅での公開にも、ご快諾くださいましたv 

 こんなにもレアな作品をウチに収蔵しちゃって、ほんとにいいの? もう舞い上がり状態ですv

 SOSOGUさま、本当にありがとうございましたvvv

 がびきゃの広瀬中佐への思い入れについてはこちらをどうぞ。




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