先に「白猴子(白いさるぼぼのおがたん)」「乞巧節」「花様熊(1/365の奇跡)」をお読みになることをお勧めいたします

  白猴子 対 花様熊

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 いよいよ世界囲碁選手権戦が始まりました。

 東京の日本棋院では、世界各地から集まった囲碁の猛者たちが、今か今かと決戦の時を待っています。

 対局室に入りきらないほどの大人数なので、2階の一般対局室や、3階のホールも使うことになっていますが、それも最初だけ。

 なぜなら、世界選手権は、トーナメント方式で行われるからです。

 つまり、一度負けてしまったら、それでおしまい。

 放射性物質の半減期のような法則にのっとって、選手の数は次第に減っていくのです。



 おがたんとがみらは、それぞれ別のブロックにエントリーされていました。

「おがたんとがみさんは、決勝戦まであたらないんだね」

 アキラくんは対戦表を見て、ほっとしたように言いました。

「しょの前に負けちゃったら、じぇったいにあたらないんだー。しょっかー。よかったあ」

 ヒカルちゃんがナチュラルにつぶやくのを、がみらとおがたんが聞きとがめました。

「てやんでえ。おいらが負けるかってんだ。ま、決勝戦の相手は、おがたんとは限らねえがな」

「ふっ。そのセリフ、そっくり返そう。俺が決勝で華麗な打ち回しを見せるのを、きさまは指をくわえて見ているんだな」

 ふたりは悪態をつきあっていますが、ヒカルちゃんとアキラくんは、くすくすと笑っています。

 こういう時には、かっこよく「決勝で会おう」と言って、固い握手をかわすものです。

 せっかく、途中で潰しあいにならないカードになったというのに。

 どうして、その一言が言えないんでしょうね。






 ふたりとも、一回戦・二回戦…と、さくさく勝ち進み、あっというまに準決勝に駒を進めていました。

 がみらの相手は、韓国の若手ナンバーワン棋士・高永夏。

 おがたんの相手は、おなじく韓国の若手棋士・洪秀英。

 ふたりは果敢に戦いました。

 戦いましたが……惜しくも負けてしまいました。

 数年ぶりに日本勢が決勝進出かと、盛り上がっていた関係者たちは、がっくりと肩を落としました。

 それ以上にがっかりしたのは、もちろん本人たちと、その代打ちをしたアキラくんとヒカルちゃんです。

 ヒカルちゃんなんて、もう今にも泣き出してしまいそうです。

 大きな瞳に、ぶわっと水たまりが浮かびあがっています。

 そのとき。

[[ただいまから、3位決定戦を行います。さるぼぼの村代表のおがたん選手と、迷彩熊の国代表のがみら選手は…]]

 場内に、アナウンスが流れました。

「しゃん位決定しぇん?」

「うん。これから、おがたんとがみさんが対局するんだ。ヒカルちゃん、泣いてる場合じゃないよ。しっかりしなくちゃ」

 ヒカルちゃんは、ぷるぷると頭を振りました。

 目に浮かんでしまった涙を振るい飛ばしたのです。

「よーし。がんばるじょーっ!」

「うん、その意気だよ」

 ふたりは、肩の上に小さな生き物を乗せて、対局室へと向かいました。






 モニター観戦をしていたギャラリーたちは、碁盤を挟んで対峙したアキラくんとヒカルちゃんを見て、驚きを隠せません。

 小さなこどもふたりが、大きすぎる座布団のうえに、ちょこんと座っているのですから。

 今までは、それほど目立ちませんでしたが、3位決定戦ともなれば、話は別です。

 髪をおかっぱに切りそろえた利発そうな男の子と。

 前髪だけ金色で、大きな目をした愛くるしい女の子。

 それぞれの肩の上に、本当の対局者を乗せて、対局開始の合図を待っています。

 ニギリの結果、おがたんが黒番、がみらが白番です。

「時間になりましたので、始めてください」

「「お願いします」」

「お願いします」

「お願いしましゅ」

 4人が挨拶をかわし、3位決定戦が始まりました。






 肩の上に乗ったおがたんとがみらが、次に打つところを小声でささやきます。

 アキラくんとヒカルちゃんは、そのとおりに石を置いていきます。

 おなじように見えて、実はちょっと違いがありました。

「とりあえず上からアテとくか」

「ここは強気にハネの一手だ」

「ふん、手抜きでかまわん。上辺の白に肩ツキだ」

 おがたんは、盤上の石の流れで指示します。

 がみらは、というと。

「6の十四…その白石が2つ並んでるとこの斜めだ。そう、そこ」

「10の三…そう、その黒い点の端っこ側」

「17の十七」

「……じゅうにー、じゅうさん、じゅうさん…、じゅう…さん……」

「てやんでえっ! 反対側から数えたほうが早えっ! 右下の三々だ、べらぼうめっ!」

 ヒカルちゃんには、まだ囲碁用語がよくわからないので、がみらは、碁盤の線で指示するしかないのです。



 中盤が過ぎる頃には、ふたりの持ち時間に、大きな違いが出てきました。

 おがたんは、まだ1時間以上あるのに、がみらの持ち時間は、もう20分もありません。

 ヒカルちゃんは、だんだんあせってきました。

「10の九」

「いーち、にー、さーん、しー…」

 がみらの声を聞いて、一所懸命1本ずつ数えます。

 対局中に盤面を指差すのはマナー違反。

 せっかく横の「10」を探しても、縦の「九」を探しているあいだに、どこだったかわからなくなってしまいそうです。

「10の十」が天元なのですから、すぐにわかるはずなのですが、ヒカルちゃんは、ていねいに盤端から数えていきました。

「あった、ここだ」

 ヒカルちゃんは、ぺちっと白石を置きました。

「てやんでえっ! そこは11の八! 10の九は、その左斜め下でぇっ!!」

 がみらが叫んだときには、すでにヒカルちゃんは、指を離していました。

「つまらない打ち間違いをしやがって…。ツケコシだ。キっちまえ!」

 おがたんの次の一手で、中央の白石は切断されてしまいました。

 もう、ここからでは、どうにもなりません。

「負けました」

 がみらは、ぺこりとおじぎをして、ヒカルちゃんの肩から飛びおりました。

「ありがとうございました」

 おがたんも頭を下げると、やはり、アキラくんの肩から飛びおりました。

 おがたんとがみらは、互いに歩み寄り、がっしりと握手をかわしました。

「来年を楽しみにしてるぜ」

「おう、また来年な」






 自分の打ち間違いでがみらが負けてしまったのです。

 今度こそ、ヒカルちゃんは泣き出してしまいました。

 アキラくんがおろおろしながら背中をなでてあげても、「泣かないで、ヒカルちゃん」と、優しく声をかけても、ヒカルちゃんは、大きな声をあげて泣き続けます。

「おい、嬢ちゃんっ!」

 がみらに怒鳴られて、ヒカルちゃんは、びくっと身体を震わせました。

「ご、ごめんね、がみしゃん。ヒカ、まちがえちゃった。ヒカ、ヒカ……う…うええええぇぇぇんっ!」

 ひときわ盛大に泣き始めてしまったヒカルちゃんを、がみらは、もう一度、怒鳴りつけました。

「おい、進藤ヒカル! ひとの話を聞きやがれっ!」

 いつも「嬢ちゃん」と呼ぶがみらに、お名前を呼ばれて、ヒカルちゃんは、びっくりして泣きやみました。

 まだ少し、ひっくひっくと、喉が震えてしまいますが、ヒカルちゃんは、ぐっと涙をこらえて、がみらの言葉を待ちます。

「おめえに宿題を出す」

 がみらは、片手を腰にあて、もう片方の手でヒカルちゃんを指差して言いました。

「来年までに、20までちゃんと数えられるようになれ。それから、囲碁の基本用語も勉強しとけ。わかったな!」

 がみらは、来年もまた世界選手権に出るつもりです。

 そして、もう一度、ヒカルちゃんに代打ちを頼むと言っているのです。

「がみしゃん…。ヒカのこと、怒ってないの?」

 ヒカルちゃんが、おそるおそるたずねると、がみらは「ふんっ!」と鼻をならしてから答えました。

「おめえは一所懸命がんばったんだろ? テキトーなとこに打ったわけじゃあるめえ」

「うん」

「だったら、それでいいじゃねーか」

「うん。ありがと、がみしゃん」

 ヒカルちゃんの目に、再び涙が浮かんできましたが、今度は、にっこり笑いながらの嬉し泣きです。

 アキラくんは安心して、ほっと息をつきました。






「アキラくん。また来年も頼むよ」

 おがたんが、アキラくんに右手を差し出しました。

 おがたんもまた、自分が来年も世界選手権に出ることを、当然のことのように言います。

 でも、アキラくんは、困ったようにうつむいて、いつまでたっても手を出しません。

「アキラくん?」

 訝しがるおがたんに、アキラくんは、意を決して答えました。

「来年は、ボクも出場するかもしれませんので、代打ちはお断りします」

 幼稚園児が世界選手権に出るなんて、そんなムチャな。

 おがたんは、眼鏡がずり落ちるほどびっくりしました。

 でも、アキラくんは真剣です。

 世界中の強豪たちと戦っているうちに、おがたんの代打ちではなく、自分の力で打ちたくなってしまったのです。

 来年…は、まだ無理かもしれませんが、いつか、世界の頂点に立つような棋士になる……。

 そんな決意が、かたく握りしめたこぶしから伝わってきます。

「楽しみにしてるぜ」

 おがたんは、もう一度、小さな右手を差し出しました。

 今度は、アキラくんも、その手をつぶさないように、そっと握り返しました。



「ヒカも出るーっ! ヒカも、がみしゃんの代打ちじゃなくって、自分で打ちゅのーーっ!」

「おめえには、100万年早えってんだ」

「しょんなことないもん。ヒカ、がんばるもん。だから、がみしゃん、来年は他の人に頼ん…」

「かああーーっ! ガキが生意気言ってんじゃねーよ。おめえは、来年も再来年の、おいらの代打ちだって決まってるんでぇ!」

「違うもん! ヒカも出るんだもん!」



 わいわいがやがやと、場違いなくらいにぎやかな雰囲気のなか、世界囲碁選手権戦は幕を閉じたのでした。

 ちなみに、優勝者は韓国の高永夏。準優勝は、おなじく韓国の洪秀英だったとのことです。





                               とりあえずおしまい




かの有名な本因坊秀策先生の「耳赤の一手」は、黒から見て「10の九」です。
ほった先生は、それを一路ずつズラして、ヒカルに打たせたのかなあ…。

メインキャラとしては、初めてオリキャラを起用。
それが食玩熊ってどーよ…(苦笑)。

いつものことですが、うちの駄文に出てくる棋戦がらみの設定は、ほとんど嘘っぱちですからね。
騙されちゃいけませんよー(笑)。

しかし、今年も韓国勢は強かったですなー。
4強を占められちゃいましたね。

がんばれ日本!



  2005年7月16日


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