先に「白猴子(白いさるぼぼのおがたん)」をお読みになることをお勧めいたします
乞巧節
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今日は七夕です。 ヒカルちゃんは、もうずっと前から、この日を楽しみにしていました。 なぜなら、今夜はアキラくんの家で七夕パーティーをするからです。 いつもは夕方までにおうちに帰らなくてはいけませんが、今日は特別に、アキラくんのおうちにお泊りをするんです。 先週買ってもらったばかりの、鞠と蝶々の柄の赤い浴衣を着せてもらってお出かけして、夜になったら、お気に入りの熊さんもようのパジャマを着て、アキラくんと一緒に寝るんです。 ヒカルちゃんは、お母さんと一緒に、駅前のデパートに来ていました。 動きにくい浴衣も、履き慣れない下駄も、どうってことありません。 からんころんと楽しそうな音を響かせて、お母さんと手をつないで元気に歩きます。 ヒカルちゃんのお母さんと、アキラくんのお母さんは、高校時代からの親友ですが、親しき仲にも礼儀あり。 アキラくんのおうちに持っていくおみやげのお菓子を買うために、地下の食料品売り場へと向かいました。 水ようかんの詰め合わせを買って、エスカレーターのほうへ歩いていくと、大きなワゴンに、色とりどりの箱が積んでありました。 赤や黄色や緑など、きっちりと色ごとに整理されていて、まるでクレヨンの箱のなかを見ているようで、とってもにぎやかです。 「ねえねえ、おかあしゃん。これなーに?」 ヒカルちゃんは、ワゴンを指差してたずねました。 「どーれ? ……ああ、熊さんのおまけがついたお菓子ね」 お母さんは、箱のひとつを手に取って、説明を見ながら答えました。 「くましゃん!?」 ヒカルちゃんは、目をきらきらさせて聞き返しました。 今、ヒカルちゃんはテディベアに夢中なのです。 お部屋には、大きなぬいぐるみ。 パジャマにもコップにも、熊さんの絵がついています。 「そうよ。お誕生日の日にちごとに、違う柄の熊さんが入ってるんで…すって…」 お母さんは、言葉の最後のほうを、ごにょごにょとにごしました。 イヤな予感がしたのです。 「ヒカのはーっ? ヒカのお誕生日のくましゃんはどれーっ?」 予感的中。 お母さんは、9月の箱をひとつずつ手に取って、小窓を覗いては「9月20日」という数字を探すはめになったのでした。 やっとのことで、ヒカルちゃんの誕生日の「9月20日」を見つけると、お母さんは、ヒカルちゃんがまだ何も言わないうちから、アキラくんの誕生日の「12月14日」を探し始めました。 「ああ。やっと見つけたわ」 お母さんからふたつの箱を受け取ると、ヒカルちゃんは意気揚々とレジに向かいました。 お店の名前が入ったシールを貼ってもらい、自分でしっかりと持って歩きます。 「お泊りしゅるのに、みじゅようかんどーじょってしゅるより、こっちのほうがいいよ。アキラくん、じぇったいよろこぶよ。ヒカわかるもん」 アキラくんが喜ぶのは、ヒカルちゃんが手渡してくれるからなのでしょうけどね。 約束の時間にだいぶ遅れて、ヒカルちゃんとお母さんは、アキラくんのおうちに着きました。 「いらっしゃい。ずっと待っ……わあ、ヒカルちゃん、すごくかわいいよ」 玄関の扉をあけて出迎えてくれたアキラくんは、ヒカルちゃんを見るなり、歓声をあげました。 浴衣を着て、ちょっとだけおすまししたヒカルちゃんは、いつもより、もっとかわいく見えたのです。 「アキラくんも浴衣だー。しましまかっこいいねー」 紺と灰色の縞もようの浴衣を着たアキラくんも、いつもよりかっこよく見えます。 「あのね、あのね。ヒカ、おみやげ持ってきたの。えっと…」 ヒカルちゃんは、手に持った箱のうちのひとつを、アキラくんに手渡そうとしましたが、どちらがアキラくんの誕生日の箱なのかわかりません」 「9月と12月…? わかった。ボクにくれるのは、こっちだね」 アキラくんは、12月と書かれた箱を指差しました。 「これね、お誕生日のくましゃんが入ってるんだよー」 「熊さんの誕生日…かな?」 「違うよー。ヒカとアキラくんのお誕生日のくましゃんなのー。えっとね、ここのとこに書いてあるんだって」 ヒカルちゃんは、箱の小窓をさして言いました。 百聞は一見にしかず。 ヒカルちゃんの説明よりも、小窓から見える数字のほうが、雄弁に語ってくれます。 「へえ。ボクの誕生日の熊さんなんだ。ありがとう、ヒカルちゃん」 「ヒカのもあるんだよ。ヒカとアキラくん、おしょろいだね」 「お揃い…」 お揃いという言葉に反応して、アキラくんは、ぽっと頬を染めました。 七夕パーティーが始まるのは、アキラくんのお父さんが帰ってきてからです。 お母さんたちがおしゃべりに興じているあいだ、ヒカルちゃんとアキラくんは、碁を打つことにしました。 母の日に、白いさるぼぼのおがたんと出会ってから、ヒカルちゃんも碁を覚えたのです。 まだまだアキラくんにはかないませんが、ヒカルちゃんは、もう十九路盤で打てるようになっていました。 でも、碁を打つよりも、まず、気になるのは熊さんです。 アキラくんの部屋で、ふたりは箱をあけてみました。 「………」 「………」 熊さんは、お揃いなんかじゃありませんでした。 チェックや花柄のパッチワークと、身体の色の組み合わせで、365種類の熊さんがいるのです。 しいて言うなら、大きさと派手派手しさはお揃い…といったところでしょうか。 「……打とうか」 「……しょーだね」 ふたりは、とりあえず熊さんを碁盤の脇に置くと、碁笥を引き寄せて挨拶をかわしました。 「お願いします」 「お願いしましゅ」 ヒカルちゃんは、まだ目算ができないので、最後まで打ってもらいました。 整地をしてみると、63目半の負けでした。 もちろん、数えるのは、アキラくんの役目です。 「また負けちゃったー。ありがとごじゃいましたー」 「ありがとうございました」 こんなに差がついても、アキラくんは、喜んでヒカルちゃんと互先で打ちます。 初めてふたりで対局した時のヒカルちゃんの言葉が、とっても嬉しかったからです。 『ヒカねー、おっきくなったらアキラくんのお嫁しゃんになるのー。しょんでねー、囲碁のライバルなんだよー』 ライバルに置石は必要ありません。 いつか、半目勝負を争う日が来るまで、大差のついてしまう碁を打ち続けるのが、アキラくんの答えなのです。 ハメ手を打たないかわりに、手加減もしません。 自分の歩みをとめて待つこともありません。 ヒカルちゃんが追いつくのを、自分もせいいっぱい努力しながら、楽しみにしているのです。 もう少し大きくなったら、きっと単刀直入な言葉で、エールを贈るのでしょうね。 アキラくんのお父さんが帰ってきました。 いつもは和食が中心のおうちですが、今日は、ヒカルちゃんにあわせて、クリームシチューです。 冬の献立のようですが、七夕にあわせて、にんじんが、お星さまの形に切ってあります。 にんじんが嫌いなヒカルちゃんでしたが、喜んで食べました。 実はアキラくんも、にんじんが嫌いです。 お星さまの形をしていても、にんじんはにんじん。 そんなことに騙されるアキラくんではありません。 でも、ヒカルちゃんが食べているのですから、残すわけにもいきません。 アキラくんは、目の端に涙を浮かべながら、にんじんを噛まずに飲み込みました。 それからすぐに、あわててお茶をごくごく飲みます。 お母さんたちが、目で合図をしあっていたことに気づくには、アキラくんはまだ幼かったようです。 外が暗くなるのを待って、みんなはお庭に出ました。 昨日、ヒカルちゃんが遊びに来たときに飾りつけをした笹飾りが、夜風に揺れています。 でも、天の川がどれなのか、誰にもわかりませんでした。 「空全体をぐるっと眺めて、一応見たことにしよう」 碁界では大物だというアキラくんのお父さんですが、意外にアバウトな人なのかもしれません。 笹飾りには、何枚かの短冊がつるされています。 みんなの願い事が書いてあるようです。 『健康第一』 アキラくんのお父さんが、見事な筆文字で書いたものです。 『ローン完済・四冠死守』 ……なんだか生々しいですが、これはアキラくんのお母さんの字です。 『あまのがわ』 よく見かけますが、どういう意味があるんでしょうか。ねえ、アキラくん。 『はんもののしまちんにおいたい』 ほんもののくまさんにあいたい…が正解のようです。 いくら熊さんが好きでも、本物を見たら、ヒカルちゃんは怖がって泣き出してしまうかもしれませんね。 ヒカルちゃんのお母さんがおうちに帰ったあと、ヒカルちゃんとアキラくんは、一緒にお風呂に入りました。 ヒカルちゃんが、お気に入りのパジャマを着て、縁側で涼んでいると、お庭のすみで、何かが音を立てました。 がさがさ しゃりしゃりしゃり… 「ねえ、アキラくん。あしょこに何かいるみたいだよ」 「え?」 アキラくんは、ヒカルちゃんのそばに駆け寄ると、ヒカルちゃんの指差すほうをじーっと見てみました。 暗くてよく見えませんが、確かに何かいるみたいです。 「もしかして、また、白いこいびとしゃんが来たのかなあ」 「それを言うなら白いこびとさんだよ。……でも、あのこびとさんだったら、白いから、夜でもはっきり見えるはずだよ」 アキラくんは少し考え込んだあと、「ちょっと待ってて。懐中電灯を借りてくる」と言って、台所へと走っていきました。 懐中電灯を持って、ふたりはお庭に出てみました。 アキラくんのお部屋の前のお庭には、小ぶりな竹が植えられています。 七夕の飾りつけにも、実は笹ではなく、この竹の枝を切って使ったのです。 一箇所だけ不自然に動いている竹の枝を、懐中電灯で照らしてみると…、なんと、小さな熊さんが葉っぱを食べているではありませんか。 花柄とチェック柄の服を着た、あの誕生日の熊さんです。 「おや。もう見つかっちまったか。おまえら、けっこう目が利くじゃねーか」 熊さんは竹から降りてくると、トコトコと、ふたりの前に歩いてきました。 「おいらは迷彩熊の『がみら』。よろしくな」 熊さんは、軽く右手をあげて、やや斜めに構えて、そう挨拶したのでした。 「花様熊 1/365の奇跡」へ続く |
おほほほほ。季節ネタと思いきや、続く…でございます。
先に思いついたのは、「熊 vs さるぼぼ」なんですけど、ちびっこアキヒカ子と熊の出会いも書きたくなっちゃったんです。
ちなみに、「がみら」というのは、がびきゃ(猫)の本名です。本当は名字もあるんですが(管理人の姓でも、夫の姓でもないところが不思議)、個人情報保護法を遵守して、伏せておきます(笑)。
2005年7月4日
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