020. 偶然
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020.
 偶然


 その日、藤崎あかりは近所のクリニックを訪れていた。

 別に身体の具合が悪いわけではない。

 ここは皮膚科医院。

 念願のピアスホールをあけてもらうために、お年玉の残りを握りしめて、やってきたのだ。

 先日、ジュエリーショップの初売りで、18Kのピアスも購入した。

 やはり初売りでゲットした、おニューのフェイクファーのバッグを膝に乗せて、名前が呼ばれるのを、今か今かと待っている。

 高校に入学して以来、親しい友人たちが次々とピアスをつけ始めるのを、あかりは羨ましく思っていた。

 両親の許可は、とっくの昔に得ている。

 だが、アルバイトをしていないあかりには、資金がたりなかった。

 お年玉という臨時収入を得て、ようやく機会がやってきたというわけだ。






   キイイィィィ……

   パタン

 入り口のドアがひらいて、よく見知った顔が現れた。

「あれ? ヒカル?」

 寒さから逃れようと、マフラーのあいだで首を縮こませながら、クリニックに入ってきたのは、おさななじみのヒカルだった。

「ぬお? ……うわっ。ああああ、あかりっ!」

 ヒカルは、あかりの姿をみとめると、すぐさま回れ右をした。

 だが、ドアノブに手をかけたところで、背後から声をかけられた。

「何やってんのよ、ヒカル。ほら、早くスリッパに履き替えて」

 あかりはスリッパを出しながら、ヒカルを見て不思議そうに首を傾げた。

 待合室の患者たちも、何事かと注目しているようだ。

 やっぱり帰る…とは言いにくくなり、ヒカルは靴を脱いで、意を決して受付へと向かった。



 用意してきた物を受付のお姉さんに手渡し、くるっと振り向くと、あかりがちょいちょいと手招きしているのが見えて、ヒカルは狼狽した。

 待合室はすいているが、だからといって、離れて座るのは不自然だろう。

 仕方なく、ヒカルはあかりのとなりに座った。

「ヒカルが皮膚科にくるなんて、どうしたの? どこか具合が悪いの?」

 あかりは、いきなり直球で攻めてきた。

「いや、別にどこも…。……あかりこそ、どうしたんだよ」

 ヒカルは、なんとかごまかそうと、あかりに質問を投げ返す。

「うふふv よくぞ聞いてくださいました♪」

 あかりは不気味な笑みを浮かべて、ヒカルの手を取った。

「聞いて聞いて。わたし、ピアスしにきたの♪ 高校生になったらピアスの穴あけるんだ…って、ずーーーーっと楽しみにしてたのvvv

 あかりはヒカルの手を握ったまま、ぶんぶんと手を振り回した。

 ぶんぶんではなく、るんるん♪…という擬音のほうが適しているかもしれない。

 振り回される手につられて、ヒカルの頭もガクガクと揺れる。



(こんな偶然って、アリかよーーーっ!)

 ヒカルも、あかりと同様に、ピアスホールをあけてもらうために、このクリニックを訪れたのだ。

 クリスマスイブに、アキラから贈られたピンクサファイアのピアスを、じっと睨みつけて考えること2週間あまり。

 ようやくヒカルは、自分にゴーサインを出したのだ。

 先日、日本棋院で行われた初打ちのイベントで、アキラが、ちらちらとヒカルの耳を気にしていたのが決定打だった。

 うらめしそうに。

 悲しそうに。

 すがるように。

 求めるように。

 何度も何度も、ヒカルのほうを見遣っていた。

 ヒカル自身、「盛装するイベントの時には、ピアスくらい、つけてみてもいいかなあ」と思ってはいた。

それなのに、女の子アイテムを身につける気恥ずかしさが先に立って、ずるずると先延ばしにしていたのだ。

 何より、アキラからの贈り物であることが、「つけてみたい。でも恥ずかしい」の原因だったのだが、当のヒカルに、その自覚はなかった。
 ただ、「せっかくもらったのに、放置しといたらマズいよなあ」ぐらいの認識だった。

 だから、ヒカルがピアスホールをあけることを決意した理由は、あくまでも、「アキラの視線に罪悪感を感じたから」なのである。

 内情はどうであれ、アキラの眼力が、ヒカルを動かしたのは事実。

    
アキラは とくぎ「うらみがましいしせん」を おぼえた

 ……彼は、ろくな必殺技や特技を持っていない。






 ところで、ヒカルが、このクリニックを選んだのは、プレゼントと一緒に渡された病院リストの中で、自宅に最も近かったのがここだったからに他ならない。

 いくら地元のクリニックだからといって、どうして今日に限って、あかりがいるのか。
 ヒカルは、気恥ずかしさのあまり、この偶然を呪った。

 だが、答えは簡単。
 年末年始の休み明け直後は、クリニックが混雑しているだろうから、平常どおりに戻るまで待つようにと、あかりの両親が諭したからに他ならない。

 その時期が、初打ちイベント後…つまりヒカルが決心した日と一致しただけのことである。






「……で? ヒカルは、なんで…」
「進藤さま。進藤ヒカルさま」
 あかりの質問と同時に、受付からヒカルを呼ぶ声がした。

 ヒカルは逃げ出すように席を立ち、受付へ向かった。

「は、はい、進藤ですけど。なんですか?」
「進藤さん? 先程お持ちいただいたピアスですけど、石のデザインの部分が入り組んでいて、穴あけ後の消毒の際に、邪魔になる可能性があるんです」

 受付のお姉さんは、それはもうハキハキと大きな声で、ヒカルに説明してくれた。
 当然、あかりの耳にも入っていることだろう。
 個人情報の筒抜けもいいところだ。



 結局、クリニックが勧める、消毒しやすいように装飾を抑えた18Kピアスを、別料金で購入することにして、ヒカルは、あかりの待つ席へと戻った。

 あかりとは長いつきあいだ。
 あかりが、「ヒカルにはピアスなんか似合わないよ」なんて、言うわけがないことはわかっていた。
 どちらかというと、「ヒカルも女の子だったんだね」と、感心されるほうが恥ずかしい。

 だが、ヒカルを待っていたのは、どちらの言葉でもなかった。

「ちょっと、ちょっと、ヒカル! どんなピアス持ってきたの? 見せて見せて♪」
 ヒカルがピアスホールをあけるのを当然のこととして受けとめ、女の子同士の共通の話題だと言わんばかりに急き立てるあかりに、ヒカルは、少しくすぐったいような感じがした。



 ヒカルの手のなかの小箱をのぞき込んでいたあかりは、ふと思いついたように、鑑別書を取り出した。
「これって、ピンクトルマリンじゃないよね。何っていう石なのかなあ……うそっ! ピンクサファイア!?」
「???」
 ヒカルには、あかりが何故そんなに驚くのかわからない。

「ヒカルってば、すごいの持ってるんだね。やっぱり社会人は違うなあ。ピンクサファイアって、すっごく高いんでしょ? 青いサファイアよりも、ずーっと」
「そ、そんなに高いのか?」

 聞き返してから、ヒカルは、しまった…とばかりに、両手で口を押さえた。

「ヒ〜カ〜ル〜。これ、自分で買ったんじゃないんだ〜。誰にもらったのかな〜vvv」
「へ? いや、あの、その」
「それに、サファイアって、9月の誕生石じゃない。そういうことまで気にしてプレゼントしてくれるっていうことは…♪」

 あかりに、ずずいと身を乗り出され、そのぶん後ずさりしながら、ヒカルは言い訳を考えた。
 アキラにもらったと正直に言うのが、恥ずかしかったのだ。



「も、森下先生だよっ!」
 ヒカルは、苦し紛れの嘘をついた。
「森下先生…って、誰よそれ。ヒカルと、どういう関係なのvv」
 明らかに勘違いしているあかりに、ヒカルは「バカっ!」と怒鳴ってから説明した。

「碁の師匠だよ。おまえの知ってる白川先生の師匠でもあるんだぜ?」
「そんな年上の人と…///」
 あかりは、さらに妄想をエスカレートさせていく。

「ンなわけあるかよっ! この世界で師弟っつったら、親子も同然なんだよ。森下先生が、クリスマスにくれたの! おめえもちったあ女流棋士らしくしろ…って言ってさ」

 ヒカルは、森下九段の研究会で勉強しているが、森下個人に師事しているわけではない。
 だが、藤原佐為門下と名乗るわけにもいかず、森下門下と公言しているのだ。

 そして、森下は、ヒカルに女らしくしろなどと、一度も言ったことはない。
 ヒカルの個性を大切にしてくれる森下の気持ちを踏みにじったような気がして、ヒカルは心のなかで「先生、ごめん!」と謝った。

「な〜んだ。つまんないの」
 あからさまにがっかりするあかりに、ヒカルは、(本当のことは黙っておいて正解だったかも)と、胸を撫でおろしたのだった。






 やがて、あかりが診察室に呼ばれ、続いてヒカルも呼ばれた。

 簡単な問診があって、その後は、いよいよ穴あけである。
 ピアッサーというピストルのようなもので、一気に耳たぶに穴を穿つのだ。

    かしゃん☆
      かしゃん☆

 一瞬、熱いような痛いような感覚がしただけで、もうなんともない。
 ただ、耳元で作業が行われるせいか、ものすごい大音響のように聞こえた。

「はい、きれいにできましたよ」
 ヒカルは、看護師から渡された手鏡を覗き込んだ。

 金色のピアスが、髪のあいだに見え隠れしている。
 いつもと違う自分が少し照れくさくて、ヒカルは、すぐに手鏡を返した。






 消毒液をもらい、会計を済ませて、ヒカルとあかりはクリニックを出た。

「完全にピアスホールができたら、いろんなピアスがつけられるんだよね。楽しみ〜♪」
 あかりの言葉に、ヒカルは、アキラからもらったピアスのことを思い出して、ドキっとした。

 ヒカルの予定では、今日すでに、そのピアスをしていたはずなのに。
 ピアスホールが完成するまで延期…となったことで、もう一度決意を固めなおさなければならなくなってしまった。

「ヒカルだったら、シルバーのカッコいい系も似合いそうだよね」
 十字架とか羽根とか…と、想像を膨らませるあかりに、ヒカルの顔も、次第にニンマリとほころんでいった。

「かわいいのばっかじゃなくて、そーゆーのもあるんだよな。そーいや、よく、あかりと一緒に行く雑貨屋で売ってるの、見たことあったもんな」

 男性もピアスを身につける昨今、ヒカルのファッションセンスをくすぐるデザインのピアスも、豊富に存在するのだ。



 ここにきてようやく、恥ずかしさよりも楽しさの割合が勝ってきて、ヒカルは、この日初めての笑顔を見せたのだった。






    <コメント>

 ようやく1/5が終わりました。
 あと4/5……80も残ってるわけですな。こりゃあ長いこと楽しめそうです(苦笑)。

 忘れてたわけじゃありませんが、この100題は「アキヒカ」です。
 そろそろ恋人さんの関係になってもらいたいのですが…。

 最終回に両思いになるよりも、恋人同士のお話もあったほうがいいですよねえ、やっぱり。
 ……ってゆーか、何が最終回だよ。まだまだ、ずーっと先のことじゃんか。

 ところで。
 エセ中国伝奇を続けて更新するのと、時々は100題も更新するのと、どっちがいいですか?