026. 朝焼け(1)
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026. 朝焼け(1)




 

 ひとり露天風呂に浸かっていたヒカルは、脱衣室に置いてきたピアスを思い出した。

「まだ、ちゃんと穴ができてないからなあ。うまく入るかなあ」

 にわかに心配になり、ヒカルは洞窟風呂を通って、脱衣室へと戻った。



「…………ここか? 痛っ! ううぅ、肉さしちまった……」
 ヒカルは、大きな鏡に張りついて、小さなピアスと格闘を続けていた。

「ああ、もう。入んねえよ……」

 直径5mmほどの球体を長時間つまんでいたせいか、指がぷるぷると震えてしまう。
 てのひら全体がつりそうだ。

 ヒカルは、もう4時間近く、ピアスホールの貫通式に挑み続けているのだ。

 ヒカルが、囲碁以外のことに、これだけの集中力を発揮することは、めったにない。

 アキラと別れたのが、午前2時頃だったから、現在の時刻は午前6時といったところか。
 いくら24時間入浴OKの温泉旅館とはいえ、そろそろ一番湯を楽しむ客が現れてもいい時間である。

 幸か不幸か、今日の宿泊客は男性がほとんど。
 誰もいない脱衣室で、ヒカルは時の経つのも忘れて、ピアスの貫通に励んでいた。

 ピアスホールが完成する前は、表側の皮膚と裏側の皮膚のあいだの軟部組織に阻まれて、なかなかポストを通せないのだ。

 軟部組織とはいっても、神経線維は張り巡らされているので、ちゃんと感覚はある。
 ポストがさされば、それなりに…というか、かなり痛い。

 何度も痛い思いをしているというのに、ヒカルは、放り出さずに長時間にわたって挑戦し続けている。

 その理由が、アキラにもらったピアスをつけたいからだということを、ヒカルはまったく自覚していないのだった。






「あらまあ、おはようございます。お早いですねえ」
「うひょあっ!」

 突然の声に、ヒカルは驚いて飛びあがった。

    するっ

 意外や意外。
 その拍子に、ポストがピアスホールを通り抜けてくれたのだ。

「よっしゃあああぁぁぁぁ! 入ったあああぁぁぁ!」
 ヒカルは、大急ぎでキャッチをつけた。

 そして、思いがけない幸運を運んでくれた声の主を振り返ると、初老の女性が、掃除用具置き場からモップを取り出しているところが目に入った。

 浴室掃除の係が、定時清掃のためにやってきたらしい。

 いきなりお礼を言っても驚かれるだけだろうと、ヒカルは、挨拶を返すだけに留めた。
 ……が。

(おはようございます…って、自分で言っといてなんだけど、今何時だよ)

 きょろきょろとあたりを見回すと、脱衣室の壁の時計は、早朝を示していた。

(うわ。徹夜しちまったのか。あーあ、なにやってんだよ、オレ)

 ヒカルが、あわてて荷物をまとめようとしたところへ、掃除係の女性が、また声をかけてきた。

「雪もやんだし、今日は朝焼けが綺麗でしょうねえ。ここの露天風呂は東向きにできてますから、特に冬場は、積もった雪が朝日に照らされて、とても美しいんですよ」

 早朝の大浴場にいるヒカルを、朝風呂を楽しみにきたのだと勘違いしたのだろう。
 お庭は狭いんですけどね、それでも風情はありますよ〜…と言いながら、脱衣室の床を掃いている。

(朝焼けの日本庭園かあ。それってワビサビかも♪)

 佐為の影響で、侘びの世界に憧憬を抱いていたヒカルは、一も二もなく、服を脱ぎ始めたのだった。



 もう何度目になるのかわからないほど通った洞窟風呂を、ヒカルは、ざばざばと勇ましく進んだ。

 水面を豪快に波立たせながら、「わ〜び〜さ〜び〜♪」と、勝手にフシをつけて歌うヒカルの声は、脱衣室まで聞こえていた。

 黙々と掃除をしていた女性は、床を掃く手をとめて、「それって侘び寂びとは程遠いんじゃ…」と、ひとりひそかにツッコミを入れたのだった。








 さて。
 一方、アキラは。

 夜遅くまで興奮状態だったわりに、いつのまにか、目覚ましもセットせずに眠ってしまっていたのだが、午前6時ちょうどに目をさました。

 ぎっくり腰に苦しんでいたにも関わらず。
 まったく、習慣とは恐ろしいものだ。

(もっと眠っていたかったな……。あともう少しで、夕べの進藤のスペシャルな姿が、夢のなかで再現されるところだったのに)

 どうやら、男湯に迷い込んでしまったヒカルの、一糸まとわぬ生まれたままの姿を、夢に見るところだったらしい。

 冬の朝は遅い。
 まだ暗い窓外をぼんやりと眺めながら、昨夜のヒカルの言葉を思い出し、アキラは、にんまりと顔をゆるませた…………が。

 一瞬ののち、凍りつくかのように、表情を固まらせた。

(#△×%*◆&○$!?)

 そーーーっとパジャマのなかに手を入れて、アキラは愕然とした。

(しまった! あの夢が敗着だったか……! ああ、どうせなら、夢のなかでもいいから、最後まで見ておきたかった。あんな中途半端なところで終わりにしておいて、この仕打ちはないだろう……)

 正常な男子の道を、遅ればせながらも、確実に進み始めたアキラだった。



 緒方のレクチャーによって、この生理現象や対策方法について、かなり理解を深めていたアキラは、起きてしまったことはしかたがないと、頭を前向きに切り替えた。

 とりあえず、身なりを整えなければと、腰をかばいながら、ゆっくりと起き上がる。

 湿布薬が効いたのか、それとも幸いにして、ぎっくり腰が軽症だったのか、骨盤の周囲に重い鈍痛はあるものの、動くのにそれほど支障はなさそうだ。

 しかし。

(困ったな。この部屋には内湯がないのか……)

 檜屋は、温泉を目玉にしている旅館だけあって、浴室を備えている客室は少ない。
 アキラが割り当てられた部屋には、あいにく浴室がなかったのだ。

(仕方がない。大浴場へ行ってこよう)

 アキラは、同室の棋士たちを起こさないように、音を立てずに最低限の身支度を整えると、壁に手を着きながら、大浴場へと向かったのだった。




 



 
    <コメント>

 ベタな展開だと言わば言え!←強気

 朝焼けの露天風呂でふたりきり♪ うふふ〜vvv

 お題は、「混浴−16歳・冬−」へと脳内変換。

 ……誰も期待してませんよね? うちは表サイトですからね? ね? ね?