016. ピアス
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016.
 ピアス



「そっかあ。明日、塔矢のヤツ、誕生日なんだー。へえ。知らなかったー」

 1213日の夕刻。

 日本棋院会館で、ヒカルは塔矢門下の棋士たちの立ち話を耳にしてつぶやいた。

「……ってゆーことは、オレのほうが年上?」

 たった3ヶ月弱の違いで、年上もなにもないのだが、ヒカルはにわかに上機嫌になった。

「やっぱ先輩としては、後輩の誕生日を祝ってやらないとなー♪」

 ヒカルは先輩風を吹かせながら、師走の街へと繰り出していった。






 新宿駅で電車を降り、ヒカルは行きつけのDIYショップに行くことに決めた。

「あそこなら、おもしろいモンが見つかるかもしんないなー」

 日曜大工用品のみならず、イベントグッズやリビング雑貨なども扱うそのDIYショップは、各地でチェーン店を展開していて、若者たちの絶大な人気を集めている。

ここ新宿では、南口にある大手デパートのなかに、テナントとして入っていた。



デパートというものは、女性のための建物らしい。

売り場面積のほとんどが、女性客に狙いを定めた商品で埋め尽くされている。

とくに入り口付近は、その傾向が強い。

ポーチやハンカチなど、気軽に買える小物類。

各種ブランドの化粧品。

そして、アクセサリーの数々。

高価な宝石類のみならず、髪飾りやプチアクセなど、幅広い価格帯のヒカリモノたちが、女性客を手招きするかのように、煌びやかにディスプレイされている。



店内に足を踏み入れるや否や、ヒカルは、むせるような香料のにおいに、あからさまに顔をしかめた。

「くっせ〜。マジで、くしゃみが出そうだぜ」

 人差し指で鼻をこすりながら化粧品売り場を抜け、ジュエリー売り場には目もくれず、エスカレーターへと向かう。

 だが、見慣れた髪型が視界に入り、ヒカルは足をとめた。

 肩のラインで、気持ちがいいほどすっぱりと切り揃えられたおかっぱ。

 色はカラスの濡れ羽色。

「あの頭は…。あ、やっぱ塔矢だ。……おーい。塔矢〜っ!」

 ヒカルは、エスカレーターの先のジュエリー売り場に向かって走りだした。



「し、進藤!?

 店員から小さな包みを受け取ろうとしていたアキラは、ヒカルの突然の登場に驚いて、あやうく包みを取り落としそうになった。

「ど、どどど、どうしてキミがここに?」

 アキラはヒカルに向きなおり、後ろ手に包みを隠しながらたずねた。

「へ? ……えーっと…その…」

 さっきまでヒカルのまわりでそよいでいた先輩風は、いつのまにやら、どこへともなく消え去ってしまっていた。

 誕生日のプレゼントを買うという行為は、地方イベントのみやげを買うのとはわけが違う。

 しかも、相手はあかりやただの友人ではなく、ライバルであり一緒に風呂に入った仲(?)のアキラである。

なんだか特別で、とても照れくさいことのように思えてきたのだ。

「そんなことより! おまえこそ、デパートなんかになんの用だよ」

 ヒカルはアキラの質問に、質問で返した。

「そ、それは、ええっと…。そ、そう。新しい服を買おうかと思って。最近、急に背がのびたから、すぐにあわなくなってしまうんだ」

「ふーん。おまえはまだ成長期なんだなー。オレなんか、もうとまっちまったぜ。やっとあかりを抜いたと思ったら、また抜き返されてよー。オレより小さいヤツっていったら、院生のガキぐらいだぜ。越智も最近デカくなってきたしさ。くそー、なんかムカつく」

 悔しそうに口をとがらせるヒカルに、アキラはとっさに考えたにしては、うまく取り繕うことができたと、ほっと胸をなでおろした。



「……あ、そーだ。いいこと考えた。なあ、塔矢。おまえの服、オレに選ばせてよ」

 ヒカルは「我ながら名案♪」とばかりに、ニヤッと笑った。

「え?」

「おまえ、明日、誕生日なんだってな。だから、オレがスタイリストになってやる」

 わざわざ特別に出向いて…と意識すると恥ずかしいのに、たまたまちょうど通りかかったから…とバイアスをかけると、ちっとも恥ずかしくないから不思議だ。



「進藤…。キミ、ボクの誕生日をおぼえていてくれたの?」

 いつもはガミガミ怒ってばかり(ヒカル視点)のアキラが、うるうると瞳を輝かせているので、ヒカルのまわりに、再び先輩風が吹きはじめた。

「当然だろ。後輩にはいつも優しく気配りするのが、人生の先輩の心得ってヤツじゃん♪」

 アキラは、自分が年下扱いされたこともさることながら、「後輩にはいつも優しく…」のくだりを聞き咎めた。

「キ、キミは、後輩なら誰にでもプレゼントを贈ったり、優しくしたりするのか!?

「あ? ……え…っと…、うーーーーん。そーでもない…かな」

 ヒカルは日頃の自分の行動を顧みて答えた。

「じゃあ…、ボクは特別…?」

 特別という言葉の響きに、ヒカルは先刻の気恥ずかしさを思い出して、顔を赤らめた。

 いつになくもじもじした態度のヒカルに、アキラは、まさに天にも昇るような気持ちになった。

「うれしいよ、進藤v

 アキラの特上のスマイルを見ているうちに、ヒカルは自分の顔がどんどん火照っていくように感じた。

 心臓の音も、ドキドキと大きく早くなっているような気がする。

 なんだか身体が熱いが、効きすぎた暖房のせいではなさそうだ。



 ヒカルは自分のペースを取り戻すべく、わざと横柄な態度に出た。

「オレが服を選んでやるなんて、特別なんだからな。感謝しろよ」

(ボクは特別…v ボクは進藤にとって特別…vv

 脳裏に浮かぶ「特別」の二文字に、アキラはすっかり酔いしれた。

「そ、そんじゃ、さっそくメンズの売り場に行くか。えーっと、何階だ?」

 エスカレーターの横に案内図を見つけ、ヒカルはアキラを置いて、とたとたと走っていった。



「はああぁぁ。なんなんだよ。塔矢と向き合ってたら、なんか顔とか身体とか、熱くなっちまった。あいつって、暑苦しい系キャラ?」

 アキラに対する「特別」な想いに気づかずに、ヒカルはアキラを暑苦しいの一言でかたづけようとした。

 だが、それには無理があると、さすがのヒカルも思い直した。

「オレ、どっか悪いのかな。塔矢先生みたく心臓病とかだったらどうしよう……って、ふはは。まさかな。そんなワケねえっつーの」

 ヒカルは、自分の思いつきを笑い飛ばした。
 確かに感じたはずのドキドキする気持ちも一緒に。

「塔矢のヤツ、おっせーなあ。あいつ、何やってんだろ」

 エスカレーターの前で腕組みして、ヒカルは、あくびをかみ殺しながらアキラを待った。






 その頃。

 アキラはジュエリー売り場の女性店員の「あの〜、お客さま…」という遠慮がちな声に呼びとめられていた。

「失礼ですが…、あの…、違っていたら本当にすみません。先程お買い求めいただいたお品は、あちらの方への贈り物でしょうか?」

「えっ? ええ、そのつもりですが///

 アキラは少し恥ずかしそうに肯定した。

「先程お見受けいたしましたところ、あちらのお嬢さまは、ピアスホールをあけていらっしゃらなかったようですが…」

「ピアス…ホール? ピアスホールって…」

 アキラは、初めて耳にした言葉を、そのままくりかえした。

 店員は、ディスプレイしてある別のピアスを見せながら、アキラに説明し始めた。

「ピアスというのは、耳たぶに穴をあけて、そこにポストという金属部分を差し込んで、裏側からキャッチでとめていただくものなんです」

「穴!? み、みみみ、耳に穴をあけるんですか!?



 大仰に驚くアキラに、店員もそこは商売、冷静に説明を続けた。

「驚かれることはありませんよ。ほら、私も…」

 店員は自分の髪をかきあげて、耳たぶをアキラに見せた。

 仕事の性質上、ジュエリー売り場の店員は装飾品はつけていないので、小さな点のような穴がよく見える。

「イヤリングですと、耳たぶをはさむので、長時間つけているとかえって痛くなったりするんです。それに、落としやすいのも難点です。その点、ピアスですと、耳たぶに通していますので、強くはさむ必要がありませんから、痛くないんです。それに、落とす心配も少ないですし」

 アキラは口元を手で覆い、蒼くなりながら、店員の耳たぶをじっと見つめた。

「一度ピアスホールをあけてしまえば、ちゃんと皮膚ができますから、出血したり傷になったりする心配はありません。『どーなつのあな』の壁の部分を想像してみてください。壁の表面にも皮膚ができて、表面積が増えるとお話してもいいかもしれませんが、そんなに大袈裟なことではないんですよ。ほら、おしゃれな女性は、みなさんピアスをしていらっしゃるでしょう? 最近は男性だって…」

 店員は、ここで返品されてなるものかと熱弁をふるった。

 それなら、わざわざアキラを呼びとめなければよかったものを。

まあ、誠意のある営業方針の店なのだろう。



 店員は一枚の紙を取り出した。

 アキラが紙面に視線を落とすと、それは何かの一覧表のようだった。

「こちらに、ピアスの穴あけをしてくれる病院のリストがございますので、お持ちになってください。ご自分であけられる方もいらっしゃるようですけれど、やはり美容外科や皮膚科などの病院で、ご依頼なさることをお勧めします。……大切な方なのでしょう?」

 大切な方という言葉に、アキラは顔をあげた。

「はい」

 さっきの蒼ざめた顔はどこへやら。
 とろけるような笑顔で答えるアキラに、店員は返品の可能性がないことを確信した。

「お買い求めいただいたピアス、きっとお似合いだと思いますよ。大事に使ってくださるといいですね」

 店員は、病院リストをていねいに折りたたむと、封筒に入れて、アキラに手渡した。

「ありがとうございます」

 アキラは店員に礼を言うと、ヒカルの待つエスカレーターのほうへと走っていった。



10代の女の子に、片方だけでも0.3カラットのピンクサファイアねえ。確か、秋頃にもおなじ石のネックレスを買ってくれたわよね、あのおかっぱの子。あの時も、最高品質のものを選んでたし。いったい、どこのボンボンかしら」

 あとに残された店員は、ふうっとため息をつき、「私のところにも、白馬に乗った王子様が現れないかしら」とつぶやいたのだった。




    <コメント>

アキラさんがヒカルの誕生日に購入したのは、「18Kピンクサファイアネックレス(メレダイヤつき)」です。
推定価格は…うーん、いくらぐらいするんでしょう。きっと、お高いんでしょうねえ。

今度はピアスですかい、アキラさん。クロゼット行きにならないといいね(苦笑)。

お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、また少しのあいだ連作です。