017. ワイシャツ
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017.
 ワイシャツ


「へえ〜。ここが紳士服売り場かあ」

 ヒカルは、きょろきょろと珍しそうに周囲を見まわした。

 ユニセックスなデザインや、カジュアルなメンズ服を好んで着るヒカルでも、さすがに正統派紳士服には縁がない。

 通勤用スーツ。

ネクタイ・ワイシャツ。

ビジネスバッグ・革靴。

ポロシャツ・スラックス・ベルト。

礼服。

肌着・靴下。

男性向けの商品を扱うフロアはここだけだ。

まさに、デパートが女性のための建物であることを、証明していると言っていいだろう。



「で? 今日は何を買うんだ?」

 ヒカルにたずねられても、アキラには答えられない。

洋服を買いに来たというのは、とっさに取り繕った、単なるいいわけにすぎなかったのだから。

「ええ…っと。……実は、とくに決めてなかったんだ」

「なんだ、そうなのか。だったら……んーと…」

 ヒカルは、アキラのために選ぶと言いつつも、やはりプレゼントらしく、自分でお金を支払って買いたいと思っていた。

 財布の中身と相談すると、手頃なのはネクタイだ。

 だが、塔矢アキラといえば、黄色と黒の縞柄ネクタイ。

 あの虎ジマには、かなり深い思い入れがあると聞いている。

(「お気に入りは愛用のネクタイ」って書いてあったの、なんかの雑誌に載ってたよなあ。あのダサいネクタイ、やめればいいのに)

 誰かさんの前髪とおそろいだからこそ、あのネクタイはアキラのお気に入りなのだが、どうやらヒカルには不評のようである。



「そーだ! なあ、塔矢。トップス買おう」

「とっぷす?」

「ひらがなで言うなよ。トップスっていうのは……ああ、もう。ワイシャツだよ、ワイシャツ。何枚あってもいいし、例のピンクのダサ…じゃなくて、えーっと、おまえがよくしてるヘン…っととと、しましまのネクタイに似合う…のがあるか微妙だけど、とにかく見てみよーぜ」

 ヒカルは言葉を選びながら提案した。






 そして、ふたりはワイシャツ売り場にやってきた。

「で? おまえ、サイズ何?」

 35から43までの数字で表される、見慣れぬサイズ表示を見て、ヒカルはアキラにたずねた。

「サイズ? ……さあ、いくつだろう」

 こぶしを顎の下にあてて、軽く首を傾げるアキラに、ヒカルはため息をついた。

「おまえ、自分のサイズも知らないのかよ」

「え? だって、いつも、お店の人が測ってくれるから…」

 アキラは、いつもオーダーメイドのワイシャツを着ているのだ。

 いただき物の多い塔矢家では、お仕立券つきのワイシャツ生地が、押入れのなかにごろごろしている。

 行洋があまり洋装をしないので、どうしてもあまってしまうその生地は、門下生やアキラのところへまわってくるのだ。

 つまり、アキラが好んで着ている、うすいピンク色の悪趣味なワイシャツに関しても、その生地を選んだ贈り主がいたということである。



「あ、メジャーがある。測ってみよーぜ♪」

 客用のメジャーがワゴンに吊るされているのを、ヒカルはめざとく見つけた。

「んーと。まずは胸囲だな。塔矢、上着脱げよ」

「うん。……あ、でも、吊るしのワイシャツを買うときは、襟周りのサイズで選ぶんだって、聞いたことがあるよ」

 アキラは、上着を脱ぎながら、器用に自分の襟もとを指さした。

「へえ。そんじゃあ、さっそく測ってみよう」

 ヒカルはアキラの首に、メジャーを巻きつけた。

「えーっと…。何センチだ?」

 息がかかるほど近づくヒカルに、アキラの心臓は、どきどきと高鳴った。

 メジャーを見つめる真剣な瞳。
 数字を読みあげるつややかな唇。

 ケンカ腰で検討するときでさえ、こんなに接近したことはない。

(ああ、ボクたちは、まさに今、史上最短距離を更新しているんだ…)



「あ、ごめん! 塔矢!?

 うっとりと目を閉じるアキラの耳に、ヒカルの叫び声が飛び込んできた。

「え? どうかしたのか、進藤」

 アキラがあわてて目をあけると、ヒカルが泣きそうな顔で、自分をのぞき込んでいた。

「ごめんな、塔矢。首しめちまって…。オレ、力の加減がわかんなくってさ」

 ヒカルは、メジャーを持った手をあわせて、めずらしく殊勝な態度で謝っている。

(か、かわいすぎる…vvv

「ぜんぜん苦しくなかったよ。どうしてキミが謝るんだ?」

「気ィ使ってくれなくていいよ。おまえ、顔まっかにして、目つぶっちまうし。なんかふらふらしてたし。……オレが首しめたせいだろ? ほんと、ごめんな」

 恍惚と目を閉じ、幸せをかみしめるアキラを見て、ヒカルは、自分が首をしめたせいで苦しんでいる…と勘違いしたのだ。

 まさか本当のことを言うわけにもいかず、少々申し訳ない気分になりながらも、アキラは、ヒカルのごめんなさいvポーズを、しっかりと堪能したのであった。



「えーっと、35センチ、35センチ…。あ、このへんのヤツだ。……なんだよー、なんか種類少ないなー」

メジアン・モード・ミーン。

 需要の多いサイズほど、色や柄の種類も、生産枚数も多いのは当然なのだが、ヒカルの何気ない一言は、アキラを深く傷つけた。

 9サイズ展開された既製品のなかで、規格外ぎりぎりの一番小さなサイズであることが、アキラにとっては悔しくて仕方がないのだ。

「すぐにまた着られなくなってしまうはずだから、少し大きめの物を選んだほうがいいと思う…」

 見栄8分・事実2分なので、自然と語尾が濁る。

「じゃあ、36センチだな」

「もう一声」

「へ? そんじゃあ…えーっと、37センチ、37センチっと……あった。へえ、35より37のほうが種類が多いじゃん♪」

 ヒカルは、いろいろなワイシャツを手に取って、うきうきと選び始めた。

 だが、たとえ種類が豊富であっても、あの黄色と黒の縞柄に似合う物が見つかるかどうかは、別の話である。

 うすいピンク色のワイシャツと虎ジマネクタイ。
 そこに藤色のスーツが加われば、天下無敵の最強コーディネートのできあがりだ。
 あれを上回る組み合わせを見つけることが不可能であることに、ヒカルは今更ながら気がついたのだった。



「……ありません」

 ヒカルは、がっくりとうなだれて、負けを認めた。

 そして、脳裏に巣食う虎を追い出すと、既製品のワゴンのなかで「一番イケてるもの」を選ぶことに、路線を変更した。

「これだな。うん、これがいい!」

 ヒカルが選んだのは、細いストライプの定番シャツ。

 太すぎない3種類のストライプが規則的に並んでいる。

 ヒカルは、アキラに向き直ってたずねた。

「なあ、塔矢。おまえ、血液型なに?」

「え? AB型だけど…?」

 ワイシャツを買うのに、どうして血液型が必要なのか、アキラにはまったく理解できなかったが、ヒカルは「ABAB……っと」と、ワゴンのなかをあさっている。

「あった♪」

 ヒカルは、「37-AB」という表示のワイシャツを手に取ると、レジに向かって元気よく歩き始めた。

 ところが。

 にわかに照れくささがよみがえり、店員の前で回れ右してしまったのだ。

(やっぱり買えねえよー。プレゼント用に包んでくださいなんて、言えねえよー///



 そのワイシャツは、アキラが自分で買った。
 結局、ヒカルからの誕生日のプレゼントは「進藤ヒカルのお見立て」だけになってしまったのだった。






 ちなみに、既製のワイシャツのサイズは、首周りと胸囲をもとに決められている。

 首周りが大きくなると、それに応じて胸囲も大きくなっているが、ワイシャツはジャストサイズが基本であるため、さらに細かく選べるようになっているのだ。

 アキラが買ったのは「37-AB」。

 数字は前述の通りであるが、アルファベットは体型を表しているのだ。

 AABBOの順に、痩せ型から肥満型へと対応している。

 スリムなアキラには、ただでさえ大きめの、首周り37センチ。

 おまけにABサイズなのだから、アキラが着たらどうなるかは、容易に推測できよう。

 アキラの部屋のクロゼットに、新たなコレクションが加わるかと思いきや。

 翌日、朝一番で仕立て屋に持ち込んで、サイズ直しを依頼したのだった。

(ボクのワイシャツを一所懸命選んでくれる進藤…。まるで新婚さんみたいだったな…v)

 妄想にふけって相貌をくずしまくりながらも、アキラは、机の上の小さな包みを見つめる。

(今度こそ、進藤にプレゼントを贈りたい…!)



 クリスマスは、もう、すぐそこまでやってきている。





    <コメント>

 素肌にワイシャツを羽織った「セクシーヒカちゃん」を書きたかったのに。

 ヘタレアキラのせいで、そんなシチュエーションは、夢のまた夢…。

 次の「018.悪女」まで連作です。

 しかし、クリスマスって…。今、5月なんですけど(苦笑)。