先に「白猴子(白いさるぼぼのおがたん)」「乞巧節」をお読みになることをお勧めいたします
花様熊 1/365の奇跡
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ヒカルちゃんとアキラくんは、碁盤の脇に置いたまま、存在すら忘れてしまっていた熊さんのことを思い出して、急いでお部屋のなかに戻りました。 さっき、アキラくんのお母さんが碁盤をお部屋のすみに寄せて、お布団を敷いてくれたときに、枕元に置いて行ってくれたはずです。 ふたりは、どちらかの熊さんが動き出したのだろうと思ったのですが、そうではなかったようです。 ヒカルちゃんの熊さんも、アキラくんの熊さんも、ちゃんと枕元にあったのです。 「……ったく。そんなデキの悪いヤツらと比べねえでもらいてえもんだな」 がみらと名乗った熊さんは、やれやれ…と、わざとらしいため息をつきながら、食べかけの竹を抱えて、お部屋のなかに入ってきました。 「勝手によそのおうちに入っちゃいけないんだぞっ!」 アキラくんは、ちょっと怖いのを我慢して、ヒカルちゃんを守るように立って言いました。 ところが、がみらは、「ふんっ」と、鼻で笑ったのです。 「てやんでえ。なに言ってやがる。おいらは、そこの嬢ちゃんに呼ばれたから、しかたなく来てやったんだぜ。……この大事なときに」 がみらは、ヒカルちゃんを、じろっと睨みつけました。 「おい、嬢ちゃん」 「嬢ちゃんじゃないもん。ヒカのお名前はヒカルだもん」 「ガキが生意気言うんじゃねえ。おめえみたいなハナタレは、嬢ちゃんでも上等すぎらあ。ついでに言うと、そっちの坊主は、小僧で十分でぇ」 がみらの身長は、ふたりの手のひらサイズです。 そんな小さな身体をしているくせに、がみらは、ヒカルちゃんとアキラくんの呼び名を、嬢ちゃんと小僧に決定してしまいました。 「話は戻るが、嬢ちゃんよぉ。おめえ、よくもあんなデタラメを短冊に書きやがったな」 がみらは、ヒカルちゃんが書いた「はんもののしまちんにおいたい」という願い事のことを怒っているようです。 「おめえがテキトーな字を書きやがったもんだから、おいらがここに来させられちまったじゃねーか」 「しょんなことないもん。ヒカ、ちゃんと、ほんもののくましゃんにあいたいって書いたもんっ!」 ヒカルちゃんは猛然と抗議しましたが、アキラくんは、なにやら心当たりがあるような顔をして、ため息をつきました。 「そっちの小僧には合点がいったようだな」 アキラくんは、こくんとうなづきました。 そうなんです。 ヒカルちゃんの字が間違っていたので、本物の熊さんではなく、中途半端な熊さんが、やってきてしまったのです。 本物の熊さんがたずねてくることに比べれば、これは、むしろ歓迎すべきことなのかもしれません。 「じゃあ、ヒカがお願い事したから、がみしゃんが来たの?」 「そういうこった」 がみらは偉そうに胸を張って答えました。 「……ふうん」 ヒカルちゃんは、あまりうれしそうじゃありません。 だって、ヒカルちゃんの頭のなかの「熊さん」のイメージは、あくまでも、「動くかわいいぬいぐるみ」なんですから。 「もっとうれしそうにしねえか、べらぼうめ。この大事なときに、わざわざ来てやったっていうのに」 がみらは、しきりに「大事なとき」を強調します。 「ねえ、がみさん。その『大事なとき』って、いったいなんのこと?」 アキラくんが聞きとがめてたずねると、がみらは自分の額に手をあてて、芝居がかった動きで天を仰ぎました。 「かああぁぁぁっ! これだからトーシロはいけねえや。7月といえば、世界囲碁選手権に決まってるだろうが」 「……本因坊戦だって、第7局までもつれ込めば、決着がつくのは7月じゃないか」 「ごしぇいしぇんだって、7がちゅに始まるんだよ?」 アキラくんがそうつぶやくと、がみらは、「お? おめえ、ちったあ心得があるな?」と、喜びました。 でも、ヒカルちゃんの言葉は理解できなかったようです。 「碁聖戦だって7月に始まる…って言ったんだよ」 アキラくんが通訳してあげました。 「なんでぇ、なんでぇ。おめえら、ふたりとも碁を打ちやがんのか。ったく、先に言えってんだ」 がみらは言葉とは裏腹に、にまにま笑っています。 「がみさん、なんだか嬉しそうだね」 「ったりめえよ。こちとら、代打ちしてくれるヤツを探して、大忙しだったんだからな」 「「だいうちってなーに?」」 「なんでぇ。そんなことも知らねえのか。自分で石が持てねえときに、かわりに石を持ってもらうことでぇ」 代打ちには、ふたつの意味がありますが、がみらは、ふたりの年齢を考えて、片方の意味だけを教えてくれました。 「なーんだ。しょれって、こないだ、白いこいびとしゃんがアキラくんにお願い事しに来たのと、おんなじじゃん」 「白い!? ……ま、まさか、そいつは、さるぼぼのおがたんってヤツじゃあ…」 ヒカルちゃんの言葉をアキラくんが訂正する間もなく、がみらはヒカルちゃんに詰め寄りました。 「がみしゃんも、おがたんのこと知ってるの? おがたんもちっちゃいからね、碁石が持てなくって、アキラくんにお願いしに来たんだよ。ねー、アキラくん」 「うん。世界選手権で、俺の代わりに石を持ってくれって、頼みに来たよ。碁を始めて2ヶ月で、世界選手権に出られるなんて、おがたんって、見かけによらず…っていうわけじゃないけど、すごいよね」 アキラくんはそう言いますが、さるぼぼの村と人間の国では、もともと、時間の流れる速さが違うのです。 人間の国ではたった2ヶ月でも、おがたんは、さるぼぼの村で十分に修行を積んで、いい年をした大人になってから、タイトルを取ったのです。 「するってえと、小僧は、おがたんの代打ちを引き受けちまったってことだな」 「え? ああ。……うん」 アキラくんは、申し訳なさそうに答えました。 「気にすんねえ、小僧。おめえは、おがたんの代打ちを立派に務めろ。……となると…。ええい、この際、しかたがねえ。嬢ちゃん! おめえが、おいらの代打ちだ」 「ええっ! しょんなのやだよー」 ヒカルちゃんは、ぶんぶんと頭を振って、嫌がりました。 だって、ヒカルちゃんは、おがたんの応援をすると決めていたのですから。 「ヒカは、アキラくんの応援しゅるって決まってるの! がみしゃんとおがたんが対局しゅることになったら、ヒカ、困るの。ヒカは、アキラくんの味方だもん」 ……おがたんの応援ではなく、アキラくんの応援だったようです。 「ごちゃごちゃ言うんじゃねえ。おとなしく、短冊の責任を取りやがれ」 短冊のことを持ち出されては、しかたがありません。 ヒカルちゃんは、しぶしぶながら、がみらの代打ちを引き受けることにしました。 「でも、がみさん。予選のときは、どうしてたの?」 アキラくんが、もっともな質問をしました。 「迷彩熊の国の大会じゃあ、おいらたちの身体にあわせた碁盤と碁石を使ってるからな。なんの問題も起きやしねえよ」 迷彩熊の国には、花柄とチェック柄の服を着た小さな熊さんが、たくさん住んでいるのです。 そのサイズにあわせた碁盤や碁石があっても、なんら不思議ではありません。 「めいしゃいぐまのくにって、どこにあるの?」 ふと疑問に思って、ヒカルちゃんはたずねました。 「こっから、ずーーーーーっと西に行って、海を渡った、九州ってところさ」 自分は九州男児だと胸を張るがみらですが、なぜか言葉遣いは江戸弁です。 世の中には、不可解なことがたくさんあるものですね。 「迷彩熊の国には、365の研究会があってな。みんな、自分の誕生日の研究会で勉強するってわけだ」 がみらは、しゃりしゃりと竹の葉っぱを食べながら、迷彩熊の国の話を始めました。 大熊猫は笹の葉を食べますが、花様熊は、どうやら竹の葉を食べるようです。 おいらは6月12日生まれだ。 ほら、札がついてるだろ? 6月12日って。 おっと、日付と一緒に書いてある、妙な横文字の名前を勘違いしちゃあいけねえよ。 その名前は、研究会の名前みてえなもんなんだ。 まさか、おなじ誕生日のヤツが、全員おなじ名前だなんて、思っちゃあいなかっただろうな? まあ、いい。 365団体ある研究会の代表が集まって、年に1度、迷彩カップって名前の囲碁大会を開くわけだが、実は、研究会の代表を決める予選ってのが、そりゃもう文字通り命がけの戦いなんだ。 ここで負けたヤツは、菓子の景品扱いされて、全国のスーパーやらコンビニやらに飛ばされちまうんだからな。 おめえらが持ってる、そこのチャチな熊も、研究会の代表になれなかった落伍者さ。 ……とまあ、このへんの説明はいいとして。 迷彩カップの話をするか。 こいつは、365人の代表によるトーナメントだ。 持ち時間3時間の一発勝負。 けっこう見ものだぜ。 なんせ、何月何日うまれの熊が、一番強いかを決める大会なんだからな。 おいらは、6月12日生まれの熊の代表として、立派に戦い抜いた。 そんで、見事に優勝して、世界選手権戦の出場権を獲得したって寸法さ。 ちなみに、迷彩カップで脱落してった熊たちも、当然、食玩街道まっしぐらだ。 な? おいらが、どんなにスバラシイ熊かが、よおーーっくわかっただろう? がみらが身の上話を終える頃には、ヒカルちゃんは、こっくりこっくりと、船をこいでました。 「ヒカルちゃん。ちゃんとお布団で寝ないと、風邪ひいちゃうよ」 アキラくんに諭されて、ヒカルちゃんは、もぞもぞと、お布団に入りました。 「おやしゅみなしゃい、アキラくん」 「おやすみなさい、ヒカルちゃん」 ヒカルちゃんは、すぐに、くーくーと寝息をたて始めました。 アキラくんは、タオルをたたんで、がみら用のお布団を用意すると、お部屋の電気を消して、自分もお布団に入りました。 「おやすみなさい、がみさん」 「おう。おやすみ」 「なあ、小僧」 しばらくして、がみらが声をかけました。 「なに、がみさん」 アキラくんは、まだ起きていました。 あまりに不思議なことがあったので、目が冴えてしまって、眠れないのです。 「あの嬢ちゃんは、おめえの妹かい?」 「違うよ。ボクとヒカルちゃんは同い年だよ」 「するってえと…コレかい?」 がみらは、器用にも、小指だけ立てて見せました。 豆電球の小さな明かりでしたが、アキラくんには、その小指が、はっきりと見えました。 「べ、別に、そんなことは…」 小指の意味するところを理解して、アキラくんは、頬を染めながら否定しました。 その表情は、やはり豆電球の明かりでも、がみらに十分に伝わっていました。 「嬢ちゃんの熊は9月、おめえの熊は12月。……なんだ、おめえのほうが微妙に年下か」 がみらの言葉に、アキラくんは少し傷つきましたが、「それが何か?」と、大人のように切り返しました。 「……おめえも苦労症なこったな」 アキラくんには、がみらの言う意味がわかりませんでしたが、そのあとの「ま、似合いと言やあ、似合いだな」という言葉を聞いて、がみらへの好感度が一気に増したのでした。 「小猴子 対 花様熊」に続く |
がみらの誕生日が6月12日なのは事実ですが、出身地は東京です。
作中では、なぜか九州男児という設定に(笑)。
しかし、アキラくんはずいぶん大人びてますが、ヒカルちゃんはほとんど赤ちゃんですな。
ふたりとも幼稚園の年中さんなんですけど。
アキラくんは10歳くらい、ヒカルちゃんは3歳半くらいって感じでしょうか。
2005年7月10日
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